1話 新卒営業と近代魔法少女
妖精が主人公の魔法少女物語。
コメディーチックに書いてますが鬱展開が多いのでご注意下さい。
人類の歴史が終わってから早100年。今は妖精歴125年。
俺の名前はちんちん。狸型の妖精だ。
今年の4月から社会霊になる。勉強をするでも趣味に打ち込むでもなくダラダラ過ごしていたら働く時期になっていた。慌てて就職するも時すでに遅し。
今まで何もしてこなかった俺を採用してくれる大手はなし。仕方なく零細企業に就職となった。
俺の仕事は魔法少女の契約を取ってくること。つまりは営業だ。旧暦時代は魔法少女は憧れの職業だが今は成り手が少ない。
成り手が少ないということは契約してくる妖精ががんばらなければいけないわけで。何にせよ俺の仕事は営業なのだ。
人類の8割が死滅して125年。未知の脅威は今も続いている。正直やりたくない仕事ではあるが仕方がない。社会貢献だと思ってがんばることにした。
がんばれ俺、がんばれちんちん。
………
……
…
1ヵ月後
「お前さ、仕事舐めてんの?」
「うっ、すみません」
「すみませんじゃなくてさぁ、数字は? 契約は?」
「も、もう少し掛かりそうで」
「もう少し? もう少しってどのくらいよ」
「そ、それは……」
「バカかお前は。そんな適当だから契約1つ取れないんだよ。お前の周り見てみ? みーんな契約取ってるよ? お前だけよ? まだ1件も取れてないの。ねぇ、どうすんの?」
「す、すみません」
「ふざけんな!!」
俺は今日も怒られている。この方は俺の上司、ペニス課長だ。髭が特徴的な狸型妖精だ。能力は高いんだろうけど短気で怒鳴るし俺とは馬が合わない。やり方も根性論で古臭い。
しかし俺は何も言い返すことが出来ない。契約を取ってないからだ。
「今さ、世界は未曽有の危機なわけよ。毎日人間がたくさん死んでさ、必死なわけ。狸の手も借りたいの。魔法少女だって全然いないの、分かる? さてバカなお前にも解ける質問ターイム。この現状を解決するにはどうすればいい?」
「契約を取って魔法少女を増やさなけばいけません」
「なら早く契約取って来いよ!」
「し、しかし……どうやって契約取ればいいのか分からなくて。ここにはマニュアルもなければ教えてくれるメンター的存在もいなくて」
「あ? アホかボケ。俺の頃はそんなのなかったからな? これだから最近の若い奴はよー」
「す、すみません」
「仕方ねぇ。俺からアドバイスだ。お前さ、なんでお前に翼があるか分かるか?」
「空を飛ぶためです」
「分かってんじゃねえか。その翼があれば1日100人はいけるだろ。全員に営業掛けてこい」
「1、100人?」
「100人でダメなら1000人だ。翼がもげるまで営業掛けろ。翼がもげたら走れ。これが営業の基本だ。分かったかバカ」
そんな無茶苦茶な。死んでしまう。
「あ? なんだその目は」
「い、いえ」
「ならさっさと中学でも高校でも行って勧誘してこい」
「あっ、でももうすぐ昼休み」
「早く行け!」
「は、はい」
………
……
…
ちんちん「はぁ……」
俺は屋上で休憩する。会社の中でここだけが憩いの場だ。
しかし2時間も説教されるとは思わなかった。日に日に長くなってるし。
「今日は長かったな」
「ぽこちん先輩」
「はいよ、コーヒー」
「ありがとうございます」
この方は俺の3つ上のぽこちん先輩。眼鏡が特徴の狸型妖精だ。新卒の俺を何かと気に掛けてくれる。
「俺、この仕事向いてないんですかね」
「まぁ誰もが通る道だよ。俺だって最初はそう思ったさ」
「ぽこちん先輩も?」
「営業なんてさ、結局は運なんだよ。ペニス課長は数だって言うけどさ。1件取れれば自信も付くって」
「その1件が大変なんですよ。毎日焦っちゃって。はぁ……」
ため息しか出ない。営業がこんなに苦しい仕事だなんて思わなかった。
「ちんちん。午後の営業終わったら飲みに行くから付き合え。話しくらいは聞いてやるよ」
