六十一話 ロクデナシは一抹の夢をミマシタ・・・
それから数秒は誰も動きを見せなかった。二人は目の前の獣の動向を、探るように観察しており、マイクという名の獣は、目の前の二人の脅威の餌の様子を伺うかのように見ていた。
数秒は経過しただろうか。最初に痺れを切らして、動きを見せたのはアライであった。
アライは大きく踏み込み、マイクに真正面から急接近する。普通なら完全な自殺行為である。今のマイクは、タイムに並ぶ程の速さを見せている。
マイクはこの肥大化した拳を、アライに振り下ろす。アライはそのまま接近し続ける。まるでその拳から真正面から立ち向かうかのように。
マイクの拳を惹きつけ続け、自身に当たる直前に身を翻して躱す。普通なら当たる恐怖により、もっと前に回避する事だろう。
それは俺にだってある意味難しい動き方だった。マイクは振り下ろした力の影響で、そのまま地面を叩きつける。
「敵対対象の強固な外皮にはきちんと弱点が存在しております。それは変形させた腕にあり、魔力と肉体操作を腕に集中させている影響で、変形済みの腕の外皮の付け根の部分が通りやすくなっております。そこが狙い目です」
アライは、深く変形している腕を観察していると確かに脆そうな付け根の部分が見えてきた。そこを狙うかのように、アライは剣を振り下ろした。
その付け根の部分が、意図も簡単に綺麗に斬れ、マイクの右腕は肉体から離れ、地面へと落ちた。
「ぎぎゃああああぁぁぁぁぁ!?」
マイクは悲鳴をあげて、即座に腕を再生させる。
それを見たアライは、あまり意味がないように思えた。即座に腕が再生されていたら、こっちの体力が尽きるが先のようになるだろう。
「アライ様、ご安心ください。あの再生は、自切したような再生とは違い、魔力と体力を多大に消費してしまうものです。なので攻撃し続ければ、尽きるのはあちらです」
「なんで、私の思っている事が分かるの!?」
そうアライは驚いた表情を浮かべる。俺と同じような反応しているし。
「情報伝達を円滑にする為に、一時的に思考を読ませて貰っております。この戦闘が終了すれば、思考読みは解除しますので安心してください」
こいつ、そういうところがあるからな。ただ今回は、一時的な思考読解のようだ。普段は俺以外には、やらないようだ。その理由はプライバシーとコンプライアンスのようだ。うん、俺にも『それ』を適用してくれよ。
マイクは右手を再生すると、痛みを与えたアライを恨みの積もった眼をしていた。そしてマイクはまた変化を遂げる。それは今までなかった筈の、眼帯している左眼が再生される。
しかし右眼のようにまだ人の眼というものではなかった。その結膜はドス黒く染まっており、瞳孔は全体的に赤褐色だった。そしてその眼は焦点があってなく、何処を認識しているのかすら怪しかった。
「解析終了………………。あの左眼は動体視力が異常に発達しているようです」
さっきまで右眼だけで、二人の相手をしていたのに、視野が広くなり、それに加えて右眼より動体視力が異様に高くなっているというのは二人には苦戦してしまうからもしれないな。
まずタイムが行動を起こした。自慢の速力で、マイクの背後を取ろうと回り道をする。しかしそれは叶わなかった。左眼の視界は極めて広く、タイムの行動を予測させてしまっていたのかその巨体に似合わない速度で、タイムに近寄り拳が振るわれる。
しかしタイムもそれを予測していた。余裕で背後を取れると驕ってはいなかった。タイムは一気に加速させる。まるでタイムから真正面から向かうかのように。
タイムはその殻が破れた。風がまるで自分の味方をするかのように、魔力の風がタイムを包み込む。それがタイムの速力に拍車をかける。
それは進化した筈のマイクの左眼でさえ、捉える事など出来なかった。単純な話だった。今の速度で認識されるならより速くなればいい。しかしそんな暴論が通用するのは、タイムだけだろう。
そこにはただ風があった――――――――
旋風がマイクを通り過ぎた。その瞬間、彼の両足が斬り落とされていた。彼は苦痛の表情を浮かべながら、再生を試みる。しかしその隙をアライが見逃す訳もなかった。
アライはいつも疑問には思っていた。自分の身体強化の基礎魔法についてである。アライが使える手段などそれ以外にはなかったからだ。ただ今は違う。それはアディと同じスキルというものが使用できるという点である。
ただアディ程、スキルという代物の使用方法など分かる訳もなかった。ただ今の極限状況で、目の前に今の状態だと絶対勝てないような相手を、目の前にしてそれは開花する。
だからスキルを自分なりに昇華させる事にした。完全な自己解釈と、無理矢理なスキル昇華が巻き起こされたのはアライに進化を齎す。
