八十一話 仮面の騎士の帰り
俺ことムディナ・アステーナは騎士魔術学院の入学試験に受かり、意気揚々としながら宿屋に向かっていた。それにしても、あのタイムって人と戦った時、何であんな言葉が出たんだろうか。
何処か霞んでいるような記憶の溝から、出てきたような感覚だ。ただ懐かしくは感じていた。俺が記憶を失う前に、会った事があるんだろうか。
それに開会と閉会の言葉を発していたこの国の騎士団長様も、何故か懐かしく感じてしまっていた。五年前に目覚めて以降、それ以前の記憶が出てこなくなっているんだよな。
記憶探しの旅も兼ねて、それに騎士魔術学院という絶好の戦闘を学べる場所に辿り着いたなら入学する他ないからな。龍老の話では、騎士魔術学院に行けば、自ずと分かるだろうという予言じみた事を言っていた。あまり予言のようなものは、信用しないタチであるが今はそれ以外に手かがりがないしな。
俺はそんな風に思いながら、ショッピングストリートと呼ばれる場所を歩いていた。それにしても運動したから、腹減った。何か食べながら帰ろう。
ちょうど香ばしい匂いが、俺の鼻を刺激する。それに釣られるかのように、俺は屋台で焼いている物に目をやる。屋台の初老のおじさんが経営しているようだ。
「おっちゃん、それなんだ?」
俺はその店主に、そう言った。香ばしいタレの匂いが、俺の食欲を引き立てる。肉肉しい分厚い肉を、串に突き刺して肉が整列するかのように、連なっている。
「お〜、アマリの串焼きだ。食べるか?」
アマリテマスという、木獣類と呼ばれる牛のような見た目であるが、牛よりは巨躯で成体で体長は五メートルはあるそうな。何故木獣類と呼ばれるカテゴリに位置しているかというと、森林に主に生息していて、緑の体色に背甲には草が生えているからだ。
下処理が大変であるが、それさえ終われば非常に美味な食材として重宝されている。
「ていうかあんた、騎士魔術学院で試験に主席で受かった子じゃないか」
あれ、この人、あの試験見ていたんだ。確か騎士魔術試験というのは、この国でも一大行事とか宿屋の店主が話していたな。だから主席合格者くらいは、知っているか。
「中々難しい試験でしたけど、何とか受かりました」
前日にあった筆記試験が、特にしんどかった。龍老の書物を片っ端から漁ってなかったから、受からなかった気がする。戦闘試験なんて、穴場が多すぎて把握するまで結構時間がかかったし。
「あの戦闘には痺れたねぇ〜」
確かにタイムという騎士との戦闘では、俺の少しはマジで戦闘していた気がする。あの高揚感は何だったんだろうか。ただあれ以上本気でやったら、会場どころかこの国すら、吹き飛んでしまいかねないしな。あのくらいが、力加減的に丁度よかったか。
「まぁ〜、未来の騎士様だ。ほれ、これはサービスだ」
この店主のおっちゃんは、そう言いながら串焼きを差し出してきた。まさか無料で食べれるのか。これは有り難い。出来れば金は節約したいからな。でも申し訳ないな。
「いやそんな、いいですよ。きちんと金を出しますよ?」
このおっちゃんも一応、店をやっている身。損するような事にはしたいない。
「いいよ。ほら、あんたがまた食いに来てくれるなら、それだけで有り難いからよ」
要するに常連客にする為の、無料サービスか。中々このおっちゃんも、そういう意図があるなら貰おうか。
「そういう事なら、貰います」
俺はそう言いながら、串焼きを受け取る。間近で嗅ぐと、早く食べたいという欲求が出てくる。ただ仮面を付けているせいで、食べれない。どうしようかな。
人目に付かない場所で食べる分には、何ら問題ないかな。そうしよう。宿屋に行く前に、食べきってしまおう。
そう思いながら、いい感じの路地裏が見えた。ここでなら、人目に付かないで食べても問題ないでしょう。うん。俺は路地裏に入っていく。丁度座れそうな段差を見つける。
