七十一話 終わりました・・・
男は鎌を構えると、瞬時に俺に向かってきた。俺は呼吸を整えると、眼が赤く染まり認識の速度を上げる。超龍活性呼法には血流操作という面がある。それは血流を極限まで早くして、肉体を活性化させるのだ。その血流操作を眼にやると、赤く染まるが動体視力が極限まで上がるのだ。それは最早、自分以外の時が、止まっているような錯覚を覚える程である。
しかし男の速さはそんな次元ではなく、動体視力を上げても捉え切れるものではなかった。男は踊るように、鎌を振り回す、軌道が読めない鎌の攻撃が、俺を襲う。
俺は何とか鎌の攻撃を受け流すが、攻撃へと転ずる事が難しく防戦一方になる。
男はそのまま鎌を地面に攻撃中に突き刺すと、瞬時に赤き砂が骨の形になり、巨大な拳が俺の体を撃ち抜く。俺は斜め上に血を吐きながら飛ぶ。完全に骨が心臓に突き刺さっており、強制的にHPストックが消費される。
男は鎌に炎を纏わせると、鎌が巨大な炎の刃に姿を変える。それが俺に向かって振り下ろされる。炎の刃が空気を焼きながら飛び、俺に向かってくる。
俺は何とか剣で受け流そうとする。しかしこの肉体のスペックでも受けきれずに、炎の刃は俺を斬り裂く。自身の肉体が焼けるような匂いをしながら、ストック消費で俺は回復する。
しかしストックは途切れていて、全回復とはいかなかった。男は空間から本を取り出す。
それには見覚えがあった。それはいつぞやのスキルを使える本であった。
「転生者や転移者は死なないがね。封印する事自体は可能だ。この本はな――自身が望む世界を見せる代価に封印されるというものだ。つまりいい夢を見れる代わりに、封印されとけって奴だ。つまりお前を封印する。そろそろ限界だろ?」
俺は所々血が流れていた。このままでは結局、出血死という結果になるだろう。しかし俺は意識が朦朧としながら、脚に力を入れる。
「氷よ。全てを凍らせよ」
俺は鉄の味を噛み締めながら、掠れた声でそう言った。剣に埋め込まれている青い宝石が輝く。俺が地面に剣を突き刺すと、赤かった大地が、氷漬けになりそれが男にまで瞬時に広がった。
「死に際まで、抗うのか。面白いな」
男は鎌をただ横に薙ぐと、斬撃が飛び氷漬けの進行を掻き消した。男は余裕と言った表情で近づく。俺は力がもう残されていなくて、ただ力無く倒れ込む。
「兄貴に言っとくことはあるか? 今なら聞いとくぞ」
どうやら俺は封印されるそうだ。男は封印される前に、俺の兄貴に伝えたいことを伝達してくれるそうだ。
兄貴に伝えたい事ね。色々と伝えたい事であるし、話したい事だっていっぱいある。兄貴がいなくなっての十年間について、色々と話したかったしな。
「そうだな……………………。『兄貴、元気でいてくれよ』とただそれだけ伝えてほしい」
ただ一番伝えて欲しかったのが、それだった。兄貴が元気でいてくれるなら、俺が兄貴の事を心配する事がそれ以外ないからだ。
それが俺が一番気がかりだった事だ。この男の話を聞くと、余計に精神的な部分で心配してしまったのだ。だからそれだけが一番気がかりなので、男にそう伝言してもらう事にした。
「分かった。兄貴にそう伝えておく。それじゃなぁな。お前は強かったな」
男はそう言い、鎌を俺の頭上目掛けて振り下ろした。どうやら俺が一回死なないと、封印は出来ないようだった。男の鎌が、俺の頭頂部に到達すると、頭が真っ二つに割れた。
「異世界の御霊よ。夢見の本に封じ込め!?」
男はそう詠唱すると、本が勝手に開き、真っ白い白紙のページに辿り着く。本は勝手に浮き、本の周りに呪文のような文字が展開される。
その魔法陣が、俺の亡骸にも展開される。どうやら肉体と魂の情報を読み取っているように思えた。
しかしその魔法陣が、突如霧散する。まるで機械がエラーしたかのような不審な挙動を起こす。
