懐いてくる後輩は私のことが好きだと思っていたが、違っていたようで非常に恥ずかしい
「先輩! 」
そうやって君はいつも私を呼ぶ。
「先輩、一緒にご飯食べましょう! 」
そうやって君は私の隣に座る。
「先輩、助けて下さい! 」
そうやって君は私に泣きついてくる。
これって私に好意を持っているって思うでしょう?
なのに現実は違った。
「なあ、お前の後輩くん、いつからあのピンクと付き合いだしたんだ? 」
目の前の同僚、クランクが皿のポテトを突きながら私に問いかけてくる。
「そうね、確か報告があったのは一週間ぐらい前かしら? 」
「ふーん。………で、感想は? 」
「…………めっちゃ、恥ずかしいわ! 」
そう、私はこの目の前の同僚に、ことあるごとに言っていたのだ。
『あの子は私のことが好き過ぎて困っちゃう』って。
あの頃の自分に会ったら是非とも言ってやりたい!
この自意識過剰女!! と。
「まあ、実際あの後輩くんの日頃のお前への懐き方を見れば、好意が自分にあるって勘違いするわな」
目の前の同僚が心底同情するといった顔で見てくる。
く〜〜〜、穴があったら入りたい!
むしろ掘って私を埋めてくれ。
「あ〜〜〜、マジで恥ずか死ねる」
私はそのままテーブルに顔を埋めた。
クランクが私のあまりの可哀想な姿に、頭を撫で回してくる。
こいつは弟妹が多いからお兄ちゃん気質なのだ。
私の頭を撫でながらクランクが私に小さい声で話しかけてきた。
「………ところで、なんで俺は今、お前の後輩くんから人を殺しそうな目で見られているんだろうか? 」
クランクの言葉に私はそっと頭を上げた。
クランクが見ていた方を見れば、後輩が腕にピンクちゃんをぶら下げてこちらを見ている。
確かにあの目は既に何人かはヤッてそうな目だ。
「奇遇だね? 私もアレは既に五人はヤッてきた目だと思うよ」
私達はそっと後輩から目を逸らして、お互いにアイコンタクトした。
『アレはヤバイ。ここは戦略的撤退一択だ』
『確かにヤバイ。ヤラレル前に逃げるが勝ちだ』
私達の思いは一つだった。
互いの目を見て、一つ頷き脱兎の如く食堂を後にした。
その後残された後輩が、どんな表情をしているかも知らずに。
私とクランクは職場である魔道具開発室に帰って来た。
なんで昼食をとりに行っただけなのに、戦場から逃げ出したような疲労感があるんだろう。
「ねえ、君たちなんでそんなに疲れてるの? 確か仲良く昼食食べに行っていたよね? 」
上司であるエミリアさんが声をかけてきた。
「「ちょっと殺気を浴びまして………」」
「え゛? いつから食堂は、戦場や暗殺者が現れるようになったの? ………まあ、いいや。ユーリカ、午後から魔術研究所に顔出して来て。この間あなたが開発に携わった魔道具の実験するってさ」
「え゛? 」
エミリアさんが私の名前を言った。
まずい、非常にまずい。
何故なら魔術研究所には先程の後輩くんがいる。
後輩なのに別部署なのは、この間異動したばかりだから。
そしてこのタイミングで私が呼ばれるってことは、ここに後輩くんがいる頃に一緒に開発を進めてたから。
ってことは、高確率で実験に関わってくる。
「じゃ、よろしく! 私もご飯行って、会議に出てくるわ〜」
私が何か言う前に上司は出て行ってしまった。
「………骨ぐらい拾ってやるからな? 」
クランクが、これでもかって言うぐらい同情した目で見てくる。
じゃあ、あんたが行ってくれよ!
そう思っていても仕事だからしょうがない。
私は諦めて研究所に向かった。
「それじゃあ、後は任せたよ。よろしくね」
抵抗する間も無く、研究所の偉い人に置いていかれた。
後輩くんしかいない部屋に………。
まずい、本当にまずい!
