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八千職をマスターした凡人が異世界で生活しなくてはいけなくなりました・・・  作者: 秋紅
第二章 遺跡の町は浪漫に満ちてました・・・
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三十二話 戦闘試験が始まりました

 俺はこの冒険者ギルドのマスターであり、元S級冒険者であるアディオさんに連れられてこの建物の裏の方に来ていた。そこは普通の裏庭で、俺が想像しているのとだいぶかけ離れていた。俺が想像したのは、闘技場のような、ローマのコロッセオのような観客席があって、中央にドデカイ広場があるイメージがあったのだが、普通であった。雑草は生い茂り、隅の方では一本だけポツンと寂しそうに生やしている樹木がある。それに対して広くも無く、よくある一般的な庭のような子供が遊べる範囲内の小さな庭であった。




 こんな所でどう戦闘試験をしろと言うのだろうか。普通に考えてこんなひっそりとした空間で激しい戦闘を行える訳などないのだ。俺は眼を細めながら、訝しい表情をしていた。

 そもそも何を裏庭で準備したと言うのだろうか。雑草が生い茂っている事から整備する為に草刈りをした訳でもなく、何か見渡す限り武器や防具、壁の補強などそんなのも見当たらない。この庭に先程準備したという異物らしきものは何もなかった。そんな違和感のまま、俺は隅の方に立たされた。




 そして向かい側にはこのギルドのマスターであるアディオさんがいた。どうやら彼女が、その戦闘試験の監督官で、試験官のようだ。それについては本当に安堵した。アディオさんは元S級冒険者であるので、どこまでその『S級』という最高ランクの冒険者の実力を知れるのはありがたい事だった。




「それじゃ準備してね」




 アディオさんの服装はさっきの受付とは変わっており、動き易い服装になっており腰には何本か短剣の鞘がある。ベルトも着用しており、ポーチもあって冒険者というのがよく分かる服装だった。

 アディオさんは短剣を抜いて、戦闘態勢に入る。短剣を抜いた動作も自然的で、音一つ立てずだった。余程熟練とした抜き方をしており、彼女が相当な実力者なのだと少し見れば分かった。腰を低くして、短剣を両手で構えた。右手の方が前に出ており、左手は手前なので、右手は基本的に攻撃、左手は防御と分けられているのだろう。その構えも長年の戦闘経験によって編み出された態勢だと、俺は感心してしまうし、学べる事だった。




 それを見ると俺なんてまだまだなんだなと少しガッカリしてしまう自分がここにはいた。こんな凄い人間が目の前にいる時点で、俺なんて負けるのが確定してるようなもんである。しかしそもそもこれは戦闘試験であるので、戦闘の実力を認めてくれたなら合格判定になる。つまりまともな動きをするだけで合格するのだ。楽勝中の楽勝なのだと、俺は高を括ってしまう。




「分かりました。けど――――俺が弱くても落胆しないでくださいね」




 俺は苦笑いを浮かべて、アディオさんに言った。俺は腰にある剣を抜いた。普通の剣であり、アディオさんに比べたら質も違う気がした。

 そして俺が剣を抜くと同時にアディオさんが至近距離まで接近して来た。うん、何の始めの合図も無しに始めたよ。この人。




 アディオさんは右手の短剣を弧を描く様に俺の脇腹目掛けて斬りかかる。

 本気で殺す気じゃないか。アディオさんの目つき怖いな。殺気とはまた違う、無機質で、無感情のただただ目の前の生物を殺すキリングマシーン化していた。




 俺はそのアディオさんの短剣を自らの剣でなんとか受け止める。認識から反応までの時間が少しでも遅れていたら危なかった。しかしすかさずアディオさんは、左手の短剣で追撃を謀る。そして完全に死角となっている方向からの攻撃であった。




 これがS級冒険者の実力か。受け止められる事を前提に据えて、右手の短剣が受け止められた瞬間すでに左手が動いていた。そんな神業じみた速度と反応、判断能力、どれを取っても一流と呼ぶに相応しい人物であり、俺は素直に尊敬した。