それはいつぞやの光、炎である。暗闇の中、照らしてくれた儚い炎であった。アライの剣が朱色に染まる。炎を纏わせているというよりかは、光と炎の熱エネルギーをただ剣に集中させていた。
それがマイクの体をその外皮ごと溶解させる。ダメージというよりかは、デバフに近かった。しかしそれでもマイクは再生を試みる。
しかし再生速度も遅くなっており、後一、二回程で再生するのが難しくなるだろう。マイクは雄叫びをあげながら、血を吐きながら、ただ二人を、いや世界を憎むかのように、それだけで体を動かす。
マイクは自らの肉体を操作して、巨大な大剣を生成する。その剣は脈動しており、外皮による強度と、自らの強固な骨で形作られていた。
それが二人同時に真っ二つに切り刻もうと、大振りに横に薙ぎ払う。タイムはその速力で回避して、アライはその赤熱化した剣で、その大剣を真っ二つに分離して溶かした。
「タイム、合わせるよ!?」
「分かった!? アライの姉御!?」
アライの剣の熱が極限まで高まり、それが振り下ろさせる。熱が空気を焼き、灼熱となり地面を融解させながらマイクを襲う。
タイムは短剣に風を籠める。しかし先ほどの風の込め方ではなかった。自らに纏っていた風をも、その短剣に込める。それは暴風となり、その短剣の姿を変える。
それは短い剣とは最早言えず、一振りの剣となる。それがマイクに向かって、暴風の斬撃となり振り下ろさせる。
「「暴風熱波・荒雲」」
それは空気を焼き、熱を周りに広大化させ、辺りを灼熱に包む、二人揃っての初めての技である。その熱はマイクの全身を焼き焦がし、溶解した外皮が暴風の斬撃により、体を斬り刻み続ける。
苦痛の叫びが辺りに響かせる。それはただ悲しみに包まれているかのようであった。そして熱の風が止むと、そこにはただの焦げた体が残されていた。
しかしジュクジュクと細胞が再生を試みてるのか、体をボコボコと膨れている。しかし体が限界を悟ったのだろう。その再生は、静かに停止する。
そしてその体は、焼けた地面に力尽きるように倒れる。ただまだ息があるようで、俺はゆっくりと近寄る。
「お疲れ様。まさか二人とも、強くなるとは思わなかったよ」
俺は二人の肩を叩き、その先にいるマイクに行く。
もう掠れた息がしていた。自我が戻っているようで、俺の事を一瞥する。
「俺の事を貶しにきたのか? 無様だな。本当に」
マイクは掠れた声で、自傷混じりな苦笑をしていた。貶しに来たつもりはないんだけどな。どちらかと言うと、最後の言葉くらいは聞かなきゃいけないしな。
「確かに無様だな。ただ無様だけど、悪くないぞ。今のあんたは」
前のような憎たらしい顔ではなく、何処か清々しい顔をしていた。俺は地面に腰を下ろす。
「俺の夢はいつから消えてしまったんだろうな。冒険者になったあの頃が、懐かしくなるな」
マイクは涙を一滴、流した。それが地面へと滴り落ちる。まるで最後を解っているかのように。
「あんたは確かに悪い事をした。何処からか履き違えてしまったんだろうな。ただ最後だ。あんたの、その夢ていうのは俺が代わりに受け継いでやるよ」
憎たらしいというのは変わりようがないしな。こういう言い方しか出来ないのは、仕方ない。
「あ〜そうか。俺の夢な。はは…………なんだったっけか。確かな。自分だけのギルドを持つ事だ。わいわい楽しく飯や酒を囲んで、ただ明日を見る事だったな」
「分かった。あんたのその願い、俺が受け継ぐ」
それを聞いたマイクは、静かに口角を上げる。もう何も言い残す事がないのだろう。ギルドを作る事か。なかなか難しそうだ。
「お前ともう少し前から会って真正面から話してれば、俺の未来も変わったのかな」
「何も変わんねぇよ。これが今の現実だ」
今更あの時、この時なんて言うのは俺はあまり好きじゃない。その選択をしてしまったのは自分なのだから。それに後悔するのも自分なんだから。
「そうだな。ただなぁ〜あんたの仲間になったら、きっと叶っただろうな………………」
もう息をしてるのがやっとのようであった。そろそろ終わりそうだな。
「嫌だね。あんたの仲間になるのは」
俺は挑発するような皮肉混じりな笑顔を、マイクに向ける。マイクはそれを見て、「くくっ」と笑いながら、眼に光が消える。それがマイク・マーデイルという一人の冒険者の終焉であった。彼は確かにタチが悪いロクデナシだったが、最後にはタチがいいロクデナシになった。
そして彼はただ夢を駆けた冒険者であり、俺はきっとその名前も、終わり方も忘れる事などないだろう。
六十一話、最後まで読んでくれてありがとうございます
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