三百ノ六十三話 この先へと・・・
無限の力が迸る。ムディナ自身の力である筈なのに、どうにも自分が自分じゃないみたいな感覚が押し寄せる。さっき見た変な夢のせいだろうか。自分自身の事のように、感情が濁流のように流れ出てくるのは本当に夢だったのだろうか。
まるで現実に起こった出来事のようであり、それが今のムディナを突き動かしている。今はどんな理屈だろうが、どうでもいい。この身が動く限り、この先へと進み続けよう。
「星の頂・グランド」
ムディナが立っている地面が崩壊し、その割れ目からエネルギーが形となり、ムディナに襲い掛かる。ムディナの身が軽くて、容易にそれは回避する。まるで意識そのものが外側にあり、ただ身一つだけが動いているように。
エリナスの手を取り、浮遊の力を与える。もう二度とこの手を離さない。自分の大切なもののが手から溢れないようにする為に。
エレルは手を前に掲げ、握り潰すように手を握る。まるで世界そのものから、ムディナ達を排除するかのように。しかし何も起こらなかった。
「あんたのその神の力は、インフィニティエーテルによる無限の力による増幅の結果だな。自らの魂の格を、人から神へと昇格させる。そうする事で全能の力を手にし、星そのものを書き換える。それが筋書きだな」
しかしムディナにも、無限の力を宿している。インフィニティエーテルとは理が違うものであるが、同じ事象を引き起こす事が出来るのには変わりはない。
ムディナは無限の力を粒子のように拡散させ、ある種のフィールドを生成した。ホワイトとの闘いで学んだ魂の現実世界への侵食。そこまで無限の力を扱う事が出来ないが、粒子として拡散させ、その事象を疑似的に再現してみた。
無限の力のフィールドがフィルターとなり、エレルの運命を掌握する力を掻き消した。その無限の力の保護には、エリナスも範囲内に入っていた。
「星の頂・レオラ」
莫大なエネルギーの星を構成する力が、ムディナに向けて放たれる。神というのはどこまで行っても、規格外の存在である。それを間近で感じさせるその星のエネルギーの一撃が、目の前に存在している。
ムディナは手を前に掲げ、無限の力を展開する。龍王の世界を害する存在に対する抑止力としての力も同時に龍剣へと込める。
その星のエネルギーが無限の力にて、霧散すると同時にムディナはエレルとの距離を詰める。龍剣を手に握り、それは振り下ろされる。
「無限龍王技・インフィニティ・虚零」
全てを虚無にするその一撃は、無限の力を、虚数へと反転させた龍王の絶技と合わせた技へと変化を加えた。それは全てを無に帰すこの攻撃が、エレルに一直線に向かった。
神となったエレルでさえ、まともに受ければ無事では済まないだろう。虚無となる一撃というのは、神という概念そのものを消し去る攻撃という事だ。
エレルは瞬時に移動する。星間移動という概念があるが、それを再現している。星と星の道筋を辿り、一瞬にして概念的な移動をする。それにより果てしない距離を移動する事すら容易い。
しかし今回はムディナ達を倒すという目的が存在している。それを果たすまで、逃げる事など出来ようはずも無い。
ただそれにムディナは疑問を感じていた。普通なら逃げ切れれば勝ちだという事だ。エレルの目的は、星の運命そのものを変えるという事象である。つまりムディナ達と戦う事は、二の次にすればいいだけだ。
それをしないという事は、この空間自体に異物がいるという事が大問題なのだろう。だからこそムディナ達を排除する為に全力を尽くしているのだ。
ムディナは避けたエレルを即座に察知して、すぐさま次の一撃を繰り出す。黄金の焔に燃える龍剣が、弧を描く。下段から上段へと斬りあげる。
「無限龍王技・昇天金焔」
龍王による星の抑止力としての一撃が、エレルを捉える。無限の力にて、その抑止力としての力は莫大に増幅している。一瞬にして、エレルの肉体は黄金の焔に包み込まれる。
ただその程度の力では、エレルを倒しきれない事は理解している。神とは完全な存在であり、人の人知を超越しているからだ。あの程度の力で、どうにかなる存在ではない。
エレルの構成している肉体は、傷一つない。神とかした肉体は、そう簡単に傷すらつけないようだ。
「歌の加護・滅神ノ歌」