「ありがとうございます」
「まずはこの後の営業がんばれよ」
昼休みを終え、俺は学校に行くことにする。
………
……
…
ここはJK高校。お嬢様校でもなくバカ校でもない普通の高校だ。昼食にウナギを食べていたら思いのほか時間が掛かってしまった。焼きに拘りがある店に入ったのは失敗だったかもしれない。
「はぁ、がんばらないとな」
憂鬱である。正直女の子は苦手だ。何を話せばいいのか分からない。もともと会話のレパートリーだって多い方じゃないし。そのせいもあって未だに契約ゼロ。
しかしそうも言ってられない。
俺は1冊の本を読む。昨日古本屋で買った営業本だ。一冊110円。これで営業をマスター出来るのだから安いものである。
「さて、最初の1ページは……褒めるべし」
なるほど。褒められて嫌な人間はいない。そうか、分かった。そうだったんだ。俺に足りなかったもの
それは“褒め”だったんだ。今の若者は叱られずに育ったと聞く。ならばそれに沿ったやり方をすればいい。
「さて、行くか!」
俺は学校に入る。
旧暦時代であれば妖精は魔力の高い人間だったり、特別に選ばれた人間にしか見えなかった。しかし現在は違う。
全ての人間に妖精は見える。俺達妖精からすれば魔法少女候補は選び放題なのだ。しかしそれなりにルールもある。
それは授業時間だ。学生の本文は勉強にある。いくら世界の危機とは言え授業中に営業はよろしくない。魔法少女法にも記載されている。
“授業の邪魔はしちゃダメ”
と。
JK高校の昼休みは13時まで。あと15分しかない。がんばらなくては。
とにかく褒めるのだ。
「あーあ、午後英語かー。めんどくさいな」
「ねー、このご時世に英語ってどうなんだろって思うし」
来た来た。女子高校生がやってきた。声掛けないと。
「こんにちは、ちょっといいかな?」
「うわっ、妖精だ。ここ最近多いよね」
「魔法少女足りないらしいしね。あんなメリットないのやる子いないでしょ」
「ほんとそれ」
明らかにうざがられてる。しかし話を進めないと。
「少しだけ話聞いてもらえない? ね? お願い」
「えー」
「お願い、すぐ終わるから。お願い」
「少しだけならね。10秒ね」
くっ、このガキども。最近の高校生は礼儀も知らないのか。俺の顔を見るなり嫌な顔しやがって。
いや、落ち着け。落ち着くんだちんちん。相手はクソガキだが魔法少女になってくれるかもしれないお客様だ。お客様は神様だ。
2,3発殴ってやりたいがここは俺が大人になって。
「ねぇ、まだ?」
「あと7秒」
大丈夫。まずは褒めればいい。褒めればいいんだ。褒めるくらいバカでも出来る。褒めて褒めて褒めちぎればいい。
問題があるとすれば
何を褒めればいいのか分からないことだけ。
「君、いい形のおっぱいしてるね。そっちの子は可愛いお尻だ。俺さ、これでも見る目はある方なんだ。ぐふふふふふふ。どう? 君達魔法少女にならない? 今ならちんちん特性のブラとパンツをプレゼントするよ。なんと手作りさ」
「……」
どうやら喜びのあまり言葉も出ないようだ。もらった。これで魔法少女決定だ。
「最低」
「やっぱ時間の無駄だったわ」
女子高生達は行ってしまう。
「あれ? 形より大きさを褒めた方が良かったかな。まぁいいか。次の子に話しかけよう」
俺は手当たり次第に声を掛ける。
「あっ、君細いね。体重80キロくらい?」
「そのパーマいいね。陰毛みたいだ」
………
……
…
10分後
出禁になった。
「なんで?」
本の通り褒めたのになぜ? 意味が分からん。
「最初の1ページしか読んでないのがまずかったのかな。しかし……」
どうしよう。午後の授業が始まってしまった。他の学校に行っても仕方ないし。
「ゲーセンでも行くかな」
飲み会まで時間を潰すことにする。今日は直帰ということにしておこう。
………
……
…
18時、居酒屋にてぽこちん先輩と合流する。
