八十二話 昨日の女性と話しました・・・
俺は大きな欠伸をしながら、騎士魔術学院の玄関先へと辿り着く。他の新入生や学院生など、玄関先に屯していた。ワイワイと友と話してるものが大半である。
俺はそんなものに眼もくれずに、ただ渡されていた案内書の元、自身の教室に歩こうとする。しかし何でか俺の事が目立っているのか、こっちを向く人数が多かった。確かに仮面を着用していれば、異物感は増すか。
ただ一つそんなものとは別の、異様な目線をずっと感じていた。まるでずっと俺の居場所が、把握されているかのようなそんな感覚だ。
そして後方から、「あの!?」と、俺の事を声掛けるような音が聞こえる。ただ面倒くさい予感がするので、無視する事にした。それでもこちらに近づき、目の前でその声を掛けてきた女性が現れた。
緑色の髪色をしていて、顔立ちは美女の類であるが、大人しく幼さが際立つ顔立ちをしていた。そんな美女に声を掛けられるような、交友関係には心当たりがないんだが。
というか俺自身に交友関係がある人物なんて、皆無に等しいんだが。何か悲しくなってきた。
とりあえず何かの悪徳な勧誘か。それなら懇切丁寧に、丁重にお断りしたいものだ。こんな美人が、俺という怪しい人物に話しかけるなんて十中八九、そういう事になる。
「俺に何のようだ?」
俺はその女性を怪しいと思い、訝しむ声を出した。女性はその声にビビりながら、何とか声を振り絞ろうと深呼吸する。ていうかこの女性には、見覚えがあるんだよな。何処かで会っただろうか。
「あの!? 昨日は助けてくれて有難うございます」
そんな風に深く俺に頭を下げてきた。あ〜、昨日の路地裏で襲われていた女性か。だから何となく覚えがあったのか。
フードによって顔も隠れていたし、俺も逃げる事に必死になっていたから、あまり顔をマジマジと見てなかったからな。それにしても異様な目線の正体は、こいつか。
「あんたか。俺の事をずっと見ていたのは。恩恵の類か?」
恩恵というのは神、もしくは世界から与えられる特殊な力の事である。生まれ持っての場合が大半であり、後天的に得るのは基本的に出来ないとされている。
「はい、私の場合一度会った事のある人の居場所が分かります。ただ範囲から抜け出されると分からなくなりますけど」
だから昨日からずっと視線のようなものを感じていたのか。居場所がバレバレだったのか。宿屋に突撃とかしない良識のある人で本当にそれは助かった。ただ居場所が分かる時点で、だいぶ俺のプライバシーが侵されている気がするけどね。
それにしても改めて観察してみると、結構な魔力総量に加えて鍛えられているのも手を見れば一目瞭然だ。何であんなごろつき如きに手間取っていたのか。
「何であんた、あんなごろつきに反抗しなかったんだ?」
こいつの実力なら、余裕で捻じ伏せられるくらいの技量はあると思われる。あれは完璧、トラウマ一歩手前である。だからこそ疑問に感じてしまっていた。
「ははは、何ででしょうね………………」
その女性は掠れたような声を出して、不自然な笑みを浮かべて話をこれ以上聞かれたくないような雰囲気を感じる。成る程、余程の事情があるんだな。
ならこれ以上、この話題は広げるわけにはいかないか。
「なら何もあれに対しては聞かないよ。そんな顔させたのが、俺だってなったら俺が先生とかにどやされそうだ」
その女性の顔が酷く怯えていた。暗闇にあるような燻んだ瞳をしていて、微かに体が震えていた。ただ笑顔だけは絶やさないように、反射的に笑みを作っている。
成る程、そういう事か。あまり詮索しない方が良さそうだ。
「だからそんな顔をしないでくれ。俺の方が辛くなりそうだからよ。ゆっくり体を落とすように力を抜いて、気持ちを落ち着かせて、深呼吸しろよ」
