01
よろしくお願いいたします。
ミシェルは部屋の窓から、外へ視線を向けた。青く澄んだ空に真っ白な雲が浮かび、新緑の木々が日の光に煌く。ふぅと溜息を吐くと、冷めた紅茶を飲み干した。
バルバストル王家、五人兄妹の末姫として過ごして12年。自分だけが父王の実子で無い事は、王家のみならず国中が周知してる真実だ。ミシェルが三歳になった頃、王弟と夫人である両親が不慮の事故で他界した。バルバストル王セヴランは悲しみに暮れながらも、弟の忘れ形見であるミシェルをクロード王妃と共に自身の子らと変わらぬ愛を注ぎ育ててくれた。お陰で二人との仲は良好だ。
けれど四人居る兄姉との関係は、決して良いものとは言えなかった。幼い頃は確かに優しかったはずだったが、気付けば人前でミシェルを貶め、貴族社会において孤立させていくようにと、彼等の態度は悪い意味で変化してしまった。やはり自分が本当の妹では無く、ただの従妹だからだろう。目の前で線を引かれ、立ち入る事を拒まれた。義親が奇特なだけで、義兄姉が一般的なのだと、頭では理解しているつもりでも、このやり場のない感情を持て余し、今日まで過ごしてきた。
王と王妃の前では、決して笑顔を絶やさず素振りすら見せはしない。彼等は狡猾に振舞う。だから大人は誰も気付かない。否、気付いた者も中には居たのだが、立場を理解し静観を貫いた。こうしてミシェルへと近づく者は、必要最低限な侍女を残すばかりとなっていた。
そう仕向けた元凶の四人は、世間で模範的な王子・王女として君臨している。
指導者の資質を持ち、既に国内の多くを任されている王太子の第一王子レオポルド。
国一番の魔導技師でもある、頭脳明晰な第二王子ガーランド。
バルバストルの青薔薇と呼ばれ、若くして社交界を牛耳る第一王女アデライド。
卓越した剣術を自在に操り、早くも次期騎士団長と目されている第三王子ジェイド。
四人は王家の色を強く受け継ぎ、父王に良く似た黄金の髪に煌く碧眼という、華やかで美しい容姿をしている。比べてミシェルは、珍しい紫の瞳ではあるものの、色彩に欠けた白金の髪はとても地味だと自覚している。
茶会や晩餐会などの催しに参加する際も、兄姉達と同じ色を纏う事は許されず、一人だけ違う色の衣装に身を包まされた。何故仲間外れにされているのか分からないうちは、ミシェルなりに仲良くなりたいと歩み寄り、時折見せる僅かな優しさに歓喜もした。とは言え除け者にされている意味を理解してしまえば、流石にどうしようもない。幼少期から現在までの長い月日は、ミシェルが全てを諦めるのに十分すぎた。
次代の王として、多くを従わせる権力者には従うしかなく、魔導そのものを使うだけでなく更にはそれが生み出す強大な利益を使いミシェルは自由を奪われもした。社交界の華は貴族階級を一手に司りミシェルが孤立するのを後押し、鍛えられて俊敏な体躯と自分の貧弱な身体を見比べれば逆うという選択肢は無かった。
ミシェルが敵うはずもなく。
冷ややかな言葉を聞かされ、圧倒的な力で抑え続けられた心は徐々に枯れ、好かれたいという感情は干からびてしまった。霞に滲んだ父と母の面影と燃える瞳の記憶だけが生きる支えだったが、日に日に思い出せなくなってきた。
そろそろ限界かもしれない。自分が壊れてしまう前に、もう無理をするのは止めよう。ミシェルは顔を上げ、前を向く。
―――だから、もういい…でしょう?
続きます。
最後まで見て貰えたら嬉しいです。