七十九話 仮面の騎士の力・・・
タイムは強く地面を踏み締め、対象である仮面の騎士を見据える。バチバチと地面が雷が迸り、土煙がタイムの風と共に舞う。
それは電光石火の速度を叩き出し、仮面の騎士に瞬時に近づく。一瞬の出来事に、一般人はタイムを見る事すら叶わなかっただろう。
「炎昂斬――蓮撃」
タイムの剣に炎が灯る。それが猛々しく燃えていき、剣すら焦がすような勢いを見せる。それが仮面の騎士に振り下ろされる。
仮面の騎士は剣で普通に防ぐどころか、剣でタイムの剣を弾き、炎すら掻き消した。そんな余裕ある行動に、どう足掻いてもタイムに勝ち目があるか怪しくなってしまう。誰が見てもそれは明らかだろう。仮面の騎士が、完全に次元が異なる強者なのだと。
しかしそれでもタイムが諦める事など許される訳もなかった。諦めた瞬間、私にどやされるのは確定事項だからだ。必死にやって、死ぬ気でやって、それでも駄目ならようやく諦めろと私ならそう言う。というかタイムが学生時代、言った覚えがある。
タイムの風と雷の力がより強くなり始める。魔力をより高めて、二属性を強めているんだろう。しかしそれをし続けると、おそらくすぐに魔力切れを起こす可能性が高くなる。タイム自身は、自分の魔力量は把握している筈だ。つまりこの行動は、決死の一撃で、全力の動きなのだと分かる。
さっきより数段速いスピードを出す。音速を超え、光速すら手が届きそうな速さである。私ですら捉える事が難しい速度を出していた。
剣がぶつかり合う、甲高い音だけが響き渡る。
「雷炎双剣・無双」
片手には炎の力が剣に、もう片方には雷の力が剣に宿る。タイムは持ち前の速度で、仮面の騎士の全方向から無数の斬撃で攻撃する。それを片手間で一本の剣で捌いていく。
刃がぶつかり合う度に、雷の剣なら雷が会場中に広がり、炎の剣なら炎がそこら中に地面へと落ち、地面の土を溶かしていく。
何とか会場にいる観客席にいかないように防御結界は貼ってあるので、そこは心配がいらない事だった。
仮面の騎士は余裕ある動きであるが、それでも防戦一方になっているのは目に見えて明らかだった。
その剣のぶつかり合いに変化が起きる。タイムは瞬時に仮面の騎士と距離を取り、雷の剣を仮面の騎士へと投げる。
それも速度が異常であり、瞬きをする一瞬の出来事だった。仮面の騎士は、すぐさまそれを後方に飛び、回避する。
タイムはそれを予測しており、魔力を剣に与えて、術式を発動させる。
「轟け雷、目の前の邪を滅したまえ!? 轟気翔雷」
剣に纏っている雷の魔力が拡散して、それは指向性を持ち、仮面の騎士へと向く。
無数の雷が、仮面の騎士を襲う。それも意図も簡単に防ぎ切る。
息を一つも切らしてはいなく、疲労感というのを一切感じていなかった。
タイムのスタミナは限界に近く、息も絶え絶えであり魔力の維持もままならなくなっている。
それでも諦める訳もなく、手を力強く握りながら気配を入れ直す。
「あんたは本当に、何なんだ…………」
タイムは疲れた虚な眼で、仮面の騎士を見る。仮面の騎士の眼光が、タイムにようやく向いた気がする。
さっきまでは視界による抗戦ではなく、気配を察知してのみ、タイムの攻撃を受け切っていたのだった。
「お前の力はそんなものじゃないはずだろ。我を殺す気で来い」
初めてタイムと相対しての言葉であった。それもタイムの事を知ってての発言だと、すぐに分かった。
実際、タイムは何処か試験だと言う事で、攻撃に無意識にセーブを掛けていたのは事実である。
本来のタイムなら、完全に気配を断ち切り、相手の急所を確実に当てるのが、タイムの本来の戦いだった。
それすらを理解している仮面の騎士とは一体、何者なのか。考察する材料にはなるだろう。
「――――――後悔するなよ」
タイムはそうほのかな笑みを浮かべて、清々しい思いでその言葉に反応した。
スタミナも魔力も切れ気味の今のタイムに勝ち目など薄いだろう。動きも鈍っている筈だ。
