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 (よし……! かなり慣れてきた、はず!)

 最初はかたかった粘土のような魔力を時間を掛けて少しずつ解していく作業。

 それをこの二週間でやっていた。

 もうかなり柔らかく、最初とは比べ物にならない。

 レベルの方も順調に高くなってきている。

 奇襲をしかけてくる一角ウサギを返り討ちにし、それと同時に蛇のような形状をした魔物を討伐していた。

 蛇はウサギと同じくらいの強さで、めんどくさいのは毒牙を持っているところだ。

 幾度となく噛まれたうえ、うっかり毒が付着した部位を食べてしまったので、毒耐性のスキルが身についた。

 毒自体はさほど強くはなく、たまに目眩が怒る程度だった。

 そんなこんなで、雪菜はようやく人型に挑戦しようとしていた。

「そろそろ……いいよね」

 いや、正確に言えば何度かは挑戦しようとした。

 けれど魔力の操作が下手すぎてできなかったのだ。

 瞳を閉じ、魔力の粘土で人の形をつくる。

 最初挑戦した時とは違い、簡単に作れる。

 すると、雪菜は気づかなかったが、雪菜の身体が光り始めた。

 やがて光は人間の形になり、光が解けた頃には雪菜は人間の姿になっていた。

 ──成功したのだ。

「う……──っわ!」

 目を開いた雪菜は、目線がいつもよりかなり高いことに驚いていた。

 手を見る。

 人の手だ。

 グーとパーに手を握ったりする。

 歓喜の声をあげようとするも、そこである事実に気づいた。

「やばい全裸だ!!!!」

 ちゃんと女体だったことに安堵したのはほんの一瞬だった。

 (あっでも重要な部分はついてない……)

 女体は下半身には何も無いので、そこは気にしていなかったが、上半身の果実ふたつには特に何も着いていなかった。

 果実ふたつのサイズはまあ大きくも小さくもなかった。

 とにかく女体であれとだけ祈り、なんとなくで人体を作っていたので、容姿までは決めていなかった。

「服のことも……考えてなかった」

 ついでに鏡も見てみたい。

 そこでまた、はたと気づいた。

 (あれ?)

 すっかり慣れてしまっていたが、ケモ耳としっぽの感覚があるのだ。

「ニ゛ャ゛ッ!?」

 触ると、やはりある。

 しっぽとケモ耳が。

 (なんてこったい……)

 服に加え、耳としっぽまで問題に加算されてしまった。

 (いやでも、なんで耳たちは出てきたの?)

「博識さん、なんで耳としっぽがでてきたの?」


【魔力のムラがあったため、不完全な変身となったと推測】


「なるほど。つまり練習あるのみってことね」

 雪菜はガッツポーズを決めた。

(うーん、顔が見たいなあ。どんな顔なんだろう)

 美人だといいなあ、と雪菜は呟いた。

「博識さん、この近くに町はある?」


【ここから真っ直ぐ行くとジルファニア子爵領がある】


「おおっ! 街! 行こう行こう!」

 ぱあっと顔を輝かせた雪菜は、すぐさまなにかに気づき、「あ……」と暗い顔をした。

「お金もってなかった……」

 (どうしよう……お金が無いと服が買えないし……野良猫らしく盗む? いやそれは前世人間としてやばい気がする)

 雪菜は猫に戻り、「まあ、」とため息混じりに呟いて、顔を上げた。

「千里の道も一歩から。背筋を伸ばしてレッツゴーだね」

 雪菜は気合いを込めて歩き始めた。

 考えるのを諦めたわけでは決してない。



 それからまた数日歩き続けた。

「今日もうさぎ肉昨日もうさぎ肉一昨日もうさぎ肉…………」

 ひたすら願う。

 そろそろ別のものが食べたい。

「うさぎ肉でもいいからせめて料理がしたい……味を変えたい…………」

 歩きながらそんな愚痴を漏らす。

 毎日三食、生のウサギ肉だったらそりゃ飽きる。

 周りの景色も木々ばかりで変わらず、運がいいのか悪いのか、他の動物や魔物にも遭遇せず、命の危険はないが本当にただウサギの生肉を食べ続ける日々だ。

 贅沢な悩みだとはわかっているが、毎度会うのもウサギ、倒すのもウサギ、食べるのもウサギとなると嫌になる。

 (せめて焼くくらいしたいけど……煙をみて人がいると思われて誰かが来ても困るしなあ)

