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淡い光を帯びながら、ミシェルとディオンが現れると、精霊達はクルクルと舞いながら喜んだ。
「おかえりなさい、ミシェル!お待ちしてました、王様!」
皆が一斉に頭を下げた先に居るのは、ディオンで。
「え…、どういう…?」
ミシェルは少しだけ、目を瞬いた。
◇
ミシェルが一人で出掛けた直後、気がかりで落ち着きを無くしたディオンに精霊達が寄り添う。
「また守れないのか…、もう二度と失いたくないのに…!」
血管が浮き出る程、拳を握り締めていた。あの時も、一番小さな手を掴むしか出来なかったと思いながら。
「また…、あの時…?」
その瞬間、膨大な記憶が、溢れる力が光となって流れ込むようにディオンの身体を包む。
「…あぁ、こんなに大切な存在を、何故忘れていられたのだろう」
そう精霊達へ優しく手を差し伸べた。
「「「思い出したって!」」」
「あぁ、もう心配ない。すぐにミシェルと帰って来る」
そう頷くとミシェルの元へと急いだ。
◇
ディオンは精霊王と呼ばれ、精霊や妖精を纏め上げていた。そしてミシェルは歴代の精霊憑きの中でも、精霊にとって掌中の珠であり、ディオンを筆頭とした数多の精霊達が与える加護を一身に受ける存在だった。故にミシェルの周りには、幸運が降り注ぐ。
穏やかな気候は豊かな土壌を育み、そこに人々は集まり国は栄えていく。
けれど精霊の加護とて、万能では無い。人と人を繋ぐ負の感情、他者から受ける強い悪意には、太刀打ちできない。
アヴェリーヌ公爵家の繁栄を妬む反王弟派が、家族が揃っている所を見計らい刺客を放った。ディオンが駆けつけた時には、既にヴァレリアンとアナベルは帰らぬ人となっていた。二人が身を挺して守り抜いた御陰で、ミシェルの生命は消えていない。けれど泣き声も上げられない程に弱っていた。その場に居た曲者に見つからぬよう、ディオンは視覚阻害に治癒、保護に徹した。その甲斐あって、ミシェルが助け出された時には掠り傷一つ無いまでに回復していた。
けれど力尽きるまで加護を与えた結果、ディオンは能力の上限を超えてしまい、魔力も記憶も無くしてしまった。そこからは人の子どもとして、正確には人に近い存在として過ごしてきた。ミシェルと再会した事で、徐々に封じられた力が戻りつつあった。
そして今回の件で、ミシェルの危機を察知したディオンが完全に覚醒した。
二人の魔力を合わせれば、人が作った結界如き無効化するのは、造作もない。帰りしなに、辺りに漂う魔力を全て回収しておいた。ミシェルの幸せの為ならば安いものだ。
ディオンが出掛けてから半刻も経たぬうちに、二人は再会を果たす。
その瞬間、ミシェルの記憶が甦る。
あの時、両親と共に自分を温かく包んでくれていた、あの宝石のような紅く燃える瞳が誰なのかを。
「いつだって守ってくれていたのに。今まで思い出せなかったなんて…」
「お互い忘れていたんだ、お相子だろう?…大丈夫、もうそんな事にはならない」
「そうね、そのつもり」
どちらからともなく抱き締める。温かなのは互いの体温の所為だけではない。少し早めの鼓動は、自分と相手の二つが重なり合っていた。
これからを、生きていこう。
安堵する心に溜息を一つ吐いた。
◇◇◇
「生まれ変わったなら、家族と認めて貰えるかしら」
短い謝罪だけの手紙を握り締めながら、ミシェルは思い出す。関係修復を諦めたけれど、嫌いにはなれなかった。僅かな時間だとしても、愛情を受けたあの感覚は嘘でないはずだから。そして今、言い訳など無い詫び一つで綴られた手紙からも、彼等なりのミシェルを思う気持ちが感じられた。
