九十ニ話 運命の流れとは・・・
「俺ってそんな大それた人間じゃないですよ」
俺一人のせいで、世界が滅ぶ運命とか聞きたくないんだが。普通の何一つザ・凡人である俺に世界の手綱が握られているのが信じられなかった。
しかし龍老様がそう言っているという事は、つまりはその世界云々の話は確定的な話だろう。龍老様は、世界から運命を司る存在であるからな。この世界にて産み落とされた原初の存在が一柱だしな。
「ムディナはどうやら、この世界では悪種の存在らしくてな。龍老様はお前が、その悪種に転じてしまう事を危惧しておられる。だから俺達は、その悪種に転じないように見張る役目を背負っておる」
俺は別に自分が悪だとか善だとか正直、そんな線引きに興味が一ミリともない。ただ世界から俺が悪者扱いされるのは、正直我慢ならないがな。俺以上に悪の人間なんて、いくらでもいるだろう。そいつらを差し置いて、俺が悪いなんて虫がいい話なのだが。
「ワシは坊の姿が見たいが為に、見張る任を龍老様に進言したのじゃ。それ、そろそろ坊の顔を見せんか!?」
風神龍様はベッド上で立ち上がり、俺が着けている仮面を剥がそうとする。風神龍という存在の怪力で、無理矢理仮面を引っぺがそうとしている。
「痛い、痛い、痛い!? 風神龍様!? 魔法解くから、少し待ってください!?」
風神龍様は渋々と言った様子で、仮面から両手を離す。そんなムスッとした顔しなくても、きちんと取るのに。そんなに俺の顔見ても、面白くないし。何なら仮面着けたまんまにしていたい位だが、風神龍様は納得する訳のないからな。仕方ない。
俺は仮面に手を当てて、物質固定の魔法を解く。そうするとすんなりと、仮面が剥がれ落ちるかのようにベッドに落ちる。
「やはり顔が未だにないのじゃな……………………」
やはり龍種からしたら、そう見えるようだ。俺の呪いは、未だに解けていないという事になるな。彼ら龍種からしたら、俺の顔はそもそも口も鼻も、それに眼も、髪も、顔全体のパーツそのものが無くなっているように見えるらしい。
ただの肌色の丸い顔面が見えるだけなのだそうだ。自分でも鏡で確認しても、同様の現象が発生した。
「ムディナの魂からの望む顔が見える、その呪いは言わば魂の欠損から生じる障害のようなものだ。ただ我らの力でも解けない呪い、という事はそれなりに代償の結果なのだろうな」
俺が仮面を着けている理由は、そもそも俺の物質体としての顔が曖昧であるからだ。魂が欠損しているが故に、存在自体が曖昧で、特に顔が安定していないそうだ。
それに加えて、曖昧であるからこそ何者にもなれる呪いのようなものが発生して、相手の望む顔が見えるそうだ。ただ何故、龍種に俺の顔が無いように見えるかというと彼らは上位の存在になるほど、外部の呪いを弾く性質があり、龍の眼が魂を直視する結果、俺の顔が無いように見えるらしい。
だから俺は仮面を着けている。俺そのものの顔が、存在しないのであれば見る必要はない。それに相手にとって、望む顔が見えるという事はそれは溜まったものじゃない。好きな人、死んでしまった家族の顔、相手にとって大事な人の顔を模倣されたら、俺だったら発狂して許さないだろう。
まっそんな事情があり、俺は仮面を着けている。ちなみに髪色、髪型自体は、魔法で変えられるのが救いである。魂の影響範囲が髪には及んでいない結果である。
「ムディナの記憶探しの旅は、自らの魂の回収も兼ねているからな。それを見る限りだと、俺らの国を出ても二年では収穫はあまりなかったように見える。まっこの下界は広いからな。二年程度では、短いか」
俺はとりあえず、仮面を付け直す。俺という存在が、一体何なのか。それに俺の顔とは、どのような顔だったのか。そんな自分探しの俺の旅は、ついに学院へと脚を運んだ訳だ。