 人型になれても、なんせ服がないのだ。

 そんな所を人に見られでもしたら露出魔として知られてしまう。

 それはとても良くない。

 加えてことある事にウサギが奇襲をしかけてくるので、その度に倒している。

 つまり雪菜の来た道には一角ウサギの死骸が大量にある。

 はあ、とため息をつくと、またウサギが飛び出してきた。

 それを簡単に跳ね除け、倒すと、体からまだ慣れない、けれど知っている不思議な感覚がした。

 レベルアップだ。


【スキル 思考加速、俊足、触手を入手】


「おっ! やったー!」

 スキルはこうして、レベルアップと共に貰えるものもある。

 しかし毎回貰えるわけではなく、たまに貰えたらラッキーくらいな感じだ。

 (……ん? 触手??)

 明らかにおかしいスキルを入手してしまった。

 気になって特に何も考えずに触手のスキルを発動させた。

 すると、背後から何かがにょきにょきと生えるような感覚に陥った。

「え? ま、え? なにっ?」

 しかも伸びる。

 触手を伸ばして顔の前まで持ってくる。

 なるほど。これは確かに触手だ。

 スライムっぽい見た目をしており、長さだけでなく形も自由自在だ。

 これを使えばウサギ肉を上手に切る事が出来そうだ。

 すごーい、と関心したのち、満足して触手をしまった。

 (それにしても、博識さんから聞いた子爵領とやらに向かっているんだけど……全く森から抜けれない……どんだけ広いんだこの森!)

 絶望し項垂れる。が、なにかに触発されたようにすぐに顔を上げた。

 (なんか……においがする)

 猫になってから、嗅覚が人間時代よりかなり良くなっている。

 (勘だけど……これは良くないにおい)

