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第27話「Special《特別製》」

「カオルさんも野々花さんもお疲れ様。これ、明日の朝食にでもどうぞ」


 つい焼き過ぎてしまったバゲットを袋に入れてカオルさんへ差し出した。粉は二五〇グラムも有れば充分だったな。五〇〇グラムは多いよな。


「あっ! もしかしてこれ……さっき手で捏ねてたやつですか!?」


 そういや目が合ったんだった。


「それです。感覚忘れないようにたまに手捏ねで焼いてるんですけど、ちょっと多めに焼き過ぎてしまったもんだから」


 なのに何故かバゲットを選んでしまった。あまり捏ねないで良いパンを選んじゃ意味が薄いよな。

 昼に選んだのもカスクートだったし、ただ単にバゲットが食いたかったんだろうな、私が。


「店長さん、質問良いですか?」

「もちろん。なんでも聞いて」


 体験パン屋実施中だ。色々聞いてくれれば私も嬉しい。


「コロちゃんと店長さんの手捏ねと、どっちのパンが美味しいんですか?」

「お、これは難しい質問だけど良い質問だ」


 五時を少し回った閉店準備中。二人はすでに着替えも済ませているが、まぁ真夏だ。まだ日も落ちないだろう。


「その……そうだな。端的に言って、縦型ミキサーくんで捏ねるパンは美味い。さらに一度にたくさん捏ねられる」

「じゃあコロちゃんの方が――」


「けれど、()が捏ねたパンの方が美味い――と、僕は思ってる、かな」


 どのパン屋でも同じだとは思うが、その日の気温や湿度、粉の具合、そんな色々を勘や経験と()()()読み取り微調整を加えるものだ。


 そして私の指は特別製。

 残念ながら我流ゆえ一流どころのパン屋よりも美味いってことはないが、小さな頃から粉を捏ねて捏ねて捏ねまくって過ごした私の指は、今では誰よりも鋭敏に粉の具合いを見る事も出来れば、()()()()()さえ出来る。


 そんな余計な事を考えた私の思考をカオルさんの言葉が吹き飛ばしてくれた。


「わぁ! 店長自信たっぷり! 晩御飯に早速食べてみます! 楽しみね野々!」


 人殺しの手で焼いたパンなんかですみません。


 …………おかしいな? 今までそんなこと考えた事もなかったんだが……?



「俺にはねえのかよゲンっ――ゾウ!」

「うるさいな、あるよ。ほれ、オマエの分だ」


 嬉しそうに受け取った喜多だったが、私の手へそっとソレを戻した。

 どういう事かと視線を上げれば、にこにこと喜多が言ってのけた。


「じゃこれでツマミ作ってくれ」


 そう言って手に持ったコンビニ袋を開いて見せれば、中にはいつもの六缶パック。

 こいつハナから今夜はうちで呑むつもりだったか。


 ぷーくすくす、と笑う杭全(くまた)親子が『やっぱり仲良しねー』なんて囁き合っている。

 いやほんとそんな事ないんですよ。ただの腐れ縁、ほんとに昔っからの腐れ縁ってだけなんだ。



「もうひとつ質問良いですか?」

「いくつでもどうぞ」


「どうして『ロケット』なんですか?」


 ぐ……面接の日にカオルさんにも聞かれたが……こればっかりは()()には……


「な――内緒です。ちょっと照れちゃうんで」


 おい喜多。にやにや笑ってんじゃねぇぞ。

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