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第57話 感染

ケイレス王子とペカリーヌ王女は、スパム男爵領に隣接するアイバス子爵領へと訪れていた。

そんな彼らを歓待しているのは、子爵家長男のアルゴンである。


「本日は、ようこそ我が家へお越しくださいました。ケイレス王子。ペカリーヌ王女。本日は不詳、このアルゴンがお二人の――」


「ふ。堅苦しい挨拶は言い。それよりも例の物を」


ケイレス王子にとって、スパム領への視察は寄り道のおまけに過ぎなかった。

ペカリーヌ王女の強い要望があったから寄っただけで、このアイバス子爵家への訪問こそが本命である。


そう、ある物を受け取るためケイレス王子は態々ペカリーヌ王女をこの子爵家へと連れて来ていたのだ。


「ケイレス様。例の物とは?」


ケイレスの言葉に、ペカリーヌ王女が不思議そうに首を傾げる。

何か重要な意味があって連れてこられたのは彼女も理解していたが、その詳細までは聞かされていなかったからだ。


「こちらで御座います。ペカリーヌ王女様」


アルゴンがテーブルの上に、精巧な意匠の施された小さな箱を置く。

そしてその蓋を開き中身を二人へと見せた。


「こ、これは……」


それは小さな黒い石だった。

普通の人間からすれば、なんて事のない普通の石に見えた事だろう。


だがペカリーヌは違った。

神聖力を持つ彼女には、それに込められた信じられない程強力な聖なる力を感じ取る事が出来たのだ。


そのため、ペカリーヌ王女は驚きに目を見開く。


「詳しくは言えませんが……これはとある遺跡で手に入れた神物で御座います。ペカリーヌ王女様」


どこで手に入れたかを、アルゴンはぼかした。

出所を知られるのは余り宜しくないからだ。


事前にアルゴンから説明を受けていたケイレスはその出所を知っていたが——スパム男爵領の、死の森にあった古い遺跡より持ち出された物であると。


――まあ実際は、それすらも虚偽の情報だった訳だが。


スパム領で発見された遺跡内の秘宝などは、そこの領主に所有権がある。

そのため出所を明確にしてしまうと、エドワードの許可を得る必要があった。


そうなれば、たとえ差し出せても手柄の大半は男爵側の物となるだろう。

だからアルゴンは自分一人の手柄とするべく、ケイレスのみに知らせる形で内々に連絡を取ったのだ。


そして家督の継承の後押しを、ケイレスに尽力して貰う……


というのが、アルゴン側の描いた表向きのストーリー。

実際は、エドワードに余計な情報が流れない様にするために用意された物である。


「これには身に着けた者の神聖力を大きく引き上げる効果がある様です。これならば、ペカリーヌ様のお役に立てるのではないかと」


「ああ。上手くすれば、君が聖女になる事も……」


次代の聖女候補については、一般的に公開されていない。

候補を立てるという事は、現聖女がもう長くないと不吉な知らせをするに等しいため、基本的に候補者の選別関連は伏せられている。


とは言え、候補であるペカリーヌの婚約者であるケイレスや、子爵家そのものが敬虔なエルロンド教徒であるためアルゴンなどはその存在を知っていた。


「私の神聖力を引き上げ、聖女に……」


「君の様な素晴らしい人物こそ、聖女に相応しいと私は考えている」


ケイレスはペカリーヌが聖女になる事を望んでいた。


何故なら、自分の配偶者がただの一国の王女であるか、聖女となった物であるかでその意味合いが大きく変わって来るからだ。

もしペカリーヌが聖女になる事になれば、彼が王位を継いだ王家は強い求心力を得る事となるだろう。


それは王家に、ひいては次期国王であるケイレスにとって大きな追い風となる。


――当然、その事に貢献した者の功は大きい。


もしエドワードの功になってしまえば、現国王は彼に王家への復帰を許した可能性は高い。

だからこそ、ケイレスはアルゴンに合わせて出所を伏せたのだ。


愚かな出来損ないの癖に、自身の婚約者と必要以上に親しく。

しかも横恋慕までした挙句、怪我まで追わせた人物である。