 におい以外に微かに魔力も感じられた。

 魔物だ。

 それも一角ウサギより強い魔物。

 雪菜は身構える。

 ガサガサと木の葉や茂みを踏む音が聞こえる。足音だ。

「……!」

 ようやく、魔物が茂みや木々を縫って出てきた。

 鹿の魔物──それも、そこそこ大きい。

 新しい肉だとか、鹿肉を食べるのは初めてだとか、そんな呑気な感想の前に、「油断したら負ける」という直感が脳を支配した。

 鹿は立派な角を二本生やしており、角と角の間にバチバチと火花が散り始めた。魔法だ。

「!」

 雪菜も魔法を使えるが、それも簡単なものしか使えない。

 高位な魔法は魔力の構築が難しいのだ。

 バチバチと不穏な音を鳴らしていた火花から魔法が放たれた。

 ドン、ドン、ドンと連続して雪菜を燃やさんと炎の魔法が襲う。

 魔法が落ちた場所は地面がえぐれている。

 しかし、器用なことに、火は草や木に燃え移ることはない。

 必死になって避けながら、雪菜は反撃方法を考える。

 そして思い立つ。

 こういう時の博識さんじゃないか、と。

「博識さん! どうやって反撃したらいい!? あとコイツ何!?」


【ファイヤーディア 鹿の魔物。水魔法で撃退可能】


「なるほど水か!」

 雪菜は水魔法を放つ。

 しかし、鹿には当たらず、ジュワッと蒸発するような音が一瞬聞こえただけで、特に何も起こらなかった。

「あれっ!?」

 威力が弱いのだろうか。いや、それよりこの鹿が近くに来てから異様に周囲が暖かい気がする。

 考えているその間にもバンバンと炎を放たれていて、凡ミスひとつでもしたら終わりなのに、もっと高威力の魔法を出さないといけないのはつらい。

 ひい、と小さく悲鳴をあげると、炎の雨が一旦止んだ。

 今だ、と意気込み、高威力の魔法を使おうと魔力を構築し始めると、また鹿の角がバチバチと鳴り始めた。

 鹿の咆哮が木霊した。

 それに気圧されつつ、次の攻撃に備えて逃げられるよう構えた。

 すると鹿は炎の矢を大量に作り上げ、矛先を雪菜に向けた。

「は!?」

 雪菜は目を見張った。

 同時に焦り、降り注ぐ矢を見据えながら咄嗟に入手したばかりの思考加速を発動させた。

 思考加速は体感時間を引き伸ばす超有能スキルだ。

 それを駆使して必死に炎の矢を避けるが、避けきれず矢が刺さる。

 思考加速は体感時間を引き伸ばすのみ、移動速度をあげてはくれない。

 矢が刺さった箇所が言葉通り燃えるように熱く、じんじんと痛む。

 思わず顔を歪める。

「いったあ……っ」

 初めてウサギと戦った時もそうだったが、本当に容赦がない。弱肉強食すぎる。

 血がどろどろと出てくるが、そんなこと気にしていたら死ぬ。

 刺さった矢を抜きたくても熱い上に、更に血が出てくることになるので抜けない。

 本当に気力だけで立っている。

 鹿は雪菜に矢が当たったことを見た途端に沢山あった矢を一瞬で霧散させた。

 それに驚いていると、鹿の頭上に、大きな火の玉が現れた。

「!?」

 あんなの逃げられない。

 小さな火の玉で地面が抉れるのに、あそこまで大きな火の玉ではここ一体がが更地になる。

 加えて腹に矢が刺さっているのだ。

 これが俗に言う無理ゲーと言うやつかと思った。

 そこで、鹿の鼻息が荒いことに気がついた。

「なんか、怒って、る……? なんで?」

 思ったことをそのまま口に出しただけだが、博識が反応した。


【ディア 鹿の魔物の総称。ディアは縄張り意識が強く、自身の縄張りを荒らす者には誰であろうと容赦せず殺しにかかるという性質を持つ。縄張りには基本的に二匹いるが、稀に番とはぐれた個体もいる。こちらの個体は他より縄張り意識が強烈で、見るもの全て殺そうとしてくる】


「縄張り? いや私荒らしてなんか……」

 そこで気づいた。

 一角ウサギだ。

 (どこからどこまでが縄張りなのかがわからないけど……たぶんうさぎさんを倒しまくったからだ……! 倒したときの血でいっぱいになっちゃったから……ということ……?)

 そのことに気づき、顔を青くした時にはもう遅い。

 巨大な火の玉が雪菜に向かって来ていた──。


「フフ……残念だったね、鹿さん……! 私はここだよ!」

 手に入れたばかりの新スキル、俊足。

 雪菜はそれを早速駆使して素早くあの場から逃げ去り、鹿の真後ろに逃げ込んだのだった。

 俊足のおかげで腹に矢が刺さっていても素早く動くことが出来た。

 地面に接した火の玉が勢いよく爆発した。

 地面は抉れ、爆風が押し寄せるが、草花に着火することはない。

 鹿は驚いたように雪菜の方を見た。

「フフフ、さらば、鹿さん! 今晩のご飯になっちゃってください!」

 雪菜は俊足により通常の倍以上になった跳躍力を駆使して飛び上がり、空中から先程手に入れた新スキル、触手で刃物の形を作った。そして鹿の首に向かって伸ばし、首を斬った──はずだった。

