三百ノ五十四話 歌姫と龍王・・・
「それではムディナ様、あちらにいる彼等を倒しましょうか」
エリナスはそう剣士達の集団を指差した。エリナスは隣に王子様のようなムディナがいる事で、ウキウキとした嬉々とした表情を浮かべていた。友達であり、救世主、そして好きだというしっかりとしたエリナスのその感情がより彼女を興奮させていた。
今まで生きてきた中で、こんなにも楽しいと思ったのは初めての事である。意識がしっかりとしてから、ずっと病気と闘ってきたエリナスからすると、楽しいなどという感情など生まれてはこなかったからだ。
「何かエリナス嬢、こんなに危機的状況なのに楽しそうですね」
ムディナは、エリナスの初めてのその表情を見て唖然としていた。そんなにも楽しそうにしてて、ムディナからすると元気で良かったと安堵するものである。
ただ実戦経験が皆無なエリナスは、剣士達に太刀打ち出来るか怪しいだろう。だからこそ前線で戦うのは、ムディナの方がいいだろうか。そのように考えると、ムディナは脚に力を込める。
「エリナス嬢は、俺の支援を」
ムディナは龍剣を手に、剣士達に向かって間合いを詰める。今までの戦闘経験では、全く存在しない根本的に生物とはかけ離れた異形のような強者を前に剣士達は立ち向かう。人の形をしている筈なのに、龍のような風貌を幻覚のように可視化される。それは剣士達が長年の経験が見せた姿に他ならない。
青年の気配が、龍の姿を形作っているからだ。もはやムディナは人を超え、龍へと進化した。真に星から龍王と認められたからこそ起こる現象だ。
「かの者に力を。歌姫の力の恩寵」
エリナスがそのように言葉を発して、歌を紡いでいく。魔力が霧散し、それはムディナに纏わりつく。歌唱魔法とは、本来の使用用途は味方の強化と支援である。ムディナの力が本来の数倍に増幅されたように、力が増していく。
「これは面白いな」
ムディナは龍剣を強く握り締め、剣士の一人の間合いを詰めた。剣士が詰められたと認識した時には、その行動は遅かった。剣を振るい、外敵を排除しようと動く。
「禍轍・焔」
禍々しい紫色の焔を剣に纏わせる。闇炎魔法、これも古代魔法の一種であり、神々を殺す為に創り出された異常な魔法。魔力を使用するのではなく、魔力と自らの生命力を混合させ発揮するものである。
そしてそれは、龍剣ですらまともに受ける事は出来ない。不壊の付与が意味を成さず、剣が朽ち果てるだろう。あらゆる魔法を焼き殺し、何千年も時が過ぎ去ったかのように朽ち果てる。それが闇炎魔法である。
「本当に古代魔法のオンパレードだな。だが無意味だ」
ムディナがムーンサルトの要領で飛び上がると、それと同時に剣士の首が一瞬にして落とされる。剣士は斬られたという認識を持つ事なく、そのまま床に倒れていった。
「あと三人か。面倒臭いな」
仲間が死んだというのに、一切の動揺など無かった。やはり操られているか、若しくは精神という概念そのものが無い可能性が高い。どれだけ鋼の精神を持とうが、仲間が死ぬという現象には、何かしらのリアクションが機微でも少しばかりは存在する。それは人であるなら必ず存在するものだ。
それを感じ取れないムディナではないので、この剣士達に違和感を覚えていった。
「魂縛・荊」
ムディナは一瞬にして、動きを止められた。それを見計らったように、二人の剣士達が間合いを詰める為に走り出す。その一瞬の隙は、剣士達には充分な時間だった。
「私を忘れていますよ!? 護れ・かの者の命を・歌姫の護の恩寵」
ムディナの周囲に護りの魔力が展開される。剣士達の凶刃は、ムディナに届かなかった。ムディナは助かったと思いつつ、エリナスが後方で支援してくれる頼もしさがあった。