「いやー、全然ダメでした。難しいですね、最近の子は」
「中学生、高校生はなぁ……俺も苦労したよ。話聞いてもらうためにギフトカードとか配ったりしてな」
「え? そんなことしたら赤字になりません?」
「大赤字よ。それでもさ、話すことに意味があるんだって。いきなり魔法少女になってくれる子なんていないぜ? だからまずは名前覚えてもらうとこからさ。営業の基本は人柄だったりもするだろ? 荷物運びとか部屋の掃除とかやって契約取ったのもいたな」
「それって勤務時間外ってことですよね? いいんですか?」
「それくらいやらないと契約なんて取れないってこと。ちんちん、お前学校の放課後とかどうしてんの?」
「どうって……。退勤時間に合わせて事務仕事終わらせたり」
「そんなんじゃダメだって。放課後こそ営業チャンスだろ」
「でもなー、それだと残業になるし。残業代も満額出るわけじゃないですよね?」
「当たり前だろ」
「はぁ……」
ため息しか出ない。入る会社間違えたのかな。今から転職も……
いや、さすがに入社して1カ月は早すぎる。
「魔法少女が人気あればこんな苦労もしないのかなー。何でこんなにやりたい子いないんですかね? 契約すれば好きな能力1つもらえるじゃないですか。それだけでも十分魅力的だと思うけどな。世のため人のため悪と戦う。有名にもなれるし」
「甘い甘い。今の子はそんな能力くらいじゃなびかないから」
「そうですか? 例えば歳を取らないようにする能力、とか良くないですか? ほら、女の人って歳取るの嫌がるし」
「確かになー。でもさ、そんな能力もらってどうやって敵と戦うの? すぐに殺されたら意味ないからな?」
「あっ、そうか。ならどんな敵も燃やす炎の力、とか」
「それだと逆に日常生活に使えないだろ」
「そっか……」
「な? 魔法少女が不人気になる理由分かるだろ? 力をもらったら敵と戦わないといけない。命懸けだ。割に合わないんだ」
「社会奉仕って残酷な言葉なんですね」
「大手企業とかはすごいぜ? 金にものを言わせるからな。買いたいもの何でもどうぞー、みたいなこともやってる。逆に悪い企業だと家族を殺された復讐心みたいなのを利用するとこもある」
「うちみたいに地道にがんばるとこって流行らないんじゃ」
「それは言うなって」
ほんとに入る会社間違えたかも。
「まぁ飲め。俺のおごりだから」
「ありがとうございます」
ぽこちん先輩には頭が上がらない。俺と大して給料も変わらないはずなのに。
「でもさ、お前そろそろ契約取らないとほんとまずいぞ。ボーナスの査定に響くからな」
「え? ただでさえ安月給なのに。どうしよう。このままじゃゲーセンすら行けなくなる」
「お前の成績が悪いとチームである俺やペニス課長にも影響が出るんだ」
「そ、そんな……」
そうか。だからペニス課長は俺にあんなに強く当たるのか。
どうしよう。ペニス課長はともかくぽこちん先輩にまで迷惑を掛けるのは嫌だ。こうなったらいっそ退職代行でも。
「ちんちん、これ」
テーブルの上に1枚の紙が出される。
「これは?」
「顧客リストだ。ほんとは使いたくないんだけどな」
「え? こんなのあるんですか? ぽこちん先輩も意地悪だなー、早く見せてくれればいいのに」
「えっと、名前は三途川梅子。え? 88歳?」
「明日この人の家に行け。んで契約取って来い」
「ちょっ、ちょっと……この人お婆ちゃんじゃないですか」
「問題ない。魔法少女法には抵触しないから」
「少女じゃないし」
「だから使いたくなかったんだよ、この顧客リスト。大丈夫だ。少しボケてるけど悪い人じゃない。戦えるかは考えるな。契約取ることだけ考えろ。な? 契約1つでも取れればペニス課長の怒りはひとまず落ち着く。お前も自信が付く。俺達のボーナス査定も良くなる。winwinだろ」
「わ、分かりました」
こうして
俺は88歳のお婆ちゃんの家に行くことになった。
………
……
…