七十八話 第二次試験、開始しました・・・
私がベンチで寝ていると、誰かの声が聞こえてきた。ゆっくり重たい瞼を開けると、そこには美男子がいた。というよりタイムがそこには立っていた。
「アライ姉さん、またこんな所で寝て。そろそろ二次試験が始まるよ」
タイムは急いできたのか、少し頬に汗が滲んでいた。タイムは仕方ないなと諦めた表情を浮かべて、私に手を伸ばす。
「いつもごめんね。駄目な姉さんで」
私はそうにこやかなに自虐混じりにそう言った。タイムはムスッとした顔をしていた。
「そういう事、言わないって言ったよね。俺にとって、姉さんはここまで育ててくれたんだから。感謝しかないし、俺に出来ることならなんでも言って。昔に比べて、俺も出来ること増えたんだし」
そんな風に言ってくれたなら、私がタイムが弟で本当に良かった。眼から涙が出そうになってしまうよ。タイムももう、二十歳だしね。
「そうだね。ありがとう。これからも世話になるね」
タイムは赤面しながら、「ほらっ」と手をぐいぐいと伸ばしている。
私はタイムのその手を握り、タイムが引っ張る事で私が立ち上がる。
背伸びして大きな欠伸を浮かべて、ゆっくりと歩き始める。
「それで二次試験は、トーナメント形式なの?」
怠そうな声色で、私はタイムに二次試験の内容を聞いた。
例年通りなら二次試験は、トーナメント形式になるのだが。
「そうだね。変わらずにトーナメント形式なんだけど、あの仮面の騎士という実力的に異常な存在がいる結果、他の受験生の実力を把握する事が難しいという結論に至って、それで仮面の騎士と俺が最初に決闘をする事になったよ」
なるほどね。現役の騎士の中での、実力が上位に位置しているタイムと決闘をする事で、仮面の騎士の実力を確かめるという意図があるのか。
タイムは異様な緊張感があるのか、顔が強張っていた。これを見るのは、卒業試験以来か。私はそんなタイムの頬を思いっきり叩く。
「緊張し過ぎだよ。スッキリした?」
タイムはあまり大勢に見られるという現状にあまり慣れていない。これは自分が孤独であった故に、大勢がいるとより隔離されているという感覚に陥り、緊張感に苛まれる。
タイムは頬を叩かれて、ヒリヒリと痛むが、何故かスッキリとした笑みを浮かべていた。紐が解かれたような、穏やかさがあった。
「ありがとう。アライ姉さん」
そう言いながらタイムは私の元を離れる。色々な所は大人になっているのに、こういう所はまだ子供なんだなと少し姉としての威厳はまだ保てている気がした。
いやそうでもないか。姉、というか年上としての威厳も何もない気がする。
私はゆっくりと階段を登り、二階の来賓席と書かれている扉を開ける。そこには既にトーラス王とアデルトがそこにはいた。来るのが早いな。本当に。
「遅いぞ。何をしていた? そろそろ、試験が始まるぞ」
トーラス王がそう私を見て、そう言った。私はゆっくりと腰を下ろして、椅子に座る。何をしていたと言われても、ベンチで昼寝していましたとは言えないしな。
う〜む、なんて言おうか。そうだ。
「仮面の騎士について少しばかり調べていました」
うん、嘘は言っていない。確かにあの仮面の騎士についての、情報収集はしなきゃいけない事だし、タイムにその件は任せてきた。
今回の戦闘試験で、実力の底を知れる位にはタイムには頑張ってほしいものだ。
「うむ。確かにあの仮面の騎士が怪しいとは、我も思う。敵国からのスパイの可能性もない訳じゃないからな。こちらでも後々、調査を開始しようと考えている」
王直々に調査に乗り出すというのは、余程の事態のように思えるが、この王は国と民を守る為だったらなんでもやるしな。いつもの事であった。
特別戦という形で、二人は会場に出てくる。タイムは速さを持ち前の速さを重視しているせいか、軽装でいる。それで仮面の騎士は手袋を両手にはめており、鎧を着てはいなかった。
「それでは準備はいいですか?」