「なぁ!? どういう事だ。きちんと一回肉体的な死は迎えてる筈だぞ。肉体の再生には時間がかかる筈だし。どういう事だ」
そして男は不審なものを目にする。それは俺の亡骸の周辺に一つ何かが浮かんでいた。さっきまでなかった筈だと、男が認識していたものだった。それは紫の球体をしていて、数字のようなものがゼロになっていた。そしてその球体が、機械音声のようなものを発する。
「使用者の瀕死を確認。使用者の十回以上の攻撃を受け切るを確認。条件達成の為、唯一級スキル・破滅の天球を発動」
俺の肉体が瞬時に再生されて、蘇る。男はそれを聞き、嫌な予感がして距離を取る。男は冷や汗を掻きながら、鎌を強く握る。それは男が久しく感じた事ない、恐怖という感覚だった。
それはこいつはやばいと本能的に察する。男は長年の戦闘経験が、そう警鐘を鳴らしてしまう。
俺は首を鳴らしながら、立ち上がる。予め仕込んでいた神秘級のHPとMPのポーションを割り、ストックと共に全快させる。それは振り出しに戻ったようなものであった。
「お前、何がしたかったんだ!?」
男は激情のまま、そう叫ぶ。実際、男が俺の行動に不信感を覚えたかというとポーションを使わなかった事である。それは要するに、最初から本気で相手にする気がなかったかのようなものである。
「あ〜別に。ただリソースを無駄に消費しそうだなと思って、事前にストックをポーション化させて戦っていただけ。しかし俺のストックをそれなりに削ったのは評価するよ。元々、ストックを全部使うつもりはなかったんだから」
俺は元々、ストックを別に準備していた。ただ基本的に使う事がないだろうと、高を括って洞窟に入っていたが、予定よりストックが少なくなっている事に気づいていた。
それなら扱いにくい唯一級スキルである、破滅の天球を使った方がリソースをあまり削らないで済むのではないかと考えついたのであり、余計にストックをポーション化させたのだった。
「使用者の肉体的ダメージの数値を確認。それを転化させ、対象に破滅を行います」
紫色の天球は、そう機械音声を発すると紫色に発光する。紫の球体は、ただ男に近づく。
「まさかお前は、このスキルを発動させる為にわざと死んだというのか!? 死ぬ事まで計算と手段に入れていたのか!? 狂ってやがる」
確かに俺は狂ってるかもしれないな。自分が死ぬ事まで、勘定に入れて戦闘している時点で頭がおかしいと自分でも思う。でも仕方ないよね。それでしか、このスキルを発動出来ないし。
「来るな!? 来るなぁがが!?」
男は必死に鎌を振り回して、紫の球体を攻撃する。しかしそれは物理法則が通用せず、その攻撃が反転して、男を傷つける。男はひどく涙を流していた。ずっと久し振りに感じた恐怖と悲痛が、死の恐怖を思い出させる。死、滅びる恐怖が、体の奥底から噴き上がるように湧き上がる。
紫の球体が、男に至近距離まで近づくとより紫の発光が強くなり輝きを増す。
「破滅・開始します」
紫の球体がその形を崩し、まるで霧のように霧散する。
その霧散した紫色の発光体が、その男に巻き付くかのように全身を包む。
男は必死になって、その発光体を掴もうとする。それは死にたくないからではあるし、恐怖と絶望がそのような行動を反射的に行わせていた。
紫の光が眩く強くなると、男の指の先の形が崩れる。そこからだんだんと手が、腕が、足が、消失していく。
「死にたくねぇ!? 消えたくねぇよ!?」
男は転移者であり、死という恐怖とは無縁だとは思っていた。痛みには慣れている。だって死ぬという終わりになる訳ではないからだ。
しかし今のこの現象は、確実に終わりを告げるように自身の体が霧散を始めていた。
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