そこに座り、俺は仮面を外す。そして念願の串焼きを頬張ろうと口を近づける。そしてデカい肉を一口で食べた。肉厚でありながら、ジューシーな肉肉しさが口全体に広がる。う〜ん、幸せ。クスの実の風味と塩味がマジで、この肉に合う。
今度、また絶対買おう。こんな代物を、無料提供したんだ。絶対、またあそこに行こう。
そんな事を思いながら、串焼きを一生懸命頬張っていた。そのせいか知らないが、三人組の悪ガキような人達が、一人の女性を襲っていた。まぁ〜確かに路地裏なら、そういう所の温床っぽいしな。
そんな事を思いながら、ただじっとそれを見ていた。助けてもいいが、面倒くさいしな。試験に受かったこの日に、揉め事を起こしましたなんて、なったら一大事だし。
ただ俺がじっと睨んでいたのが、ようやく分かったのかこちらに振り向く。
「何、じろじろと見てんだ!?」
いや見たくて見てる訳じゃないしな。そこにいるのが、悪い気がする。私はただ、静かな所で串焼きを食いたかっただけなのに。
俺は何も言わずに、ただジトっとした眼をその男達に向けていた。しかしそれが、彼らの癪に触ったのだろう。男の一人が、急にナイフを投げてきた。
俺はそのまま最後の串肉をほろばり、その串でナイフを弾く。串が鉄製で助かった。まぁ〜木製でも受け流せば、ナイフくらいなんの問題もないが。
「俺の事を攻撃したっつう事は、やられても文句ないよな」
俺はそう男達に敵意を向ける。しかし男達はそれに感付いていないのか、はたまた虚勢を張っているのか分からないが、一人がナイフでこちらに襲いかかってきた。
「うるせぇ!? 見せもんじゃねぇぞ!? 糞女が!?」
はぁー、こういうの面倒くさいんだよな。どうしよう。制圧する事自体は、何ら難しくないんだけどさ。まぁ〜考えるのも面倒くさくなってきた。
俺はそのままナイフを持っている手を掴み、そのまま相手の肘関節を脱臼させる。男は情け無い悲鳴をあげながら、地面へと膝をつく。
「そちらの二人も襲いかかってきてもいいよ。その覚悟があるのなら」
しかし俺が倒した男は、どうやらその群れのリーダーだったようだ。リーダーが倒された事により、男達は怯えた表情を浮かべて、この路地裏を立ち去った。
それでこのリーダー格の男はどうしようかな。とりあえず、騎士団の詰所に連れて行こうかな。
いやそれすら今は面倒くさい。そうだな。ここはこうしよう。
「いいか。俺の事を少しでも言いふらしてみろ? お前の事を何処までも追い続けて、ぶち殺してやるからよ」
そう怒気を交えた声を、そのならず者の男に発した。男はみっともなく涙を流しながら、ただただ恐怖により、反射的に俺に頷き、右手を抱えてこの場を立ち去った。
俺はそのならず者の情けない男の背中を見ながら、つまらない男性だなと、哀愁漂う眼をしていた。
そして俺はそのまま仮面を付けて、襲われていた女性に眼もくれず、立ち去ろうとする。
しかしそんな時、「あの!?」と後方から声が聞こえて、そう女性が俺に対して声を掛けようとする。俺はあまり顔を見られたくないタチなので、その女性の言葉に対して、反応は示さなかった。
俺は足に力を込めて、建物の屋根に飛び出す。女性は、俺のその行動を見るしかなく、俺の事を見ていた。
俺はその女性を眺めて、特に何とも傷にもなってなかったようで、安堵すると共に俺は屋根を走って最短距離で自分が泊まっている宿屋を目指して建物の屋根から屋根に飛び移る。
「あの子が無事のようでよかった」
そんな事を思いながら、夕暮れの橙色の空を見上げていた。
八十一話、最後まで読んでくれてありがとうございます
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