「っ!? か、かたい……!」

 鹿の首は、驚く程にかたかった。

 水を纏った触手は鹿の首に触れジュワッと蒸発した。

 鹿は苦しみに抵抗するように鳴くが、それと同時に首をぶんぶんと振った。

 曖昧に食い込んだ触手の刃のせいで、首が振られるのと同時に地面に叩きつけられた。

「ぐあっ!」

 打ち付けられた箇所が非常に痛む。

 腹の矢も相まって本当にすごく痛い。

 念には念をと思って触手の刃に付着させた水でさえ意味がなかった。

「うっ……い、痛……っ」

 あまりの痛みに起き上がれない。

 震えながら起き上がるが、すぐに崩れる。

 鹿は余裕綽々といった様子でゆっくりと、煽るようにこちらに来る。

 (やばい……!)

 頭が真っ白になった。

 (どうしようどうしようどうしよう……!)

 雪菜は焦る。思考加速を自身に施し、なけなしの時間稼ぎをする。

 (落ち着け、私……。考えろ……首がかたかったっていうことは毛皮が厚い? それとも刃の方に問題があった? いや……それはないかも。小柄とはいえ私が振り回される程度には刃先は鹿の首に食いこんでたし威力も刃先の強度も十分だった……さっき蒸発してたし、付与した水が少なかった? 触手をもっと上手いこと使えれば……)

 そこでハッと閃いた。

 雪菜は触手を目にも止まらぬスピードで鹿の首に巻き付いた。鹿が驚いた隙を雪菜は見逃さず、鹿を力いっぱい地面に叩き伏せた。

 衝撃で鹿が大きく鳴き、地面も軽く揺れた。

 鹿がバタバタと暴れる。

 急いで高威力の水魔法と少しの氷を構築した。すると鹿の真上に大量の水が現れた。

 鹿はそれだけでやばいとわかったのか、じたばたと暴れ始めるが、それを阻止するように触手で鹿の首だけでなく足や胴体も抑えた。

 力が強く、抑えるのに苦労する。

 触手が引きちぎられそうになるが何とか耐える。

 そして鹿の上に用意した大量の水と氷を一斉に鹿に落とす。

 大きな水音と共に鹿に直撃する。ジュワッという蒸発音は先程より少なく、明らかに鹿が押されている。

 鹿の咆哮が轟き、それは次第に小さくなっていく。

 大量の水に流されないようもの陰に隠れていたが、土に染み込んだのか、少しマシになった。

 小柄な子猫の姿では流される気がしたので、人型に変身する。

 肩で息をしながら、鹿の死を確認した。

 刺さっていた矢が鹿が死んだことにより消え、そこから血が吹きでる。

 すると、それと同時に体から力が溢れるような、レベルアップの感覚がした。

「めっ、ちゃ……痛い……」

 矢が貫通している訳では無いが、腹部の部分だけぱっくりと割れている。

 他にも打撲の跡が多数あり、今まで味わったことがないほどの激痛だ。

 (『ないほど』というか……ないよ……あー、痛い)

 雪菜は燃えるように痛む腹を押さえ、震えながら倒れた。

 今回の敵、ファイヤーディアは、体温および対象の周囲の温度までも異様に高かった。

 少量の水では見るも無惨に蒸発してしまう。

 どうしてそこまで高いのだろう、と雪菜は考えた。

 そして、もしかしたら体温や周辺温度が高くないと生きられないのでは、と考えた。

 そこで、雪菜は大量の水と冷たい氷を用意した。

 それらで鹿の体温を冷やし、倒したというわけだ。

 雪菜は気づいていないが、今回の鹿は先程博識が言っていた、はぐれた個体だったのだろう。

 だから余計苛立っていたのだ。

 今回戦った相手が余程強力だったのか、レベルが目を見張るほど増えている。

 それと同時にスキルも見たことがない量増えている。

 しかし慣れない激痛によるストレスと、多大なる魔力消費の影響で、雪菜の瞼はそれらを確認することなく徐々に落ちていった。

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