エリナスの歌声が、響き渡る。それはムディナに力を与える。それも神を滅する力を付与してくれた。歌の魔法とは、古代の魔法の一つであり、歌によりあらゆる事象と庇護を与えるとされている。
ムディナは眼を閉じ、全身全霊で無限の力を制御する。今ある全力を、この攻撃だけに込める。そうでもしないと、エレルを倒せそうにないからだ。
音が、声が、歌が聞こえる。それは昔の事であり、彼女も歌が好きだったな。生きていれば、誰よりも美しい声を、響かせていただろうか。
ムディナの眼から涙がゆっくりと頬を伝い、濡らしていく。その涙が何を意味しているのか、ムディナには理解は出来ないし、不意に流れてしまったものが止まりそうにない。
「無限龍王技・至天・悲葬」
それは、悲しみの力。感情の力が、無限の力と呼応する。それが増幅され、剣の力を増していく。エレルの長年の悲しみを葬る技へと変わり出す。その悲しいは、ムディナもよく知っているものであるからだ。
縦に振り下ろした剣は、エレルを簡単に貫いた。エレルはその一撃を認識する事すら出来ず、構築されている肉体が崩れ落ちる。いや回避する事が出来ないというより、自らがする事を拒んだのかもしれない。
ムディナの悲しみの同情が、エレルに伝わっていたからだ。自分以上に、この世界に悲しみを抱いた存在はいなかったが、それでも悲しみを理解しようとしてくれているのは分かった。それが伝わり、それでもこのまま前に進むという決意を示した。
それはエレル自身には、出来なかった事であるからだ。本当ならその悲しみを背負いながらも、もっと別の方向で生きていく事だって出来たからだ。
ただ、もう既に遅い。自分はもういくとこまでいってしまった人間だ。崩れゆく体の中、掠れた視界から妻と娘が見える。ようやく私はそっちに行く事が出来る。本当に出来損ないの父ですまない。
眼から涙が溢れていく中、不意に言葉が耳元に響く。
「お父さん!?」
その声は、娘の遺伝子を持った人造生命だ。娘に似ているだけの、ただの娘の仮初だ。何の感情も湧きはしないのに、どうしてだろうか。涙が出てくる。
「君は私の娘の仮初だ。だから私の事を、もう父と呼ぶ必要性などない」
それははっきりと、エリナスを切り捨てるという事を言っているに他ならない。エレルからしてみれば、娘に似ているだけの全く別の存在だ。顔など見たくもなかったからこそ、突き放すように言った。
「知ってたよ。私も、私だったその全ても。それで最初のエリナスの記憶も持っているよ。歌の力って、凄いね。時も何もかも超えて、結ばれる。だからお父さん、いつもありがとう。こんなにも頑張って、私を思ってくれて。数千年の時の中、私だけを生かしてくれて。どんなに世界からお父さんが疎まれようと、世界から嫌われようと、私は好きだし、尊敬しているよ。だから愛してくれてありがとう」
それを聞いた時、エレルはほのかに笑った。それを聞けただけで、もう悔いはない。ずっとずっと隣にいてくれたようだ。それにすら気づかず、盲目的に病気としか向き合ってなかった自分が、心底腹立たしい。父親失格だなと、自分を卑下する。
「私は先に行っているよ。だからエリナス、これから先、どんな事があろうと進んでくれ。それが父としての、私の願いだ」
エレルとエリナス、その家族には家訓とは言わないまでも、ある言葉が彼らを繋いでいた。それをエリナスも当然知っている。その言葉があったからこそ、二人はここまで来れたんだから。
「どんな事があろうと、この先へと」
それはどのような苦難や困難があろうと、どんなに苦痛や悲痛があろうと、先に行く事をやめていい道理はないという事だ。二人はその言葉を裏切る事が出来なかった。それは二人が好きだった妻であり、母からの言葉でもあった。
「それを聞けただけで、私は悔いはないよ」
それを言い終わると、エレルを構成されている肉体は、霧のようになり光の粒は空を舞う。それが命の光が空へと、消え去るようであり、悲しくもなった。
エリナスはそれを見届けて、光すら視界にへと入らなくなった時、膝が崩れ落ちる。
「嫌だよぉぉぉぉぉーーーーーーー!? お父さん、いかないでよおおおおおおおおおおお!?」
エリナスの絶叫だけが、崩れゆく異界にただ木霊していた。




