2
(強くなる、魔王になる、なんて大層なこと言ったけど……まずは、Lv上げからだよね。うん、千里の道も一歩からだよ)
雪菜はガッツポーズをした。
しかし、もちもちの肉球がある今世の前足では、ただ肉球がむにっと圧迫されるだけであった。可愛い。
(それにしても……意思疎通、すごく難しかったな……せめて人語を喋れればいいんだけど……。いやでも、人語を喋る猫とか気味悪いな……)
雪菜はうんうんと唸る。
次に人と接することになる場面がないとはいえない。
それに分からないことは質問したい。
猫の状態で盗み聞き、というのも有りかもしれないが、自分からさっさと聞いた方が早い。
(でもなあ〜。人語を話す猫だよ〜? 絶対気味悪がられるって)
「なんとかして人の姿になれればいいのになあ……」
雪菜は考えた。
ここはファンタジー。ファンタジーと言えば魔法!
ということで、上手いことすれば魔法で人型に変身のどちらかができるのでは、と。
それか自分のステータスを見た際、「スキル」という項目が存在した。
もしかしたらスキルの中に人型になれるものがあるかもしれない。
これらはあくまでも予想に過ぎないが、ファンタジーの定番を突くならそんなところだと雪菜は推測している。
「でも魔法とか使い方知らないよ〜」
魔法の使い方を知らないというまさかの障壁。
「ん〜〜〜……」
唸る。
「んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………」
また唸る。
「あ─────っ! わかんない!」
が、わからず終い。
「もうっ! 人型! 人型になれ──っ!」
やけくそになって叫ぶ。
しかし、変化はない。
「……はあ…………」
思ったより道は険しそうだ。
人型になるのは一旦諦めた。今すぐ必要という訳ではないからだ。
とりあえず、魔王になるという目標に加え、人型になるというのを入れた。
それよりも、最弱な自分が敵にどうやって勝てるかを考えていた。
(私ができるのは、今のところ噛み付くことと、試したことはないけど引っ掻くことだけ……。魔法は使えそうな気配がまっったく無いから諦めよう、うん。いつか使えるようになるよね、うん!)
未来の自分に丸投げした。
(まあつまり、今の私は近接戦しかできないってことだよね。さっきのうさぎさんみたいな遠距離で攻撃出来る敵はもう死を覚悟するしかないって感じかな……。移動速度もそこまで高くないし)
隙をつけば遠距離で攻撃してくる敵も倒せるには倒せるのだろうが、なにせ実際の戦闘経験が皆無な雪菜だ。
それは慣れるまで難しいだろう。
(ていうか、スキルってどうやって手に入れるんだろう? レベルアップとか?)
しかし、レベルアップでスキルが手に入るのなら、結局魔物と戦わないことにはどうにもできない。
なんてことだ、と雪菜は頭を抱えた。
森の少し奥の方に、一角ウサギがいるのが見えた。
(!)
最初に出会った一角ウサギより、なんとなく弱いのがわかる。
(なんていうか、オーラみたいな、気配があるんだよね。強さによって気配の大きさが変わってくるって言うか)
相手はまだこちらに気づいていない。
ならば、不意討ちだ。
どうせ真っ向から行っても勝てるかわからないのだ。
ならば、狡くても少しでも勝てる方を選ぶ。
一角ウサギの後ろにそろりそろりと、なるべく気配を消して近づいていく。
そして──噛み付いた。
今日一日で、三度目くらいの悲痛な叫び声が響く。
精一杯噛み付いて、少しでもHPを減らそうと試みる。
じたばたと暴れ、何度も腹部を蹴られるが、先程のウサギほどの威力はなく、振り落とされずにしがみつけている。
しかし痛いものは痛く、さっきから苦しい。
吐きそうだ。
(噛み付くだけじゃだめだ……! もっと、もっと強い攻撃を……引っ掻く? それで倒せる? ──ああ、もう! なんでもやってやる!)
投げやりに右の前足で一角ウサギの足を引っ掻く。
すると更に暴れだし、雪菜はしがみつくのがやっとになってきた。
ウサギを掴む手に力を込める。
それと同時に爪も食いこみ、ウサギのHPはみるみる減っていく。
ウサギはだんだんと動きが鈍くなっていく。
──そして遂に、一角ウサギは絶命した。
「……!」
息が荒い。
倒せた、よかった。そういう感情の前に、まだ生きてるのではないか、という疑問も残るが、すぐにその疑問も消えた。
「や……やった!」
歓喜すると、体の中に力が蓄えられていくような、自分の力が増したような、感じたことの無い不思議な感覚がして、雪菜は首を傾げた。
(なに? 今の……)
そしてすぐにハッとした。
(レベルアップでは!?)