そんな事を思っていたが違っていた。
タイムは気配を完全に断ち切り、仮面の騎士の目の前に急接近していて、まさに首に一太刀の突きが繰り出されようとしていた。
仮面の騎士は、そのタイムの動きに反応が遅れてしまうが、何とか身を捩らせて回避する。
しかし今度はその剣の攻撃と同時に、心臓目掛けて貫手が放たれていた。
今のタイムの眼は暗殺者そのものだった。気配を断ち切り、ただ標的を殺害するだけのそういう感じであった。
その貫手の攻撃を、仮面の騎士は左手で逸らして受け流す。
「風を、無数の刃となりて、敵を切り刻ん――――――風斬」
逸らした筈の左手から、無数の風の刃が仮面の騎士を襲う。
この会場にいる誰もが、そのタイムの攻撃は当たったのだと確信していた。
仮面の騎士も不意を完全に突かれている形なので、防御の仕様がなかった。
「その手に天雷の罰が当たらん――天衝波雷」
仮面の騎士の左手に、紫色の雷が波紋のように発生する。
その左手を突き出すと、無数にあった風の刃が雷の波動によって打ち消された。
「煉獄の剣よ。その万象を煉獄に落とす事を許してくれたまえ――――万象煉獄炎」
伝説級の魔法をタイムは行使した。それで魔力は枯渇するだろうと分かる。
この一撃に全神経がタイムに、剣に、注がれる。紅の炎が、まるで螺旋状になり剣に纏わりつく。
その温度は想像を絶するレベルの魔力であり、会場全体の温度が、数度確実に上がっていた。
それは大地を燃やし、空気を燃やし、その身すら燃やす。自身を守るだけの魔力など残されてはいなかった。
剣を握っている手が、だんだんと燃え広がる。熱いのが、全身に広がる感覚を、燃えている感覚をタイムは味わう。
苦痛の表情をタイムは浮かべているが、その剣だけは手放さないように気合いだけで握っていた
そして出来上がったのが、巨大な紅の剣であった。燃え広がっていた莫大な炎のエネルギーが、剣へと形を作り収束している。
それが今、仮面の騎士に振り下ろされた。大地が、その熱のエネルギーで溶解して、ただ真っ直ぐに襲いかかる。
逃げるのは簡単だろう。回避するのも勿論、簡単だろう。ただ真っ直ぐにこちらに飛んでいるだけの事である為に、少し身を捩らせるだけでその渾身の一撃は無意味へと変わる。
下策の下策であり、ただ自身の身を滅ぼすだけの一撃だ。
仮面の騎士は佇んでいた。そのタイムの一撃を真正面から受け止めようとしているのだった。それは騎士として、ではなく単純に目覚めが悪いからであろうか。タイムの決死の覚悟の一撃を、回避するだけでは無碍になってしまうからだ。
結構、この仮面の騎士は好感が持てるな。その一撃を受け止める姿勢には感激しかないよ。
仮面の騎士は剣に魔力と気力を同時に込めて、循環させる。膨大なエネルギーが、剣に緻密に操作されていた。
普通なら魔力も気力も量的に、剣の方が破損するレベルでの込める量であった。
その剣は白く輝く剣と、その身を変える。純粋なエネルギーの塊が、そこにはあった。
「龍天百花剣――――鮮雲」
その剣が今、タイムの放った一撃とぶつかると思ったが、瞬時に掻き消されてしまう。
そしてその仮面の騎士の一撃は、タイムに瞬時に当たり、防護魔法が破れてしまう。
それと同時にタイムは限界が来てしまったのだろう。魔力と気力を限界まで失い、意識が朦朧とする中、その糸が切れてしまいその場に倒れる。
誰もが、タイムという実力者が一受験生に負けるなんて想定外の事態だった。
しかし会場の人々は納得するしかなかった。会場にただ一人立っている存在の異常さを今の戦闘で理解してしまったからだ。
そして司会者が終わりの宣言をする。
「勝者――ムディナ・アステーナ!!」
会場はどよめきのまま、その戦闘は終わりを迎えた。
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