第15話「Good Idea《名案》」
――お互いちょっと考えてみましょう。名案が浮かぶかも知れない。
私はそう提案し、それに力無く頷いたカオルさんとそれぞれ仕事に戻った。
昼ピークに向けてせっせせっせとパンを焼きながら、さまざま考えてはみる。
けれど、あまりにも難しい、答えのない問題だ。
杭全親子の生活はもちろん裕福なものではない。
いま住んでいる小さなマンションの一室はカオルさんのお母上の持ち物だから家賃はいらないらしいが、ロケットベーカリーがカオルさんに支払う給料は週五日の……月に二十二日として十七万六千円。
子供手当やシングルマザー手当が自治体から支給されるが、保険や税金なんかとでほとんど相殺。
それでも家賃がいらない分、母娘二人の生活だけを見れば充分な気もするが、野々花さんのこれからの学費なんかを考えればやはりそう余裕があるとは言えまい。
そのカオルさんがだ。
夏休みのおよそひと月、働かないという選択肢はないだろう。
それに私も嫌だ。
もちろんロケットベーカリーを回すだけなら真夏のことだしなんとかなるだろう。
なんならカオルさん不在の日曜だけバイトに来てくれている子に曜日を増やして貰うことも可能かも知れない。
しかし、嫌だ。
カオルさんに会えないロケットベーカリーなんぞひと月のあいだ閉めたって良い。もちろん店の都合で閉める体で給料は出す。
ただ、まぁ、このタイミングでそれを言い出せば察してしまうだろう。
そしてそうなった場合、それを良しとするカオルさんではないだろう。
さらにだ。店を閉めればその間カオルさんに会えないんだから、やはりこの案は却下だ。
けれど一応、暫定的にA案と呼ぼう。
そのあと特に名案が浮かぶでもなく時間とパン焼きだけが進んだ。
マズイ……A案だけは表に出すわけにはいかない。
ちらりと時計を見る、昼ピークまでもう少し。
遅いな喜多のやつ。首尾良く野々花さんと合流できたのか。
せめて連絡の一つでも寄越せば良いものを――
そのとき、唐突に店の電話が鳴った。
ようやくか、遅いぞ喜多。
「はい、ロケットベーカリーでございます!」
元気良くカオルさんが出る。
こういう時に自分で出なくて済むのはホントに良い。
やっぱり愛想の点で私は接客業に向いてるとは言い難いからな。
「店長」
受話器の口側を押さえたカオルさんが振り向いて私を呼ぶ。
――なんだ? 喜多のやつ、問題でも起こったか?
「電話、凛子なんです。店長に代わってくれって」
「凛子ちゃん? 珍しいな、どうしたんだろう?」
どうやら電話の主は喜多でなくって凛子ちゃんこと冨樫 凛子。日曜日だけバイトに来てくれている子だ。
まさか、さっきチラッと頭を過ったシフトを増やす件だったり……
そうだとしても良いんだか悪いんだか分からないが。
「もしもし? 凛子ちゃんどうかした?」
『店長、お願いがあるんだけど――』
お? 『お嬢さま凛子ちゃん』だ。電話だからかな。
「お願い? なんだろう、私にできることなら相談には乗るよ」
『その――、で――、なんですけどぉ――、一日でも――』
……………………これだ!
「凛子ちゃん! 凛子ちゃんもいるし日曜の方が良いよね?」
『凛子はぁ、別にどっちでも――』
「明日でも良いよって伝えてくれる?」
『たぶん良いと思うんでぇ、明日連れて行きまーす』
「分かった、私も準備しとくから」
ふぅ、意外なところから良いアイデアが出るもんだ。
「凛子どうかしたんですか? 明日のバイト、ダメとか?」
「いやいや、親戚の高校生がパン屋の見学したいんですって」
「あぁ、進路とかそういうのですか?」
「そうみたい。それでねカオルさん――」
私が思い付いたアイデア。
カオルさんは頷いてくれるだろうか。