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消えた手紙  作者: 白貴由
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外の世界へ遊びに行っていた精霊が、消息を絶った。




慌てる精霊達とミシェルの元へ、手紙が届いた。送り主を見れば、四人の義兄姉。嫌な予感しかしない。



大切な友人を預かっている、解放して欲しければ、明日の早朝に北の塔へ一人で来るようにと指定されていた。来ない時は友人は返せない…そんな脅し文句で〆られているのを目にすれば、溜息しか出なかった。



友を思えば震える自身を抑えながらも、ミシェルは心を決めた。



ディオンと精霊達は必死にミシェルを引き留めたが、彼女は絶対に一人で行くと譲らなかった。




「いざとなったら、すぐに戻れるわ。心配しないで…それに」



小さく頭を傾げるディオンを見つめると、ミシェルはふわりと笑った。



「帰って来る場所を守っていて欲しいの」



その顔を見たディオンに、ぎゅっと抱きしめられれば、温かな気持ちに包まれる。その様子を見守っていた精霊達は、渋々承諾してくれた。それでも一緒に付いて行く!と言う精霊も、




「あの子を連れ戻しに行くのに、あなたも捕まってしまったら大変だもの。私が帰って来たら時、一番に迎えてくれたら嬉しいわ」



微笑みながらそう言われれば、仕方なく頷くしかなかった。







塔から少し離れた場所に降り立ったミシェルは、背後を仰ぎ見た。白亜の壁に紺碧の尖塔が色鮮やかに映え、巨大な宝石のように輝く王城がそびえていた。つい最近まで確かにそこで暮らしてはずなのに、遥か遠い昔の事のように感じてしまう。


華やかだった過去に少しの未練もなく、今の自分がどれだけ満たされているのか改めて実感する。この幸せを守ろうと、手を握り締めながら朝露に濡れた草の上を進む。小さく軋む扉を開け、塔の中へと入り、最上階を目指す。薄暗い螺旋階段は黴臭く、肌に纏わりつくようにじっとりとしていた。



コツコツと足音が響く中、階段を登り切った先には、入口と同じ大きく質素な木製の扉があり、見れば僅かに開いていた。ゆっくりと右手で戸を押すのと同時に、その手を取られ、次の瞬間には部屋へ踊り込んでいた。




「いい子だミシェル、時間通りだね」




レオポルドは蕩けるような笑顔を浮かべたまま、ミシェルを離そうとしない。ずるいとジェイドが、ミシェルの空いている左手を奪うように握った。



「ミシェル、もう手放さないから」


アデライドは後ろからミシェルを抱き締め、「あぁ、これで安心だわ」と小さく呟く。間髪入れずにアデライドはミシェルから引き剥がされ、その張本人であるガーランドを睨みつける。そんな事はお構いなしなガーランドは、ゆっくりとミシェルの髪を指で梳く。



「おかえり、ミシェル」




何とか微笑み返すも、内心は何の感情も抱けぬまま、兄姉の様子を眺めるミシェルは思い出す。




(結局、いつも同じ。何も変わらない…)




ミシェルが出て行った事など、まるで無かったかの様。



昔から兄姉はミシェルに手を出したがった。反面、それを信じたミシェルは、掌を返した彼等に呆気なく裏切られた。心を寄せていた分、絶望は大きくて。あの時の痛みは、今でもミシェルを苦しめる。



社交などは、初めて参加して以降、顔を出なくなっていた。あそこにミシェルの居場所など初めから無く、日常生活においても誰もが腫物を扱うように接し、そんなミシェルをせせら笑う者も居た。





あぁ、この人達は。



相も変わらず。



こちらの気持ちなど関係なく。





ミシェルから大切なものを笑顔で奪いながら、気まぐれな愛情を振りまく。いっそ全てを拒絶してくれたら良かったのに。今度こそ家族として認められたのでは…何度も何度も、そう思った…思いたかった。けれど、偽りの好意に縋るミシェルは、とうの昔に消えてしまった。




様子を窺う為にも、今の四人に合わせ彼等が望む自分を演じよう。ミシェルの心は裏腹に、優しくされればされるほど冷め切っていく本心を微笑みで隠し、一人一人へ顔を向けながら、さり気なく部屋を見渡す。攫われた精霊の姿が見当たらないのは、何処かに隔離されているのだろうか。そして予想通り、この部屋を含めた塔中に魔法禁止の結界が魔導具により張り巡らされている。恐らくここからでは魔力が阻害されてしまい、精霊達のディオンの待つ空間に戻れないだろう。



