03
よろしくお願いいたします。
思わず息を呑んだ。
紫水晶みたいな瞳と、月の光のように穏やかに光る髪。薄紅色に色付く頬と唇が、雪の様に白い肌に映えて。なんなんだ、この透明感と瑞々しさ。到底、人が辿り着くのさえ許されない、神々しさが垣間見えるようだ。
瞬きを忘れ、食い入るように見つめてしまった。
まさか以前に一度、紹介された赤ん坊だとは思わなかった。あの時も、確かに可愛いなとは思ったけれど。
華やかで美しいのが当たり前。両親や弟妹は自分を含めて、非常に整った顔立ちだった。美形には見慣れていたはずなのに。
無意識に姿を目で追い、気付けば彼女の事を考えていた。私を魅了して止まない、まるで天使を具現化したような女の子。それがミシェルだった。
目の前のミシェルは、菫色の瞳から宝石の様な涙をポロポロと流していた。泣かないで、思わず手を伸ばし、ミシェルの頭をそっと撫でた。
ふわり
僅かに肩を震わせたミシェルと、視線が交差する。目が離せない。身体から余計な力が、すうと抜けた気がした。
「今日からミシェルと私達は家族となった。皆で守らないと。何があっても、だ。嬉しい事だけでなく、悲しい時、怒っていても何でも話そう。儂らに言えぬ事もあるだろう、そんな時は兄様や姉様に話すといい」
父上が屈み、両手でミシェルの肩を包む。次に母上もミシェルと目線を合わせ、彼女の小さな身体を抱きしめる。
ミシェルの頬はまだ濡れていたが、もう涙は止まっていた。ミシェルがゆっくりと微笑めば、父上も母上も弟妹も顔が綻ぶ。次の瞬間、みんながミシェルを構い倒し始めた。
父上と母上は、その様子をにこやかに見ている。私がミシェルの笑顔を守ろう、あの時そう誓った。
…はずだった。
…いや、だからこそ。
初めてミシェルが茶会へ参加する日。当然、我々四人も一緒だ。年の近い子息令嬢が群がり、王家の私達を取り囲む。
「私達の妹、ミシェルだ。ミシェル、皆に挨拶を」
「第二王女、ミシェル・バルバストルにございます」
私が促せば、ミシェルが淑女の礼を取る。何処からともなく、ほぅと溜息が聞こえ、俄かに活気づく。ミシェルへ向けられる眼差しが、肉食獣が獲物へ向けるそれだと気付く。王家との繋がりを手に入れる為の布石に、まずはミシェルからといった所かもしれない。
何にせよ、これはいけない。
…なんとかしなくては。
「…私達兄姉とは異なり、少々地味な色合いだが、…まぁ仲良くしてやってくれ」
口から零れた一言でギラつく瞳から輝きが消える。第一王子である私の発言は、王家の総意とも取れたのだろう。更に弟妹が同調するように頷いている。兄姉から妹と認められていない、そう少し匂わせれば、ミシェルとの距離を間違えないようにと、互いに牽制し合いながら様子を窺っている。流石、幼いながらも貴族の子ども達、上出来だ。
「ミシェルは気分が優れないようだ、今日はもう下がった方がいい」
ミシェルは目を見開いており、言葉を詰まらせた。初めて見る悲し気な表情に、ほんの少し心がザラついたが、きっと大丈夫。そうだ、埋め合わせをすればいい。目の前に群がる、本質を見抜けない間抜け共には、なるべくミシェルを視界に入れさせたくない。
…ミシェルは拗ねてしまっただろうか。後で慰めに行くとしよう。
我等の…いや、私のミシェルなのだから。
三人の弟妹も私を真似てミシェルに近づこうとする、令息令嬢達へ圧力をかけるのに余念がない。その成果もあって、既にミシェルに近寄る者は殆どいない。ガーランド、アデライド、ジェイドがミシェルへ向ける感情に気づいてはいるが、そのままにしている。あいつらの暴走も、今は役に立つ。
王太子になった暁には、私の思うまま…だ。
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