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 物陰に潜む愛らしい存在に、アミキティアはエサを乗せた手を差し出した。

 しかし愛らしい存在こと猫は、最早威嚇さえせずにさっさと逃げてしまった。

「また駄目か……」

 アミキティアは肩を落とし、ため息を着く。

 アミキティアの人生で、猫が自分からすり寄ってきてくれたのは、少し前のあの猫だけだった。

 そしてその猫がいた森に、アミキティアたちはまだ滞在している。

 ちなみにアミキティアたち勇者パーティはジルファニア子爵領へと向かっている。

 一応前に進んではいるのだが、アミキティアたちは面倒臭がってだらだらとしか進んでいないので、まだ森から出られそうにない。

「アミキティアさん、また猫にフラれてたんですかー?」

 シエルの質問に、アミキティアはムスッとして答えた。

「フラれた訳ではない。逃げられたんだ」

「それをフラれたって言うんだと思うんですけどぉ……」

 シエルは哀れみの目でアミキティアを見た。

「ま〜、アミキティアさん、顔怖いですもんね! あはは」

 この幼馴染は、他二人よりアミキティアに容赦がない。

「シエルだって、その聖女らしからぬ物言いはよした方がいいぞ。いつかボロが出る」

「そんなヘマしませんって。わたくし民の前では善良な聖女ですもの」

 オホホ、とわざとらしくシエルは笑った。

 たしかに、シエルは表では完璧に清廉潔白な聖女様を演じている。

 裏では口が悪く、表で「勇者様を必ずお守り致します」などと大口を叩いておきながら、この勇者パーティにいるのも王命だから仕方なく、といった様子だった。

 しかし、パーティメンバーのことは大切にしているようだ。

 アイザックほどでは無いが、心配性である。

 そもそもこの勇者パーティなどというものが組まれたのも、本当に実在したかさえわからぬ魔王のためだった。

 国、というか国王はまだ見ぬ魔王に怯え、王国の中から優秀な四人を選出し、勇者パーティとしたのだ。

 しかしその前から天才と名高い少年少女たちは交流があった。

 バラバラな四人ではあったが、交流を重ねるうちに仲良くなった。

 その仲の良さも相まり、今回の勇者パーティはアミキティア、アイザック、シエル、ゾーイに決まった。

 四人とも魔王に関しては王に忠実な振りをしてまだ疑っている。

「おーい、アミキティア様ー! シエルー! 夕食の時間だぞー!」

 パーティの母、アイザックが二人を呼んだ。

「あのぉ、ぼく、お腹空いたんでなるべく早く来て欲しいんですけどぉ〜……」

「はいはーい。ほら、アミキティアさん、行きますよお」

「ああ」

 しかしなぜだろう。

 アミキティアは首を傾げた。

 あの時、アミキティアは生まれて初めて触れた、あの猫の事を思い出していた。

「あの猫ちゃんのことを思い出すと……なぜだか逃してはいけないものを逃がしてしまったような気がするんだ……」

 剣呑な雰囲気を纏ってアミキティアは独りごちる。

 生まれて初めて懐いてくれたから、とか、そんな生易しいものじゃない。

 あの猫を中心にして、何か悪いことが起こるような、そんな感覚になる。

「気のせい、だろうか」

 アミキティアは妙な不安に陥る。

「アミキティアさーん! はーやーくー!」

 すると、シエルの声によって不安は強制的に掻き消された。

「あ、ああ。すまない、今行く!」

 ほか三人の元へ駆け寄った。

「遅いですよぉ、アミキティア様ぁ。ぼくもう食べてますよ」

「すまんすまん」

 ゾーイの愚痴にアミキティアは苦笑した。

「そういえば、定期連絡ってもうすぐだよな?」

 アイザックが顎に手を置き、思い出すような仕草をした。

「ああ……そういえば。そんなめんどくさいのもあったわね。定期連絡なんてものがなければ、わたくし世界観光したかったのに」

「既に世界観光してるようなものだろう……王都から魔族領までどれだけ離れてると思っているんだ」

「ぼくは魔王も世界観光もどうでもいいんで帰りたいんだけど……そもそも1000年も昔の魔王を信じるとかどうかしてますよ」

「騎士の誇りはどうした、ゾーイ」

「あるにはありますけどぉ……別にそんな眉唾な話を信じ込んで旅するより、その時間を使って鍛錬していた方がよっぽど時間を有効に使えてると思うんですけどぉ」

「王命を破ったらいくら俺たちでも罰せられるんじゃないか? あの国王……魔王に対して妙に怯えているようだったからな」

 アイザックは肩を竦めた。

「そうよお、ゾーイ。せめてわたくしのように体裁だけでも整えておきなさいよね。『怠惰の最強騎士』様」