【種族 スモールキャット 名前なし
Lv2 固有スキル 博識】
「レベル! 上がってる! やった!」
瞳を輝かせ、ウインドウを見つめる。
「でも相変わらず博識の使い方がわからない……そこも問題だなあ。せめてこいつの使い方さえ分かれば……」
そう呟くと、パッとウインドウが出てきた。
【固有スキル 博識は知りたいことを口に出すことで調べることができる】
「お、おお……だいぶ助かるスキルだ……」
理解が追いつかず、微妙なプレゼントを貰った時のような反応になってしまった。
「……待って? じゃあ、人型になるにはどうしたらいいの?」
聞くとウインドウの内容が更新された。
【魔力を操作し、人型に象ることで変身可能】
「なるほど……便利だね。じゃあ魔力の操作ってどうすればいいの? わかりやすく手順を教えて」
【まず全身を流れる魔力を感知し、次にそれらを粘土のように自身の手で操作するイメージをする】
「ふむ」
目を瞑り、全身を流れる魔力とやらを感じようと集中する。
五分ほどじっとしていると、微かに身体中を駆け巡るなにかを感じらることができた。
「おおっ! これか!」
ほんの一瞬ではあったが、大きな一歩だ。
それから三時間ほど、魔力を感じられるよう集中した。
時々体を動かし、リフレッシュしたりもした。
二体ほど一角ウサギが来たので、手こずりながらも倒すことに成功した。
そして、ようやく魔力の流れを明確に意識できるようになってきた。
雪菜自身は集中してるうえ時計もないので、体感的には一時間程の事だったが。
「これが魔力……最初より確実にわかるようになってきてる」
喜びを噛み締めていると、お腹がぐうと鳴った。
びっくりして空を見上げると、辺りはもうほとんど暗くなっていて、朱色の空はほとんどなかった。
(す、すごい集中してたんだなあ……私……!)
「とりあえず! 魔力を意識しながらご飯食べよう」
幸いウサギが三匹もいる。
(正直可愛いうさぴょんを食べるのは嫌なんだけど……ごめんね、生きるためだから……)
そんなこんなでウサギを一匹平らげた。
食べ方にすごく苦労した。
数日間そのようにして過ごし、一週間が経つ頃にはもう常に魔力を意識することができるようになっており、とても喜んだ。
【スキル 魔力感知を入手】
そんな通達があり、ステータスを覗くとちゃんとスキル欄に魔力感知があった。
この魔力感知、とても便利なもので、敵が近づいてくると敵の位置がわかるようになった。
うっすらではあるが、敵の魔力も感知できるようになったのだ。
死角からの攻撃も何となくわかる優れものだ。
一週間、ほとんど同じ場所に留まっていたので、気分転換の散歩も兼ねてそこから少し場所を移動した。
とは言っても、森なので景色は差程変わらないが。
「次は魔力を操るってところだよねえ」
魔力の操作の方法が記されたウインドウを眺めながら雪菜は呟いた。
すると、背後から一角ウサギの気配がした。
この一週間で、魔物に襲われた。
その度命からがら生き延びていたが、この一週間でLvが上がり、加えていくつか魔法も覚えたため、一角ウサギは最早敵ではない。
まだ上位の魔物は山ほどいるので、それらが出てきた場合は一目散に逃げるしかないのだが。
雪菜は魔力操作について唸りながら、後ろから奇襲をしかけてくる一角ウサギに炎魔法を放つ。
すると叫び声とともにウサギは絶命し、こんがりウサギ肉が焼けた。
手馴れた作業である。
雪菜は瞳を閉じ、魔力を操るイメージをし始めた。
とりあえず人型になろうと魔力を操るが、まだ慣れていないため、思うようにいかない。
架空の粘土で遊んでいる感覚だ。
頭の中で少しかたい粘土を解し、人の形にする。
けれどそこに粘土ベラなどという便利アイテムは存在せず、ただ指でひたすら形を整える。しかし粘土はかたく、思うようにいかない。
そんな感じだ。
つまり難しい。
「千里の道も一歩から。大丈夫、できるできる」
そんなこんなで、また少しずつ移動しながら魔力の粘土をいじくって、慣れるように頑張った。
──そして二週間が経った。