兎に角、仲間の安全確認と身柄を保護するのが優先だ。ミシェルは意識して笑顔を作る。




「私の友達は何処かしら。会いたいわ。皆で一緒に居られたら素敵だもの」



「いつも他人の心配ばかり…か。相変わらず、ミシェルは優しいな」



今までの対応が錯覚だったかの様に、歯の浮く言葉を躊躇いも無く零した。可愛いミシェルの頼みだからと、笑顔のガーランドが懐から箱を取り出す。針金で編まれた四角い籠の中に、若草色の光が弱々しく浮かんでいた。眉尻を下げたミシェルが、ガーランドへ訴えるような視線を向ける。



「今、会わせてあげるよ」



カチリと小さな音と共に、からくりが作動し音も無く開いた。よろよろと光がミシェル目掛けて宙に舞う。最後の力を振り絞り、光は落ちる様にミシェルの掌へと辿り着いた。



「あぁ…、良かった」



囚われた精霊は安堵したのか、ミシェルに触れた途端に眠ってしまう。はぐれてしまわない様に、そっと懐へと仕舞い込む。するとレオポルドが、にこやかに語りかけた。




「…さて本題に移ろう。これからの人生を共に歩む者として、ミシェルは誰を選ぶ?ミシェルの選択を尊重しようじゃないか」



「勿論だ、ミシェルには私が必要だろうから。共に国の発展に力を注ごうじゃないか」



「同性同士でなければ、分からない事もあるのよ。ミシェル、大丈夫よ。私の話し相手として、専属の侍女におなりなさいな。男性陣には遠慮して貰いましょう。そうね、私が素敵な男性を見繕ってもいいわ」



「この剣にかけてミシェルを守るから。安心して、僕を選んで欲しいな」



期待を寄せた八つの視線がミシェルに刺さる。




分からない。あれだけ住む世界が違うと、皆の前で線を引かれたのに。何故今更、手を取ろうとするのだろう。これもまたいつもの気まぐれで、信じた途端に背を向けられるはず。それとも…?



分からない。



分からない。



もう、分かりたくない。ここは何も感じない。…もう居られない。



―その時、脳裏に見えたのは、優しく煌きながら紅く燃える双眸。



早く帰らなきゃ。



ディオンの元へ。皆の所へ。



何とも言わず虚ろな表情のミシェルを目にすれば、四人は誰ともなく声を荒げた。自分を選んでくれるはずのミシェルが戸惑うのは、他の三人が居るせいだからと。彼等を慮って、はっきりと拒絶できないミシェル、なんて優しいのだろう。ミシェルが選ぶのは私だ…と言い争いを始めた。




いつでもミシェルは置いてきぼり。そう、昔も今も。



終ぞ家族にはなれなかった。



少しだけ痛む心に、目を向けない様にしながら、この隙にミシェルは空間へと戻ろうとする。が、案の定、結界に弾かれて発動しない。どうしよう…一向に先が見えない現状から、ミシェルは縋るようにディオンを思い浮かべる。




助けて、ディオン






不意に背後から、優しく抱きしめられる。不思議と恐怖を感じない、だってすぐに誰だか分ったから。



「迎えにきた、遅くなってすまない」



息遣いが伝わる程、耳元の近くから、ディオンが微かに囁く。




「早かったのね」



「…ちゃんと見ていたから」




思わず微笑むが、ハッと振り返る。



「ここからは戻れな…、何故来られたの…?」



フッと笑いながら、ミシェルの手を取る。



「…開いてた」



小さな声で囁くと、悪戯な目線を扉へと向けた。大きく開け放たれたままの扉を見ると、思わず笑いそうになった。二人は何とか堪えた後、ディオンは耳打ちをした。



「二人でなら大丈夫。帰ろう」



そう囁くと手を差し出した。ミシェルが手を重ねると、温かさを通して優しい風が身体中に行き渡る。ミシェルとディオンは互いに頷いた途端、二人の姿が消えた。







あわや掴み合い一歩手前になって、漸く四人は一時休戦を承諾した。その時、初めてミシェルが居なくなっている事に気が付いた。慌てて室内を隈なく探し、階段を駆け下り塔の周辺を見渡した。どんなに叫び呼ぼうと、ミシェルは戻って来なかった。





隠れて様子を見ていた国王は、これ以上見ても仕方がないと塔を後にした。王妃の元へと戻ると、王は首を横に振った。二人はは眉尻を下げながら、顔を見合わせた。



「精霊が消える…。この国の理が、変わってしまうのだろうな」



「えぇ。…恐らく魔導は使えなくなり、廃れ行くでしょう」



「バルバストル国、最後の愚王と言われようとも、終焉を迎えるその時まで励むしかない…な」



「私もご一緒させて下さいませ」



あぁと頷き、王妃の手を握りしめた。




次もご覧いただけたら嬉しいです。

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