さっきから目がヤバイんだって!
私は何とかこの場の空気を変えようと、極めて明るい声で話しかけてみた。
「そ、それじゃあ実験始めよっか? 」
落ち着け、私。
震えそうになる手を何とか動かし、準備を進める。
だけど無情にもそこへ後輩くんから言葉が降って来た。
「先輩………僕に何か言いたいことありませんか? 」
言いたいことだと?
おう、そりゃあるさ!
何でそんな目で見てくるのか聞きたいさ!
で、でも怖くて聞けない。
だからここは無難な選択肢を選んだ………はずだった。
「か、彼女と仲よさそうで良かったね」
昼食にも腕にくっつけて来るんだから仲良いんだよね?
だから思ったことを言っただけなのに。
「ああ゛? 」
聞いたことのないような凄んだ声が返ってきた。
こえ〜〜〜よ。
クランク、心の友よ助けてくれ!
「あ、アレだよ、別に私に彼氏がいないから僻んでるとかじゃないよ! それに私だって、すぐに彼氏の一人や二人出来るんだから」
あ、あれ?
私、もしかして選択ミスった?
何でそんなに怖い目で睨んでくるの?!
ヤバイ、本当に泣きそうだ。
ど、どうしよう! マジで助けてクランク〜。
私が今ここにいない同僚に助けを求めていたら、後輩………サモンの目が潤み始めた。
それに気付き思わず凝視していたら、ついにその目から涙が溢れ落ちた。
「………で、なんで………上手くいかない! 」
「うわ! ど、どうした? 体調悪いの? 」
「違います! なんで、なんで僕のこと気にしてくれないんですか?! 」
「え? どういうこと? 」
「ぼ、僕に彼女が出来たって報告したら何で喜ぶんですか? やっぱり僕のことが邪魔だったんですか? もう先輩はクランクさんのものなんですか? 僕の方が………僕の方が先輩のことが好きなのに! どうしてなんですか?! ああ! やっぱりあんな話聞くんじゃなかった………。一週間で先輩がとられちゃうなんて」
お、おぅ、ど、どうした?
なんかどさくさに紛れて、今重要なこと言わなかったかい?
「あ、あの〜。サモンは彼女が出来て幸せだったんじゃないの? 」
私の質問に、涙を溢れさせながらサモンが絶叫した。
「幸せなんかじゃないです!! 只でさえ一週間も先輩に会わなかったのに、その間にクランクさんと近くなっている。僕が我慢していたのに! 」
ぜ、全然意味がわからない。
そもそも何で彼女がいるくせに、私とクランクが仲良くしているのが気に入らないんだ?
「あのさ、サモン彼女出来たんだから、私と仲良くしちゃダメでしょ? それから私が同僚と仲良くしているのはサモンには関係ないよね? 」
ちょっとキツい言い方かもしれないけど、クランクのことを責められるのは許せない。
あいつは今も昔も私の大事な同僚だ。
………そう、なんだけど………私の言葉に心底傷付きました、って顔で見て来るんだよな〜。
でも、彼女に悪いから今までみたいにこの子を可愛がることは出来ない。
「………なんです………うそ、なんです。彼女なんか出来てない………」
「は? いや、だって彼女出来たって報告しに来たじゃない」
「だって、先輩が、僕が先輩を好き過ぎて困るって話していたから………それをアイツと一緒にたまたま聞いちゃって、そうしたらアイツがちょっと離れたら先輩も僕を気にしてくれるって言って、だから僕はアイツの言う通り彼女が出来たって先輩に言ったんです」
これはもしかして………私が悪い?
え? 何? あの自意識過剰発言を本人に聞かれてたの?!
恥ずい! 穴を! 今すぐ埋もれる為の穴をくれ!