司会の人が、二人にそう確認する。二人が頷いたのを見ると、了承したと見なした。息が詰まるような切迫感が、会場に濃密に満たし始める。
実はというと、タイムがどこまで実力が伸びているのか知りたいところであった。それが今日、知れるのはありがたい所であった。
「それでは決闘、開始!?」
司会が手を振り下ろし、決闘が開始した。
最初に仕掛けたのはタイムであった。持ち前の健脚と、風を纏っての速度はそこらの騎士には捉えるなど難しい話であった。
剣に風を纏わせて、仮面の騎士にそれが振り下ろされる。
「その虚面を引き剥がしてやる!?」
仮面の騎士は風によって伸びたリーチも把握していて、その攻撃を仮面に接触するギリギリで躱す。しかしそれをタイムは読んでいて、既にもう一つの剣に手が伸びていた。
それには風が事前に纏わせていて、寸前の所で躱した所に体を斬り裂くようにもう一つの凶刃が伸びる。しかし仮面の騎士はそれを把握していて、剣で余裕で防ぐ。それには魔力を纏わせて、刀身の強度を上げていた。
タイムは態勢を立て直すかのように、バックステップをしながら剣に纏わせた風が刃となり、仮面の騎士に襲い掛かる。
飛風刃――魔法を使える騎士なら、よくある纏わせた属性を放つ技である。しかしタイムの魔力量なら、その威力は普通とは完全に逸脱していて、会場が抉れながらそれは仮面の騎士に迫る。
しかし仮面の騎士は余裕と言った感じでただ佇んでいた。そしてそのまま剣が振り、ただ風の刃に立ち向かう。私はあぁ、見誤るったなと思った。ただの魔力を纏わせた剣と、タイムの風の刃が釣り合う筈ないのに。
そんな事を思っていたが、それはすぐに打ち砕かれた。仮面の騎士は剣を振っただけで、風の刃を打ち消した。
「なぁ!? 嘘でしょ」
私は思わず、叫んでしまった。トーラス王も、私程ではないが驚愕していた。
「ただの剣圧だ。ただあそこまで、打ち消す程の剣圧は、一受験生が放っていいものじゃない」
アデルトが珍しく、トーラス王に言われなくても、自発的に口にした。それだけあの仮面の騎士に興味があるという事になる。
確か剣圧って自身の気迫を剣に乗せるって奴じゃなかったっけ。私も出来なくはないが、やったところでせいぜい威力のない飛び道具を受け止める位なものだ。
あんな極大な魔力の風の刃を受け止められる訳もなかった。
タイムもそれに気づいており、息を飲み込んで冷や汗が出てくる。おそらくそれなりに有効打と踏んで、あの攻撃をしたのだろう。それがあっさりと打ち砕かれたという現象がタイムの息を荒くさせる。
「あんたは一体、誰なんだ!?」
タイムは絶叫するように、そう仮面の騎士に叫んだ。
仮面の騎士はそれを聞いてはいるのだろうとは分かるのだが、言葉として口から発する事はなかった。
タイムは願っていた。その仮面の騎士がもし、いなくなってしまったアディだとしたら。
そんな望んでしまっている願望が、タイムを焦らせていた。
「何も話さないってか。それじゃその仮面を剥がして、あんたの御尊顔を見てやるよ!?」
タイムは全身に魔力を回す。そして術式を詠唱し始める。
「旋風をこの身に――――」
そうタイムが言ったら、全身から風を纏い始める。
「炎をその手に―――――」
タイムがそう言うと、両手に小手のように炎が身に纏われる。
「雷をその脚に――――」
雷がブーツのような形を取り、その両脚に纏う。
「我が身に三元素の理を纏いて、その身を嵐と災害の権化とならん!?」
タイムの全身が、風、炎、雷の属性で覆い尽くされる。それは最早、一種の災害のような錯覚を覚える。
というかタイムって三属性も操れるんだ。知らなかった。
ここからがタイムの本気か。さてと仮面の騎士は、どうあのタイムの本気を受け止められるのかと興味が湧いてきた。
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