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消えた手紙  作者: 白貴由
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04

よろしくお願いいたします。

物理的に誰も見つけられないし、生活を脅かされる心配もない。ミシェルは今、王宮で出された一流の料理を口にする。トマトのポタージュは好物の一つだ。甘さと酸味、旨味の加減が絶妙で。夕焼けの空みたいな色も味に彩を添えている。



「……」



あの時と変わらない同じ味、だから不意に昔を思い出す。



王宮の自室にて、日に三回、たった一人で摂る食事。毎日の事で慣れてしまった自分に苦笑してしまう。絶品にも拘らず、孤独なミシェルは味気なさを感じていた。ミシェル用に一人前を取り分けた後、全ての料理をそのままに給仕は部屋を辞してしまう。残された大皿や保温機能のある食器には、優に五人前はあるであろう量の料理が用意されている。残された料理は、破棄されていると耳にしてから、後ろめたさを感じていた。



そもそもミシェルは一度に食べられる量が少なく、一度にこんな沢山は不要だ。そのくせ、眠りに着く頃には空腹を感じてしまう事も多く、どうにもままならない。




(それなら…貰ってしまえ!お腹が空い時に、食べればいいさ)



成程と頷き、最初は夜食分だけのつもりが結局全て頂く事にした。当初、食器を下げにきた給仕が空の皿を見て、ほんの一瞬だけ目を瞠った。が…すぐに日常となり、配膳される料理の量も次第に増えていった。



誰にも気付かれる事無く料理を保管する…出来る訳がない。普通ならば。




けれどミシェルは少し特別で。




ミシェルは空間魔法を使う事が出来た。それは忘れ去られ、今では幻想と謳われる古の魔法。



魔法が使えると気付いた時には、既に両親は居らず自分だけの秘密にした。結局、誰にも打ち明けないまま現在まで過ごしてきた。貰っちゃえと助言を受けてから、気が向いた時に色々な物を空間内に放り込んでいった。



ミシェルが操る空間内では、中に入れた物の時間を経過させるも停止させるも彼女次第。しかも個体によって、保管状態を選ぶ事だって出来る。何を入れても空間が広がっていくだけで、上限が見えた例が無い。制限なく入れられるという規格外さが最大の利点だろう。



王宮で過ごすようになって以降、ミシェルに関する事は概ね自室で行われていた。睡眠・食事に王族としての教育、自由な時間は勿論、扉を隔て浴室と洗面所に手洗いといった生活に必要なものが完備され、外に出る必要が無かった。時折、茶会や晩餐会など、最低限の社交に駆り出される以外、部屋の外に出しては貰えなかった。




こうしてミシェルは、何年も隔離生活を強要された。そしてなかなかの頻度で、兄姉が冷やかしにやって来た。彼等はミシェルと二人きりの時だけ、甘やかな言葉を垂れ流す。もう二度と騙されるものかとミシェルが黙って流している中、一方的に話し続け飽きれば立ち去っていく。通り雨に合った、位の認識でやり過ごしたけれど。



ともあれそんな背景もあり、ミシェルは楽に色々な物を確保できた。隠れる必要がなく、誰かに見咎める事なく、準備が進められるのだから。いつしか生活に必要な物が十二分に備蓄されていた。今ではミシェルが暮らすのに必要な品々に加え、それらに囲まれた素敵な生活空間までもが、空間内に確保されている、とても便利な代物だ。



他人との交流が無いまま成長したミシェルだったが、十五歳の誕生日を迎えると同時に、将来の相手が発表されると兄姉から聞かされていた。


当然、事前の顔合わせも無く、釣書や絵姿を見る事は疎か、名前すら明かされなかったのは、恐らく嫌がらせの一環なのだろう。ミシェルの気持ちなど、二の次三の次という証だと嫌でも伝わった。現王の実子でもない王族など、ひたすら使いやすい政略の駒。そんな事は分かっている。義父母へ恩を返すべく、王族としての責務を全うしなければと自分に言い聞かせた事もある。どうにか現実を受け入れられなければ…、そんな幾つもの感情が重なり合い、入り組みながらミシェルに纏わりつく。そして遂に弾けて砕けた。



求めなければ傷つく事も無い。




晴れやかな気持ちのミシェルが、人知れず決意した。時は満ちた、と。




時計の針が12時を回り、ミシェルは十五歳の誕生日を迎えた瞬間。読んでいた本を空間に片付けると、部屋を見回した。鳥籠のような場所も、最後だと思うと感慨深い。




「さようなら」




トンっと足を踏み入れた。




―そう、自らが創り出した空間へ。







一度入ってしまえば、自分へ敵意を向ける人々に煩わされず、久方振りに笑い合う。溜め込んできた本を好きなだけ熟読したり、考えていた図案の刺繍を刺す。それはそれは快適過ぎて。





人とは違う事が、もう一つミシェルにはある。それは精霊と交流する事が出来る、平たく言えば友達だった。自分たちには見えない精霊と話をするミシェルを見た両親は、穏やかに微笑みながら、こう言った。


「これは特別な事だから、皆には内緒にしよう」


両親と自分だけの秘密を大切にして、それを守ってきた。




色々な物をミシェルの空間に保管するように助言したのは、土の精霊ノームだった。この生活空間は、ミシェル以外にも沢山の精霊達が一緒に付いて来てくれたのだ。だから一人で寂しいなんて事は決してなくて、毎日が本当に楽しい。



今も目の前に木の精霊ドリアードを筆頭に、美しい羽をもつ小さな妖精達とお茶を楽しんでいる。



サクッとマカロンを齧れば、ふわりと木苺の香りが鼻を抜け甘酸っぱさが口に拡がっていく。日々の生活というのは、共に過ごす者により、こんなにも彩りに溢れるのだと気が付いた。




ここに来る前は、何にも興味を持たないよう、只管耐えるだけの毎日だったと言うのに。




ミシェルは今、久方振りの充実した日々を満喫していた。





次もご覧いただけたら嬉しいです。

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