その女性は、俺の言葉を聞いてゆっくりと深呼吸をする。そして気分が落ち着いたのか先程のいい美人の顔立ちに戻った。落ち着いてくれて、よかったと安堵する。こんな所を先生に見られたら、虐めているとかで点数を引かれかねん。
「すみません。何か心配掛けたようで」
それだったらこっちの方が謝るべきである。無神経にずかずかと土足で、事情に足を踏み入れてそんな顔をさせてしまったんだ。
「いやこっちの方がすまなかった。そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前は、ムディナ・アステーナ。宜しく」
俺はそうその女性に、手を差し出す。女性もそれを聞いて、手をに握り握手する。
「私はジェイ・マーテラスです。宜しくお願いします」
ジェイは体が強張っており、堅苦しく丁寧な言葉でそんな事を言った。それにしてもジェイとはまたいい感じの名前だな。そんな事を言いながら、歩いていくと目的の教室へと辿り着いた。というか何でここまで、ジェイは着いてきたんだろうか。
「同じ教室なんですね。良かった。私、極度の方向音痴だから助かります」
ジェイはそう言って、不安要素を払拭したのかホッと胸を撫で下ろす。こいつ、あれか。居場所が分かった所で、辿り着けないタイプだったか。何か、バランス取れているな。
ていうかジェイとは、同じ教室か。顔を知っている人物がいるだけで、少しは気が楽になるか。
「俺もジェイと同じ教室でよかったな。本当に」
何か別の意味で、俺は目立っているようだからな。ジェイがいるだけで、それはだいぶ緩和されるだろう。だからこそ彼女はある意味、俺にとっての救世主に他ならない。
それを聞いて、ジェイは顔を赤くさせる。何か俺は変な事を言っただろうか。気に触るような事は、何一つ言ってないはずだが。
「顔が赤いぞ。熱とかあるのか?」
風邪とかを引いていたら、大変だからな。倒れられたら、面倒くさいからな。出来れば早めに、対処しておきたい。
「熱とか風邪とかではありませんから。ただちょっと、あれなだけです!?」
そんな事を言いながら、ジェイは顔を横に振りまくり、違うという意志を示す。成る程、違うなら別にこれ以上、何もいう必要性はないな。
「ただ具合悪くなったら、すぐ言ってくれよ。まぁ〜なんだ。心配だからよ」
顔馴染みが具合悪くなるのは、それだけで目覚めが悪いからな。出来れば早めに、知らせてほしい気がする。対処するのも楽だしな。
「分かりました。具合悪くなったら、すぐ言いますね………………」
ボソボソと小さな声で、独り言のようにそんな事を言った。分かってくれたようで、俺は安心する。
そんな会話をしながら、俺は教室の扉を開く。教室の黒板の上にある壁には、大きく三と書かれており、ここが三組なのだと分かる。
細長いテーブルが、横、縦、共に四列並んでいて、黒板が見やすいように後方にある机につれて、段差が高くなっている。机の合間には、細やかな小さな階段があり、それで後方の机に行くのだと分かる。
そして黒板には、「席は決まっておりませんで、ご自由に席に座ってください」と書かれている。決まってないなら、俺は即座に後方の窓際の机に座ろうと歩く。
そう思い、窓際端を見るとそこには男性陣がいて、ワイワイと会話に花を咲かせていた。うん、あんな雰囲気のある所に行くのは、やめよう。あういう雰囲気は、苦手だ。面倒臭いからな。
そして廊下側なら、と見るがそっちもそれなりに埋まっていた。確かに時間がギリギリだったからな。もうだいぶ、人が集まっているのも仕方ない。
「はぁ〜」と大きなため息を吐き、仕方なく空いている前列の机の窓側に座る。俺は別に真面目ちゃんでも、ないんだがな。目立ちたくない。
ただ俺がこの教室に入った瞬間、教室内の空気が一変していたような、そんな感じがした。
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