ディオンはミシェルを優しく抱きしめ、精霊達は頷き肯定するように上下に舞い上がる。
「きっと、そうね」
ミシェルの瞳から一粒の涙が零れた。
(あぁ、私は愛されたかった…のね)
ようやく心から泣けたミシェルを包むディオンの手に力が入る。
「それに、ここも家族が居る」
「ありがとう。私は幸せ者だわ」
今は愛する者に囲まれている。もう大丈夫。
囚われていた思い出から、解き放たれた軽やかな心で手紙を認め、精霊に託した。榛の実が生る枝を添えて。
◇
ディオンが祝福を与えた水脈が大地を巡り、ゆっくりと満遍なく守護が行き渡っていく。日々の生活を維持し豊穣を願う、とても穏やかなものだった。
また不思議な現象が起こった。まず始めに、魔力持ちが不快な思いをしなくなっていた。それは魔力持ちから魔力が消えた事を意味するのだが、魔法が廃れつつあるバルバストル国内において、そもそも少数な上に魔力量も然程高く無い。目立った混乱も無く、あっさりと受け入れられた。
次に、周辺諸国の動きに、人々は首を傾げた。魔導具による国防が無くなれば、当然そこに付け込み領地を広げんと奇襲をしかけられてもおかしくないはずだ。ところが結果として従来通りの国交が維持され、それは国境の警備を厳重なものにするまで継続した。実は他国でも精霊に手を出せば災いが降り注ぐと伝承されていたのだが、バルバストル国民が知る由もなかった。
結局、再び魔導具が動く事は無かった。こちらは早急に対策が進められ、まずは人力で補おうと新しい雇用が不可欠となった。それに伴い、国中の其処彼処で活気づいた。加えて、魔法や魔導具に代わる技術や科学を発達させんが為、多方面に渡り技術開発に力が注がれた。
こうしてバルバドスは、国最大の危機を乗り越えた。
◇
「セヴラン、今回ばかりは貴方に譲るものですか!」
「私にも権利はあるはずだ、クロード!」
夫婦の私室にて、二人が言い合う声が響いた。
「貴方、当たり前のように命名したレオポルドの子から始まって、ガーランドの時も意気揚々と決めてらしたでしょう?それだけじゃないわ、アデライドの時なんて外孫よ?あちらの国の仕来りなんかもあったでしょうに。あの時、どれだけ私が彼の国へ謝罪と品々を手配したと思っているのかしら。気付いてないのでしょう?本当に呆れたものね。…だから今回、ミシェルの子は絶対に私が名付け親になると宣誓させて頂きますわ。…えぇ勿論、いずれ授かるジェイドの子に至っても、貴方が出る幕はありませんから!」
「クロード、もう決めてある!…だから!」
「知りません。…まぁ、もうミシェルには伝えてありますから」
何かに気付いた国王は、はっと息を呑み声を張り上げた。
「もう手紙をおくったのか!駄目だ無効だ!」
王妃といえば、僅かに目を合わせた後、すぐに逸らすと優雅に紅茶を楽しんでいる。尚も恨めしい視線が纏わりつくのを感じ、そちらを向き、にっこりと笑う。
「ミシェルからも返事が来て、とても喜んでおりましたわ。ふふふ、残念でしたわね!」
「そん…な…」
がっくりと項垂れるセヴラン、にこやかに焼き菓子を口にするクロード。今日も穏やかに時間が過ぎていく。
バルバストル国家に、密かに伝わる箱がある。魔法や精霊は、物語や空想の物となりつつある中で、既に廃れたとされる唯一の魔導具だと知るのは、王族のみ。特定の手紙をやり取りする事しか出来ないそれは、ほぼ毎日使用されている。
今日もフワリと光りながら、手紙が宙に消えた。
おわり
最後までご覧頂き、ありがとうございます。
書き出してから1年以上も放置してしまったのは想定外です。
恒例の登場人物のイラストも描いたのですが、無い方がいいかなと。