エリナスは胸に手を当てると、立て続けに魔法を行使した。歌唱魔法とは、莫大な魔力を消費する。それは一つの魔法を行使する為に、普通の一般的な魔力量を一気に消費するものであった。
しかしエリナスには途轍もない魔力量を持っていた。その魔力が石化という現象を周囲に発するくらいには。それが無くなった今、エリナスは存分に魔力を行使できる。
「遥か彼方にある石を呼び寄せたまえ・歌唱・隕」
突如、エリナスは巨大な隕石を召喚した。それは剣士達を、ムディナを覆う大きさを秘めており、衝突すると途轍もない爆発を引き起こす威力を秘めていた。それはムディナを信頼していて、尚且つ剣士達を一網打尽にする策でもあった。
しかしそれにしてもやり過ぎである。ここが時空から隔絶され空間であるからこそ出来る芸当でもあるだろう。
剣士達は身構えると、一人が剣に力を込める。そこには魔力を凝縮させ、力が増しているようだ。そして眼前には巨大な隕石を見定め、その命の危機の脅威に対して相対する。
「一閃・断絶」
横薙ぎに剣が振るわれたかと思った時には、隕石は横に真っ二つに斬られていた。しかしそれは隙として存在していた。ムディナはいつの間にか姿を消していた。隕石という脅威にばかり意識が向かっていた事で、剣士達は姿を見失う。
ムディナは『チャンス』と思い、隕石を叩き切った剣士に龍剣を振るう。確実に入ったかに思えた剣は、いとも簡単に仲間に防がれた。まるで未来を見ていたかのように、完璧なタイミングだった。
「お前、盲目か。だから魂を観測しているのか」
その剣士は眼が見えていなかった。しかし剣士には魂を観測して、動きを予測する術を持っていた。時空間領域魔法という高みに至ったのは、魂を観測することが出来る事で物理世界とは別の世界を観測出来るが故だろう。世界を認識するのは他とは違う事で、時間、空間との境界が曖昧であるからだ。
「常時、魂を観測するとかよくやるよ」
ムディナは眼を閉じた。そうすると感覚がより研ぎ澄まされ、無限と龍王の力を引き出す。それが本来の今のムディナの全開と言ったところであろうか。龍剣に闘龍気が流れていく。それが龍剣の鋭さと威力を上げていく。
「龍王技・無龍」
ムディナの背後に透明な龍が形成される。無限の力と闘龍気により生み出されたそれはムディナが剣を振るった時、剣士達に襲い掛かってきた。
一瞬にして剣士達二人は、その龍に喰われる。喰われた剣士達は、無龍の力へと還元されその姿を消し去った。成す術などなく、あらゆる力を喰らうそれは最後の一人の剣士に襲い掛かる。
しかし無龍は動きを止めた。やはり肉体を縛るものではなく、固定という事象を引き起こす力を持っているようだ。あらゆる力を喰らう無龍だが、動きを固定化させられたら何も出来ないだろう。
「龍王技・飛焔」
黄金色に輝く炎が、剣士に襲い掛かる。剣士は手を前に掲げると、ムディナは動きを止める。しかしムディナは龍王の力により、固定化させるという力すら容易に喰らい、その剣は振り下ろされた。
剣が振り下ろされると、全身が黄金色の炎に包まれた。それは跡形すら残らず、消え去った。やはり剣士達に、精神性と呼べるものは感じなかった。
「ありゃ、人造魔生命体だな。それも高度なまでに、他者の遺伝子を再現したものときたもんだ」
古代魔法を扱える剣士の遺伝子と力を再現したのが、今の剣士達だろう。普通なら今の時代に失われた古代の力を扱う術など、そうそう存在しない。それに加えて卓越した戦闘者としての経験にも違和感なく説明出来る。
遺伝子に刻まれた戦闘経験をも再現出来るとは、これを生み出した存在は神にすら匹敵するくらいの科学者であり、魔導の道を極めている存在だろう。
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