そんな男が再び王家に返り咲くなど、ケイレスには絶対許せない事だったから。


「さあ、どうぞお受け取りください」


アルゴンに勧められるが、ペカリーヌは少し迷う。

それが出所を伏せられており、非公式の場で送られたものだからだ。


一言で言うなら、とんでもなく胡散臭いと彼女は感じていた。


アルゴンは元より。

彼女はケイレスの事もさして信用していなかった。

婚姻はあくまでも王家同士で決めた物であり、けっして望んでそうなったわけではないからだ。


そんな二人から望外の贈り物を受け取るのは、リスクが高いのではないか?

そもそもこのまま星見通りに進んでいけば、いずれ自分は聖女へと至る事が出来るのだ。

こんな物を受け取る必要など全くない。


ここはやはり断った方が無難。


そう考えた時、彼女の脳内にふと疑問が浮かび上がってきた。

本当に、星見通りの未来に自分は進んでいるのかという疑問が。


未来は人が知った時点で、別の姿へと変わりうる。

知識を得れば、自然とその人物が行動を変え、未来に起こりうる出来事に干渉してしまう可能性があるからだ。


だからペカリーヌは、自身の星見で見た未来を誰にも話さなかった。


だが一人だけ。

そう、一人だけ。

絶対に未来を知る人物が出て来てしまう。


それは――星見のスキルを発現させたペカリーヌ自身だ。


「……」


星見で見える未来の道筋は、所詮断片的な物。

見えた部分を完璧に再現して見せても、それ以外の知りえない部分で変化を起こしてしまっている可能性は否定できない。


そうなれば未来は変わる。


もう既に未来は変わってしまっているのではないだろうか?

そんな思いがペカリーヌの脳裏に過る。


目の前の黒い石は、今の自分にとってとても魅力的な物だ。

未来を知っているからこそ迷いが生じているが、そうでなければリスクなど恐れず受け取っていた事だろう。


だが――未来のビジョンに会った自分は、こんな石を身に付けてはいなかった。


未来を知らなければ、絶対に受け取っている物を受け取っていない。

それは大きな矛盾である。


そしてその大きな矛盾は、未来が変わったためではないかとペカリーヌは考える。


本来の未来には、きっとこの石は私に送られなかった。

未来が変わったからこそ、私の元に現れた。


もしくは――


本来なら、エドワードとの再会の時点で力を引き上げられ、この石を受け取らなかったのでないか。

と。


聖女へと至る未来が変わったのなら、自身はそれに対して対処しなければならない。

そしてその対処方法として最も確実なのが、目の前の黒い石を受け取る事である。


「ありがとうございますアルゴン様。このご恩は忘れませんわ」


何とかして、エドワードと更に親しくなるという手もあった。

だがそれは余りにも分の悪い勝負である。

既に変わってしまった未来の修正、しかもそれを手探りで行うというのは。


だから彼女は目の前にぶら下げられた人参へを掴むことを選んだ。


もしこの時、ペカリーヌが安易な手段を択ばず星見の修正に挑戦していたなら、その未来は大きく違っていただろう。

そもそも、未来は変わってなどいなかったのだから。


だが彼女は手を伸ばしてしまった。

邪霊神という、星見の力の埒外となる存在からの誘惑を。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ん?」


「どうかされましたか?」


「ああいや、なんか急にクエストが増えたみたいでさ……」


エドワードが突然のクエストの増加を感じ、それを確認する。


そこには――


「邪悪なる使徒の討伐?なんだこりゃ?」


――『邪悪な力に染まりし使徒の討伐』というクエストが追加されていた。


「達成時の報酬が一千万ポイントとか、報酬えぐくて倒せる気が全くしないんだが?ラスボスか何かかよ」


彼がこのクエストの意味を知るのは、まだずいぶん先の話である。

拙作をお読みいただきありがとうございます。


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