「ちょっと、その呼び名やめてくださいよ。怠惰とかすごい不名誉なんで……」

「本当のことだろう。それに最強とあるだけマシじゃないか? 俺の魔物たちと互角に戦えるんだから自信もっていいぞ」

「そうだぞ、ゾーイ。私が唯一剣術で手こずるのは君だけなのだから。それに怠惰と呼ばれぬよう、少しは胸を張ったらどうだ」

「あなたに勝ったことぼく一回もないんですけど……」

 徐々に魔王の話題から、別の話題に移っていく。

 それと同時に、アミキティアが抱えていた少量の不安も、忘れてしまったのだった。


 二日後。

 定期連絡の時間だ。

 宰相の鳩が届いた。

 この鳩は、宰相の固有魔法で、簡単に言えばリモートで会話することが出来る。

 鳩は地面に降り、アミキティアたちと向かい合った。

 すると、鳩の目が光り、映像として宰相が映った。

 ウインドウには宰相しかいない。いつもの事だ。

『こんにちは。勇者パーティの皆さん。お元気ですか?』

 宰相とも割と仲がいい勇者パーティは、この定期連絡のとき、堅苦しい感じではなく、久しぶりにあった友人と会話するような気軽さがある。宰相はシエルの素も知っているから余計だ。

「宰相サマ。お久しぶりです」

『宰相様なんてやめてください、アイザック。こっちには今誰もいないので、いつものようにライリー、と』

 ふふ、と宰相ことライリーは笑った。

「久しぶりだな、ライリー。こちらは全員息災だ。君も元気そうでなによりだ」

『おや、アミキティア様。お久しぶりです。後ろのシエルもゾーイもいつも通りバカそうで安心です』

 ライリーが言う。

「はあ? そういうアンタもいつも通り胡散臭いわね! その汚らしい貼り付けたような笑顔もわたくしの浄化魔法で消し飛ばしてやろうかしら!?」

「やっちゃってください、シエルさん。ぼくも援護します。殺しましょう、この生意気な宰相を」

『おお怖い怖い……』

 この三人はいつも喧嘩をしている。

「こら、やめないか三人とも。ほら、さっさと定期連絡済ませてしまおう。ライリーだって暇じゃないんだ」

 そして、アイザックにとめられるまでがセットである。

『そうですね。今回は貴方たちに悪い知らせがありますよ』

 ライリーが言うと、四人の顔が途端に真面目になった。

 いや違う。

 シエルとゾーイは面倒くさそうな顔をした。

「悪い知らせ、とは?」

『さきにそちらの連絡を』

「こちらは異常ない。順調に進んでいる」

『そうですか。それは良かった。では、悪い知らせを』

 ライリーの胡散臭いと称された顔が神妙になる。


『ジルファニア子爵領近くの罪人村が潰れました』


「は?」

 アイザックが珍しく低い声を出した。

「ちょ、ちょっと……どういうことですか? 潰れた、って……」

 ゾーイが聞いた。

『言葉通りです。昨日、見回りに行った兵が見つけました。罪人たちは血まみれになって、皆死んでいました。建造物の破壊などはなかったようですが、死体は酷い有様』

「一体誰が……」

『それは現在調査中です。犯人のものと思われる血の足跡が見つかっていますが、途中で途切れている……。そして途中までではありますが、その足跡がジルファニア子爵領に向かっています』

「……犯人を探せということか?」

『兵が見つけた時、死体の血は乾ききっていませんでした。つまり潰されたのは昨日。それも兵士が来る少し前の朝。まだ遠くには行っていないでしょう。そこで、近くを通る貴方たちに探して頂きたいのですよ』

「拒否権は?」

『ないですね』

「最悪ぅ〜……」

 シエルが項垂れる。

『まあでも、陛下は魔王復活の調査を優先させろとの仰せでして。なにも見つからなければ私が何とかしてやりますよ。ちなみに、この情報は他言無用です。念の為罪人村への入場許可証を鳩の足に括りつけておきました』

「あ、本当だ」

『そういうことなので、よろしくお願いします。もう一度言いますが、最優先は魔王の捜査です。疎かにするようでは、こちらもこまりますからね。それでは、また次の定期連絡時に』

 そう言い残すと、ウインドウは消え、許可証を落として鳩は飛んでいってしまった。

「えっ、ちょっと!」

 シエルが手を伸ばすが、それは空を切る。

「……面倒事を押し付けられてしまったな」

「いや、まあでも、最優先は魔王の調査なんでぇ……サボっても良くないですかぁ?」

 ゾーイは面倒くさそうに言った。

「……たしかにそうか。とりあえず、なにか見かけたら報告するとしよう」

「そうだな……」

 勇者パーティとは、実質雑用係である。

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