 ただ一つ甘いのは、防御である筈の左手を攻撃に転用した事だった。それは流石に甘さ、もしくは余裕から来る代物である。多分であるが、自身の速度と反応に自信があり、それによる行動だと俺は思った。その隙を突き、俺は申し訳ないがアディオさんの腹に直接右脚の蹴りをお見舞いした。その速度は優にアディオさんの速度を超えており、反応も追いつかない速度での蹴りだった。




 アディオさんが気づいた時には遅くて、吹き飛ばされてしまう。ただ加減はしているので死にはしない事だろう。ただ少し打撲程度にはなるかもしれないが、アディオさんなら平気だろう。

 アディオさんは吹き飛ばされたが、受け身を取りダメージを最小限に留めた。それどころかピンピンして立っていた。普通に痛がると思ったが、この程度の威力の蹴りだと問題ないと言った様子だった。




 それにしても違和感のない、手応えの無かった。まるで紙や布のようなひらひらとしていて、力が直接受け流されるようなそんな感じだった。




「いや危なかった。危なかったよ」




 アディオさんは先程の眼とは違い、初めて会った時の朗らかな笑顔をしていた。そして何か覚悟を決めた様な顔つきにすぐ変わってしまう。




「ここからはマジで行くよ。加減しないし、少し余裕見せたら死ぬからね」




 アディオさんはポケットから髪を結ぶゴムのようなものを出して髪を結んだ。さっきは結んでいなかったが、やはり結んだ方が邪魔にならないのだろう。ポニーテールのような髪型になり、ここからが本番のようだった。さっきとは打って変わって圧が段違いに変わった。それは冷たくて、凍えそうで、押し潰されそうな、完全に殺すだけの圧だった。




 俺は息を飲みながら、アディオさんの行動を観察していた。

 が………………アディオさんがいつの間にか姿を消していた。いや完全に腰を低くしての死角からの超速度だった。懐に入られてしまうが、距離を取ろうとするのは悪手だろう。流石にそんな速度を出されたら、距離を取った所でイタチごっこだ。つまり迎え打たないといけない。




 アディオさんが懐まで飛ぶ込んだ短剣が空を斬った。完全に懐まで飛びこんだし、死角からの攻撃、意表を突いた見事なまでの行動だった。自分で自負するような行動だった筈だし、当たると思った事だろう。しかしそこに俺という存在の姿は何処にもなかった。




 しかしアディオさんは長年の経験値による直感で、背後を振り向き短剣を振った。そこには確かに俺の姿を捉えていた。剣を振って終わりだなと思っていた俺だったがそう上手くいく訳もなかった。アディオさんの短剣と俺の剣がぶつかり合う。しかしすかさず、右手の短剣で俺の剣を力を流す様にして短剣が俺の首を捉えた。



 しかしそれが当たる事はなかった。またもやアディオさんは俺の姿を見失う。気配すら無く、最初から完全に俺という存在がいないかにすら思えている気がしている事かもしれない。




 また俺は背後から剣を振った。自然に、何事もなく、息をするかのような、そんな一途期の朝のモーニングタイムかのような当たり前による斬撃、動きだった。敵意、殺意、あらゆる負の感情など俺には必要ない。ただ淡々と『これ』を終わらせればいいだけだ。




 最早アディオさんは凄い速度で距離を取った。このままではいつかジリ貧になって負けてしまう事を悟ったのだろうか。




「あんた………………怖いよ。なんで何も感じないの?」




 アディオさんは冷や汗と呆気に取られた表情を浮かべて俺に問いかけてきた。そんな事を言われても、俺は俺としか言いようがないしな。ただな、そうだな。一つ俺でも自覚している事はある。




「俺はそうだね。普通になりたいだけの異常な人間なんですよ。だって目の前にあるのってアディオさんという存在なだけなんですから」




 アディオさんは、俺の言葉が理解出来ずにいた。それもそうだろう。理解してもらうつもりなんてないし、こんな事を理解して貰いたい訳でもない。ただ俺は目の前のアディオという存在を倒して試験を合格したいだけだしな。

三十二話、最後まで読んでくれてありがとうございます



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