三百ノ四十七話 終わりの始まりと避難所・・・
「明らかに数が多過ぎるだろうが。どれだけの数を量産したんだよ」
そんな風に不貞腐れたように言いながら、ようやく宿舎に辿り着いた。どうやらウィズダムの学院の敷地全体を結界で覆ったようだ。それも強固に多重に結界を組んでいる。その結界を作り出している魔力は一人の者であり、どうやら結界に長けている生徒がいるという事でもあった。
「普通の結界を多重に組むならまだしも、聖なる結界も多重で組むとか人間離れした魔力と操作技術だな。ゾッとするな。マジで」
ムディナは本気を出さないと突破出来なさそうなくらいには、完璧で完全な安全地帯だった。六芒星の一翼に、結界術のスペシャリストがいるという話を聞いた事をムディナは思い出す。つまりこの結界術は、その六芒星の一人が張ったのだろう。
「ムディナ、帰っていたか」
レストは安堵した様子で、ムディナの元まで真っ直ぐとこちらに近づいてきた。街まで出掛けていたので、ムディナの安否が気になっていたようだ。
「すみません。ご心配お掛けしました」
恐らくこれから黒きスライムの掃討戦、または原因となった存在の特定と対処を目的となるだろう。ムディナが見渡す限り、実力的に高い人が多くいるようだった。息が詰まりそうな空気の中、緊迫とした雰囲気を誰もが感じていた。皆が皆、恐怖を感じていた。未知とすら思える新種のスライム。未だ正体が不明な、これを引き起こした元凶。
実戦経験が豊富な人材が多くいるが、それでも死の予感というものが背中を摩るように悍ましく浮き出てくる、ムディナでさえ、それをヒシヒシと身に染みるように感じていた。
「ムディナ君、気をつけてニャ。いつでも剣を引き抜けるようにしてて」
シューレナの勘の良さというのは、未来予知のような正確さがある。シューレナのその発言が何を意味しているかというと、決してこの結界が安全地帯となりえないという事でもあった。どれだけ強固な結界と言えども、隙は存在している。だからこそシューレナのその予感はすぐさま理解する事となった。
「色々な色で輝いているね。やはり君は、我々にとって一番の障害のようだ」
声がした方をムディナは瞬時に振り向くと、そこには堕象の時にいた白き男性がいた。真っ白で何一つ汚れなどない、清潔でありながら、何処かしら不気味にすら見えてしまう存在である。
白き存在が脚を強く踏み締めた。その瞬間、周囲の光景、地面が白く色を失っていく。それは機能が停止する表れであり、その白に触れた時、人間、生物として終わりを迎えるだろう。
「やめろーーーー!?」
ムディナは大声を上げながら、無限と龍王の力を一気に引き出す。このままだと周囲にいる人全員が、死んでしまう。それだけは防がないといけないのに、間に合わない。白き存在は、何も感情を発する事がなく、まるで人間を人間ではなく別の何かと認識しているように書き消そうとしていた。
ムディナにとっての大切な人を、レスト先輩、シューレナ先輩が居なくなってしまう。それを防がないといけないのに、それが出来ない。
白い領域は、シューレナとレストを飲み込んでいく。さっきまで数百、数千人居たであろう人が居なくなっていた。いや白い粉となり崩れ落ちていた。ムディナが踏み締めていたのは、人であった筈の亡骸だった。
「え……………………あ……………………あ……………………」
言葉を失っていた。一瞬にして、人が人ではなく、白き粉となり塵と化した。その現実をムディナは理解する事が、脳裏が拒否する。思考する事を、本能がそれを許しはしなくて、心の奥底の防衛本能が出てくる。さっきまで話していたレスト先輩やシューレナ先輩は何処に消えたのだろうか。
そんな事ありえない。そんな事あってたまるか。嘘だ、嘘だと言ってほしい。こんな事が、こんな一瞬にして居なくなる筈がない。現実ではなく、恐らく幻だ。幻であり、夢なんだと。
唇を噛み締め、何とか正気を保つ。それを同時に途轍もない殺意が自身の中を激しく駆け巡っていく。それは今までムディナが感じた事が無い程の激情となっていた。
「お前ーーーーーー!?」
龍剣を引き抜き、一気に白き男性に詰め寄る。一瞬でも気が抜いた自分が馬鹿だった。自分の大切な人達を、まるでゴミでも捨てたかのように何の感情も湧かない目の前の存在にムディナはただただドス黒い殺意を持っていた。
「龍王技・アースガルド流奥義・韋駄天龍業滅尽破」
激情に駆られたムディナは、瞬間的に奥底にある潜在能力を引き出した。その速度は次元を飛び越え、速度という概念すら存在しなかった。ただ斬られたという結果がそこに存在しているのみだった。
地面を一直線に抉り取られ、眼前にいた白き男性は姿を消していた。いやムディナからすると手応え自体はあり、ムディナの殺意の一撃だけで白き男性は肉片一つすら残す事が出来なかったようだ。
「…………………………ちきしょう」
涙が溢れ出て、自分の無力感を感じる。何が龍王だ。何が龍神達に、憧れに近づくだ。目の前の大切な人達一人すら救う事が出来ないじゃないか。何でこうなったんだよ。
「クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが!?」
悲しみや自分に対する怒り、無力な自分の嫌悪感。自分で自分を追い詰めるように、ただひたすらに自分で自分を殴る、こんな役立たずなシフトなど世界に必要ないからだ。
「そんなにもあの人モドキ達の事が大切でしたか。それは申し訳ない事をしました。しかし紙屑である彼らが、我々の新たな世界の肥料になるのであれば、本望でしょう」
泣き腫らした眼のまま、声のする方を振り向く。そこには抉れた地面を上に白き男性が何食わぬ顔で立っていた。あの一撃を防げたとは思えなかった。明らかに手応えがあったからだ。ムディナ自身がそれを間違う筈がない。
つまり肉体的に消滅したのに、再生したという事だ。ムディナが放った一撃は、魂すら消滅させるものである。いくら不老不死の存在であろうと、魂の一撃を無視する事など出来ない。
一度それで死を司る存在を倒したからこそ、分かっている対処法だ。しかし目の前の存在は傷ひとつ付いてない。まるで攻撃そのものが無かったかのように。
「驚く必要はありません。私と言えど、あの一撃で一度死んでいます。ただその出来事を『白紙』にしただけです。それで消えた貴方の大切な方々も、報われるでしょう。漂白した事で、彼らは救われたのです。報われたのです。だからこそ救済者である私を攻撃する事は意味などないのですよ。真っ白になる事で、この世界も、新たな世界も綺麗になった事でしょう」
何を言っているのか、ムディナには理解が出来なかった。まるで全人類が汚物であるかのような物言いだった。精神的に破綻しているというよりかは、壊れていると言った方が正しいだろう。異質な存在、背筋に強い寒気を覚えてしまう。まるでムディナの怒りや殺意すら、彼にとっては真っ白にする対象に過ぎないのだ。
「貴方のその激情も、今や苦しいでしょう。大丈夫だよ。そのような汚い色も、綺麗に白く塗り潰してあげます。それが貴方にとっての救済となるでしょうから」
白き男性は手を前に掲げる。異質な白き力が、手に集束しているのが分かる。龍王の力により、あらゆる力の流れを認識する事が可能になっている。感知してみてわかったのが、目の前にいる白き男性は最早人ですらないという事実だった。白き力により、全てを侵食されている。
あれは人の形をしたあらゆる全てを白き染め上げる魔人のようなものだと、ようやくムディナは認識した。
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