三百ノ五十二話 有限と無限・・・
「成程…………俺らは一度死んでしまっていたんだな」
そう小一時間ずっと泣いていたムディナだったが、落ち着きを取り戻しレストにさっきまでの出来事を説明していた。
レストからしてみると実感のこもらない話でもあった。レストはホワイトの事を認識する事もなく、真っ白になり消えていた。それはつまり認識も、痛みも、何もなく終わっていたという事実でもあった。何も感知する事が出来なかった事に対して、レストは「そうなんだ」と納得する事しか出来ないだろう。
納得は出来る。理解も出来る。ムディナからの話という事で飲み込む事が出来る。ただそのような、出来事があったという実感だけがないというのは以下にももどかしいものだった。ただ時間だけが過ぎ去っていたようにすら思えて、仕方なかった。
「でも不思議な感覚だニャ〜。何て言うか体が軽い気がするしニャ」
シューレナはヒョンヒョンと跳ねながら、二又の尻尾を振り回していた。恐らく生命力に満ち溢れている証拠だろう。ある種二人は以前よりかは強くなっているだろう。肉体的な強さというのは、生命力に直結している話だからだ。
むしろ生命力が溢れている影響だろうか。二人の体は以前よりはるかに頑強であり、生命力をヒシヒシとムディナは感じていた。聖獣の力というのは、そんなにも強力であり、異常な強さなのだろうと再認識する事が出来ていた。
「それはそうと、根本的な部分が解決してないだろうが。黒いスライムとそれを生み出している元凶を倒さないといけないだろうに」
ムディナはすっかりその事を忘れていた。ホワイトという強敵を倒した事で頭がいっぱいだった。そもそもここに来た目的というのが、二人の無事と学院総出でこの緊急事態に対処するものである。
あの朱色の柱は一体何なのか。それを解き明かす事が必要になってくる。異常な魔力を感じているし、地脈から力を吸い上げている。星すら簡単に滅ぼしかねない程の強力な魔法陣だ。
そのような芸当は一朝一夕で出来るものではない。途方もない年月があり、初めて実現出来るかと言った話だ。それが今まさに発動するのだ。防がないと世界の終末が巻き起こる。そんな事は許される筈がない。
そのようにムディナが考えていると、一人の男が歩いてくる。ムディナに、そこにいる誰もがその男を知らない。それに加えてムディナ以外、その男を認識する事が出来なかった。
ホワイトのような転生者であるのは即座にムディナは見抜く。しかし敵意も殺意もそこにはない。ただホワイトとは完全に異なる生命体という感覚だけがそこには存在していた。
「やはり他の存在には、俺を認識する事すら出来ないようだ。星から強制的に拒絶されるというのは不愉快なものだな。なぁ、君もそう思うかね?」
ムディナは反射的に既に動いていた。龍剣は黄金に輝いていて、異界と存在の排除の為だった。星柱としての姿をムディナは既にしている事から、星がそれ程までの強敵と定めている事になっていた。
「龍王技・アースガルド流・無限連斬・轟月」
無限に繰り出される無数の斬撃が、男を襲う。それに加えて龍王の力により力を削ぎ落としながら轟くような轟音が響き渡る。音のエネルギーを乗せる事で、より攻撃力と速度を増した一撃を繰り出す事が出来る。
ムディナはあり得ないものを眼にする。本来ならそう簡単に防ぎきれるものではないと、そう思っていた。龍王の力や無限の力を相乗させての攻撃でもあるからだ。
それが人差し指一つで剣を止めていた。ムディナがいくら剣を動かそうとしても、その剣は一つも動かす事が出来なかった。まるでそこに固定させているかのような錯覚すら覚えてしまった。
「いきなり斬りかかるというのは、それだけ星からも、龍王の力が脅威と感じている証拠か。今回は外敵を排除する為に動くつもりはない。そこにあるホワイトを回収させてくれ」
ムディナが考える間もなく、男はホワイトの前まで既にそこにいた。明らかに移動という現象ではない。既にそこにいるという現象を、無理やりに発生させているような感覚だった。理解を、現実を、あらゆる部分を歪め、発生させるその男の力の正体にムディナは気づけなかった。ただ親近感と共に、ムディナの力と似通った気配を感じ取る事が何となくだが出来ていた。
「その顔は、ようやく様々な色が綺麗だと認識出来たようだね。死の間際に力が抜けるとそのように思えるとは、心底星からの祝福というのは残酷に思えて仕方ないな」
男はホワイトの真っ白な顔を眺めて、微笑みながらそのように呟いた。そして静かに流す涙が、男の何かを物語っているようにムディナは胸が苦しく感じた。
「君は以前の仮面の男だな。そのような顔付きだったか。やはり感じていた違和感をようやく理解出来たよ。本来なら憎くて仕方ないが、我等はむしろ滅びを受け入れている。その滅び一つで、我等が止まる事はない」
その男はホワイトを抱えながら、ムディナを見定めるようにして言った。龍王の力は警鐘と共にその男の力の正体を解析出来た。異界の存在で、脅威に感じた時、あらゆる力を解析する事が出来る。
『有限』――――――――あらゆる力を生み出し、あらゆる力に制限をかけることが出来る。無限の力とは対称的に無尽蔵に力を行使したり、無限のエネルギーを生み出して操ったりするものではない。
「その顔はどうやら盟友の力により、俺の力の正体を看破したか。君の力とは違って、小難しいものだよ」
その男はそのように微笑む。そこにある笑みは、何処か懐かしむようなものであった。ムディナが見ているようで、その実力の元の持ち主に対して言ってくるようにすら思える。
「あんた………………まさか御伽噺に出てくる勇者か?」
龍王の力を盟友と言っていた事から、ムディナはそのように結論付けた。転生者、龍王の盟友、勇者、この男の正体を看破するには充分なものであった。
その男は青い澄んだ空を眺めて、何か思いを馳せていた。初代龍王としての出来事を思い出しているのか。それとも何か別の事を考えているのか定かではない。ただそこにある表情は、何とも言えない顔だった。
「そのように呼ばれるのも久方ぶりだな。我が愚かだっただけの話だよ」
「少し話過ぎたな。今回の目的は既に終えている。星が滅ぶ運命は存在しない。君のような抑止力がまた世界の未来を存続させるだろうからね。この国の王も不憫なものだ。悠久の時をこの日の為に費やしたのに、君のような力ある存在に防がれるとはね」
男はそう言うと、ホワイトを抱えて姿を消した。そこには何も無かったかのような静けさだけがあった。星がその男を、世界の認識から排除している。それだけの事を男はしていたのかと、ムディナは疑問に思ってしまう。
そして時が動くようにして、シューレナやレストは動きを開始する。隔絶された異様な空間は、消えていた。恐らくそうでもしないと、男の力一つで簡単に星を滅ぼしかねないからでもあった。
二人は過呼吸になりながら、息も絶え絶えだった。思いっきり息を吸い、ようやく平常になる。
「何だったんだ? 何があった?」
レストはキョロキョロと周りを見渡して、何かがあったという認識はあるようだった。ただ何があったかまでは、理解出来ない様子だった。
「何も無かったですよ。とりあえずその事態に対処しましょう」
ムディナはそう言うと、レストも思考を切り替えて魔力の柱を見据えていた。
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