「それにしても坊が龍界に来てから、五年は経っているようじゃな」
そういえば俺という意識が目覚めてからは、五年も経っているのか。最初はどでかい龍が、俺を囲むもんだから発狂したもんだ。懐かしい。
それに俺の親代わりなってくれた、七龍様方には感謝しかない。風神龍様も、闇神龍様も、言わば俺の親代わりのような存在である。まっ俺が龍界にいた期間は、三年位と短いがそれでも、俺を育ててくれたのは変わらない。本来なら、種族が違うとして焼き殺すか無視してもよかった筈なのに。
七龍様方が、龍老様に直談判して龍界滅亡の危機になりかねない所だったけど。
「そうだな。龍天百花術も、龍天百花剣も、それなりに洗練されているようだな。教えた身としては、嬉しい限りだな」
ちなみに龍天百花流は、厳密には人の技ではない。どちらかというと龍種が扱う技であり、それを人の身で行使できるように考案してくれたのは七龍の方々である。特に闇神龍様と、炎神龍様と呼ばれるお二方が率先して考えて、俺に戦いの術を教えてくれた。
「闇神龍様の、ご教授の賜物です。本当にありがとうございます」
俺はそう、深々を頭を下げた。本当に闇神龍様には、世話になってばかりである。
「そういえば、坊よ。ご飯がまだじゃろ? ほれ!?」
風神龍様が、空間を空けて取り出したのは簡素なおにぎりとアマリの香草焼きだった。どうやら風神龍様は、俺の為に前もって作ってくれたようだ。
「簡単なものですまぬな」
この人には料理の術を一から、全部教えてくれたな。未だに風神龍様の料理より美味しいものは作れなさそうだ。俺が旅を続けられたのは、風神龍様のお陰である。
旅で食べれる野草だったり、果物、大変な処理をしてやっと食べれる食材。それら全ての生命線である食事で、生きれたのはこの風神龍様の教えであった。
「いえ、嬉しいです。ありがとうございます」
俺は魔米のおにぎりを、美味しく頬張る。それにこの塩は、龍界の海の塩じゃないか。懐かしい。本当にいつも食べていたおにぎりだ。
「坊は美味しく口に入れるから、作りがいがやはりあるの。今度はそれなりに凝ったものを、作ってしんぜよう」
これより美味しい料理を作るとか、この人の食に対する好奇心はどこから来るんだろうな。龍種の中でも、最上位の存在だから食事という工程は本来、いらない筈なんだがな。
「楽しみに待ってます」
俺はそう感謝しかなかった。これで夕食は今日は、いいかな。風神龍様の直々の料理って、意外と腹に溜まるのよな。何故なのだろうか。
風神龍様は、ベッドから降りる。闇神龍様も窓側まで歩く。
「そろそろ行かれるので?」
久しぶりの再会なのだから、もう少しゆっくりしていればいいのに。そう言いたい所だったが、お二方は何か用事がある雰囲気を持っていた。
「あぁ〜、坊ともっと話したかったが、用事があるもんでな。そろそろ行かないといけないのじゃよ」
「久しぶりにムディナの姿を見れて、安心した。これからも精進するがいい」
そう言いながら、風神龍様は風になり、闇神龍様は闇に、解けていった。さっきまであった気配が、完全に無くなっている事からもう遠くまで行ってしまっているようだ。
「あぁ〜、二方とも行っちゃったか。楽しかったな」
そんな風に俺は名残惜しそうに、窓を閉める。俺はトボトボと寂しそうな感じで、ベッドに寝っ転がる。風神龍様の香りが残っていた。
それが妙に俺に安心感を与える。ほのかな森の香りと、静かで穏やかな風の香りがそのベッドには残っていた。俺はそれに顔を埋める。
「とりあえず、風呂入ろうと」
俺はベッドから立ち上がり、タオルと替えの服の準備を進めるのであった。
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