最高で最悪なタイミング
魔法の使えないこのフロアに、新たに人が入って来る。僕は緊張しながら、じっとそちらを凝視する。
「あら? 人の気配がすると思ったらあなた達だったの? 良かったわ、戦いにならずに済んで」
そう声を掛けて来たのは、パンチパーマの若い女性だ。その隣には、契約魔法使いアゴンがいる。
え、アゴンがいるぞ。つまり、その隣にいる見たことのない若い女性というのは、まさか?
「そんな驚いた顔をしないで。私よ、私。ツボネよ。さっき手に入れた若返りの薬を飲んで、こんなに綺麗になったのよ。私が若返って綺麗になったからといって、私に恋しちゃダメよ」
若返ったツボネは上機嫌で、ホホホと笑っている。隣のアゴンは相変わらず、面倒くさそうな顔でツボネの話を聞いている。
ツボネが若返って、顔が変わったのか? 若返っても大してかわいくないから、恋愛感情は沸かないよ。でも、何でコイツらがここに来るんだ?
僕は警戒しながら、奴等の動向をうかがう。
「あなた達、不老長寿の薬はすでに手に入れたの? もし手に入れたのなら、すぐに私に渡しなさい」
ツボネ達が何の警戒もなく、こちらに近付いて来る。どうやらコイツ等も不老長寿の薬を手に入れる為、こちらのフロアに来たようだ。
何てタイミングなんだ。このタイミングは最悪なのか? 最高なのか? どちらなんだ?
隣にいるサチの顔をチラリと見る。サチはうつむいている。が、笑っている。奴等に分からないように笑っている。彼女は最高のタイミングと判断しているようだ。
僕はフウッとため息をつくと、決心を固める。ここで奴等と戦う。そして、奴等を殺す。そう思っていると、身体が震え始める。悪い奴等だといえど、人を殺めるのはやっぱり恐い。
「ゴメンなさい、ツボネさん。私達も今から不老長寿の薬を取りに行こうと思っていた所なんですよ。だから、まだ手に入れてないんです。あっちの通路から、不老長寿の薬のあるフロアに行けるみたいですよ」
サチが逆側の通路への入り口を指差している。若返ったツボネと主人に付いていくアゴンは、偉そうな雰囲気で僕達の横をすり抜けて行く。
ツボネの首にはサチから奪い取った首飾りが光っている。僕はキッと奴等の後ろ姿を睨み付け、怒りの感情をグッと抑える。
すると、サチは突然走り出し、アゴンの後頭部を右足で飛び蹴りする。不意を突かれたアゴンは豪快にうつ伏せに倒れる。
ツボネは驚きの顔で振り返る。そして、アゴンが攻撃されたのを悟ると、呪文を詠唱し始める。しかし、このフロアは魔法無効化のフロアだ。魔法がいつまでも発動しないので、ツボネは動揺している。
「ユウト、ツボネを倒して!」
サチのその言葉で、僕は反応し動き出す。ツボネの前まで移動すると、ツボネの腹に拳を叩き込む。ツボネは苦悶の表情を浮かべ、その場にうずくまる。
「どういう事だ? お前達には契約魔法を掛けたのに……」
立ち上がろうとしているアゴンが声を発する。それを見たサチはアゴンの元まで走って行く。そして、奴が立ち上がらないように、サチはアゴンの腹に蹴りを見舞う。アゴンは声を上げながら、再び倒れる。
「何かおかしなフロアだと思ったら、そういう事かい? この場所、魔法が使えないんだね?」
座り込んでいたツボネが僕の方を睨み、そう告げる。そして、ツボネは恐ろしい顔をしながら、ゆっくりと立ち上がろうとする。
「ユウト! 早くツボネを攻撃して!」
金切り声に似たサチの言葉で、僕はツボネに追撃を試みる。すると、ツボネは上着のポケットから玉のような物を取り出し、ニヤリと不気味な笑顔を僕に向ける。
「あなた達、この恨み晴らさせてもらうわよ。必ず……」
ツボネはドスの効いた声で、そう告げると玉のような物を僕の足元に投げ付ける。玉は石の床に当たり、砕け散る。と同時に、まばゆい閃光を放ち、辺りを真っ白にする。
眩しい。何も見えないぞ。クソッ、やられた。
僕の視界は奪われ、僕は手で顔を覆う。しばらくの間、僕は目を開けられず、その場に立ち尽くしてしまう。
やっと目を開けられる状態になった時には、ツボネの姿はこのフロアにはなかった。
僕は急いでサチの方を確認する。サチはアゴンを逃がさぬように、しっかりと首の後ろの服の部分を掴んでいる。しかし、ツボネには逃げられた事で悔しい顔をしている。
「ゴメン、サチ。僕のミスだ」
僕はサチに頭を下げる。自分の無能さを痛感し、また相棒に迷惑を掛けたと感じてしまう。
「仕方ないよ。あの反撃は私も予想が出来なかった。でも、現状で重要な方は捕まえられた。予定通りに事を進めるよ」
サチはそう言うと、掴んでいるアゴンをじっと見つめる。アゴンは必死で呪文を詠唱し、魔法を発動させようとしている。
僕もサチもその行為がこの場所では、無駄な事だと理解をしている。サチはアゴンを黙らせようとして、奴の顔をぶん殴る。奴は再び倒れ、サチの方を見る。アゴンは怯えた表情を浮かべている。
「た、頼む。助けてくれ! お前達の契約魔法を必ず解くから、命だけは助けてくれ! 俺もツボネに命令されて仕方なくやったんだ。なぁ、お願いだよ。いや、お願いします。助けて下さい」
アゴンは必死でサチに命乞いをしている。サチは冷たい目でアゴンを見下ろしている。奴の意見を受け入れないという意志の表れだ。
この人もかわいそうな人だな。
僕は同情してしまい、アゴンの事を助けてやってもいいかなと考え始めていた……。
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