私は恥ずかしさと、後輩に対する居た堪れなさで自然に土下座の体勢になった。
「大変申し訳ありませんでした! 」
これは完全に私が悪い。
調子に乗って、好かれて困るなんて発言、本人が聞いたら傷付くに決まってるじゃない。
「え? な、なんで先輩が土下座? ちょ、ちょっとやめて下さいよ! ああ、そんなところで土下座って、先輩服が汚れちゃいます! ほら、早く立って、もう、手も汚れちゃってるじゃないですか! 」
サモンが慌てて、私の手を自分のハンカチで拭う。
うう、そんなことしてもらう資格なんて私にないのに。
だから私はせめてものお詫びに私の本心を告げることにした。
「ごめん、サモン。あなたのことをいたずらに傷付けてしまって。私ね、物凄く恥ずかしいんだけど、あなたに好かれているって自惚れていたの。こんなに素敵で、可愛い後輩に好かれているんだって、事あるごとにクランクに自慢してたんだ………。 そうだよね、あんな言い方してたら変な風にとられるよね。だからね、あなたに彼女が出来たって言われた時に、勝手にショックを受けていたの。だけどそれをあなたに悟られるのは、先輩としてのプライドが許さなかった。そんな自分勝手な先輩なんだ………」
「………それって、僕に好かれて喜んでいるように聞こえるんですが? 」
「うん、そうだよ。嬉しかったんだ。私の自慢の後輩に好かれているって、浮かれていたの」
私の言葉に目をまん丸くした後、サモンは下を向いてしまった。
もう、呆れられてしまったのかもしれない。
自業自得だよね。
でも、それでも、自分勝手な先輩は勝手に想いも告げてしまおう。
「あのね、本当は物凄く嬉しかった。あなたに頼られて、慕われて。だって私、サモンのことが大好きなんだもん………」
「もう、止めて下さい!! 」
私の言葉はサモンによって消されてしまった。
そっか、やっぱりもう遅いか。
私が失恋を覚悟した時、サモンが顔を上げた。
その顔は、人間ここまで真っ赤になれるんだ〜、と感心してしまうほど赤かった。
「ああ、もう! なんなんですか?! 僕をそんなに喜ばせて何がしたいんですか! ほんと、そういうところ良くないと思いますよ。アレですよね? これって僕たち両想いですよね? じゃあ、今、この瞬間から僕たちは結婚を前提………いや、結婚まで秒読みのカップルということで間違いないですよね?! いや、拒否られたら今度こそ先輩を何処かに閉じ込めてしまいそうなので、了承して下さい。それから、クランクさんに安易に触れさせないで下さい! 先輩は僕のものなので。今度撫でられてたら、僕もどうなるか自分でわかりません」
最後の方のセリフは、また目が暗殺者仕様になっていた。
くれぐれもクランクの為に触れさせないようにしよう。
その後は、如何に私のことを好きかを垂れ流し始めた。
うん、これは恥ずかしい。
でも、サモンの勢いは止まらない。
その時私は、深く考えずにサモンの口を塞げばいいと思ってしまった。
しかも自分の口で。
チュッ
サモンが停止した。
「そ、そ、そ、そういうところですよ!! 」
私の口付けにサモンが暴走した。
「ああ、もう! 本当に先輩ヒドいですよ! さあ、選んで下さい! ここで僕に襲われるか、家で襲われるか。なお、襲われないっていう選択肢はありません」
その後どうなったかは………言えない。
後日。
「ねえ、あのピンクちゃん、見かけなくなったけどどうしたんだろうね? 」
私はクランクに聞いてみた。
「あ〜、うん、お前は知らなくて良いと思うぞ。うん」
どうやらサモンの逆鱗に触れてしまったらしい。
クランクが言うには、ピンクちゃんは私がサモンのことが好きなのを気付いていて、それでサモンと私の仲を拗らせ、自分がサモンと本当に付き合ってもらおうとしていたようなのだ。
さすがにヒドいことはしていないと信じたいが。
私があまりにも気にするので、クランクがそっと教えてくれた。
「暗殺はしていないから安心しとけ。ただ精神的にはダメージ受けてるだろうな。なんかサモンがピンクちゃんを拘束して、五時間ぶっ続けでいかに自分がお前のことを好きかを語ったらしい」
うん、それは精神的ダメージ計り知れないわ。