08
ガーランドは、ミシェルの部屋を隈なく探索していた。既に調べつくされたそこには塵一つ落ちておらず、窓ガラスでさえも一点の曇りすら確認できない。当然、お目当ての物は中々見つからなかった。
それでもガーランドは諦めず、遂には魔導具を使って家具を空中へと浮かせた。細く淡い光がキラリと瞬く。それに引き寄せられるように、衣装箪へと足音も立てずに歩み寄った。
壁に面した奥の足に手を伸ばす。キラキラとした蜘蛛の糸を掴むように、優しくけれどしっかりと輝く銀色の髪の毛を拾い上げる。
ふっと小さな笑い声をあげる。
「漸くミシェルを追う事が出来る…、私の勝ちだ」
◇◇◇
レオポルドは自身が動く事無く、弟妹の動きを見張らせ全てを掌握していた。本来、為政者とは、こうあるべきであり、それこそが王太子たる所以だろうと彼自身も理解している。
精霊達が居なくなったのは二日前。ミシェルの行方が分からなくなった頃と一致していた。ミシェルが居なくなった数日間で、彼女を目撃した者は居らず、王都は疎か城から出る事は不可能だと、裏付けも取れた。
この事実から導き出される答えは…ミシェルは王宮内の何処かへ転移し隠れている。
これは間違いないだろう。だが、一体どこに?あれだけ虱潰しに何度も探したというのに。
…なに、ガーランドに動きがあっただと…?。恐らくミシェルを魔導具で形跡を見つけたのだろう。
それでは、ガーランドの様子を見に行くとしよう。
ガーランドが居たのは、予想通りミシェルの部屋。けれど膝を付き、茫然と空を見つめている。まるで抜け殻のようなガーランドの傍には、魔導具が転がっていた。嫌な予感が沸き上がる。いやまさか。
「…ガーランド、ミシェルの足取りは掴めたのか?………ガーランド?」
「…あ、兄上…。ミシェルが消えてしまった。どうしたら…いい?」
瞳だけを僅かに動かし、力なく私を視界に入れた。
「だから皆でさがしているのだろう?ガーランドなら、ミシェルに縁のある物から跡を追ったのだろう?」
「あぁ、勿論。…ミシェルは、この部屋から一歩も外に出ていない。ここに立っていたのを最後に、言葉通り消えてしまった」
魔導狂いのガーランドが、そちらを見もせず力なく魔道具を指差す。レオポルドは魔導具を奪うように手に取ると、すぐさま起動させた。青白く薄っすらとしたミシェルの残滓が、音も無く部屋に映し出される。
「ミシェル…」
思わず小さく呟き、食い入るように見つめる。椅子に座り本に目を落とすミシェルが、不意に顔を上げた。視線の先には壁の時計。恐らく時刻を確認したのだろう。徐に、両手で持っていた本が霧散した。
「なっ、消え…っ?」
その後、ゆっくりと立ち上がり微笑みながら、ミシェルは何か呟いた。読唇術に覚えのあるレオポルドは、声に出しながら読み取る。
「さ…よ…う、…な…、さようならだとっ?」
次の瞬間、ミシェルが視界から忽然と消えてしまう。予想に反して、転移の魔導具が発動した形跡も見られなかった。
「ミシェル!」
レオポルドの大きな声が聞こえたのか、慌てたジェイドとアデライドがドアから顔を覗かせた。
「どうしたのっ?」
「ミシェルは何処かしら?」
改めてミシェルの残滓が映し出され、青い影が霧散するのを目の当たりにすれば、四人は揃って落胆した。
「…さようならと言っていたという事は、ミシェルの意思で消えたのか…?」
最後にレオポルドが口にした一言に、返事が出来る者は居なかった。
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