三百ノ二十七話 異次元ノ存在・・・
どういう事なのだろうか。想定外の事があり過ぎて、困惑してしまっている存在がいる。自分からすると、そこまで自我自尊している訳ではないが、自分はそれなりに強い事は自負している。魔呪の剣と共にいるだけで、誰にも負ける気など毛頭ないのだが、目の前の存在はそれすら凌駕して別格であった。
何をしようが、どれだけ足掻こうが、勝てない、そんな確信すらハーレスはあった。
手汗が滲み、剣の剣先へと伝っていく。雫が床へと落ちていき、濡らしていく。それが動揺の表れだという事は、この部屋に いるものなら誰でも分かる事だった。冷や汗が止まらなく、気持ち悪い感覚が湧いて出てくる。
それでも剣を握る手を緩めたりはしたくなかった。それは夢を本当の意味で背負ってくれる親友と約束しているからだ。その手に握られているという事は、夢を一緒に背負ってくれているに等しい行為だ。だから負ける、勝つ、そんな話ではなく、単純に手放す事は、それ即ち夢を手放す事を意味している。
だから絶対に握る手を緩めることは、許されなかった。どんな絶望的な状況でも、どんな苦境の中に居ようと、そんなものは夢を手離す事に比べれば安いものなのである。
そんな覚悟をハーレスは決めると、眼前を見据える。それを見たムディナは、どうやら心は決めたのだと察する事が出来た。ムディナも龍剣を強く握り締め、ハーレスと相対していく。
『異次元ノ存在』
キムラヌートは、目の前の敵対存在の異次元なのは分かりきっていた。その心の内は、ヌートからハーレスに流れていく。それでも覚悟を決めているハーレスも理解している為、ヌートは主人の最大限の期待に応えることにした。
「龍天百花剣・龍突獄沙・光槍」
ムディナは強く地を蹴ると、一気にハーレスとの間合いを詰めていく。ハーレスはそれに反応するように、剣を前に突き出す。そうすると真空の障壁を創り出し、それに魔力的な保護を施した。
ムディナは螺旋状に闘龍気を流し込むと、黄金に光り輝く巨槍を彷彿とさせるようだった。それがハーレスに襲い掛かろうとすると、真空の障壁と黄金の巨槍はぶつかり合う。
衝撃により、部屋全体が揺れ動く。地割れでも発生したような、そんな大きな揺れとなっている。二つのエネルギーが拡散すると、消滅して、そこに残ったのは二人の姿だけだった。
「やはりムディナ君に勝てるイメージが湧かないね」
そんな気丈に振る舞おうとしているハーレスがいた。実際はあまりの威力の大きさに、よりムディナという存在の脅威を認識していた。
いや、そもそもムディナの方がアレを防ぐなど、予想すらしていなかった。光龍神様に教えて貰った技の一つであり、その威力はムディナも良く知っているからだ。
光槍を防ぐという事は、あの障壁の防御力は凄まじいものなのだという事は実感出来た。龍剣から伝わってくる手の痺れが、それを意味していた。
右手が震えている。久しぶりに感じる、その強者と相対しているという事はムディナにとっては堪らなく嬉々としていた。未知の戦い方をしているという事が、よりムディナを激らせているのだろうか。
ムディナの冒険心と探究心が、心を躍らせている。不意に口角が上がり、笑ってしまう。その笑いが目の前にいるハーレスに対する嘲笑ではなかった。ただただ心の奥底から湧き上がっている激情があっただけだ。
「次はどんな手で、俺に攻撃を加えてくる!?」
龍神達は基本的に心優しく、厳格な存在だ。しかし龍達の本能が呼び覚まされるのは、決まっていた。それが戦闘する事で、激っていくと、龍達は本能が呼び出されていくのだという。龍達は根っからの戦闘狂なのだと、ムディナも理解しているし、自身もそれは分かっていた。
「物質は全ての可能性を産んでいく。我は原初を呼び覚まし、我らは物質へと回帰する。始まりはエネルギーとなり、終わりはエネルギーへと終焉を迎える。原初と終焉は理であり、その先に満たされるのは、物質主義となる」
ハーレスは魔呪の剣を真横に構えると、そのように詠唱を始めていく。紫の魔力が粒子となり、ハーレスの周囲を回っていく。
魔呪の剣は変形して、歪な形の大剣へと姿を変える。さっきまでは片手でも持てるような、普通の剣だったのだが、ムディナの身長の二倍はあるだろう大剣をハーレスは持っていた。
「大人げないが、本気で行くぞ」
ハーレスは別に特異属性を保有していた。剣や斬などの属性が、特異属性に該当して、そのどれもが途轍もない強さを誇っている。自らの魂の根源から直接、魔力属性を引き出せるものだけが扱う事が出来る。
それが今、ハーレスは発揮した。どんな魔法属性なのかは、未だに不明だった。ムディナは深く観察しながら、警戒して間合いを詰めていく。
闘龍気を身に纏っている事で、龍神以上にムディナは頑丈である。しかし即座に違和感に気づく。闘龍気が上手く扱えないのだ。いや引き出そうとすると、すぐさま抜け出すように操作が効かなくなる。
ムディナの闘龍気が、エネルギーそのものに変換され、魔呪の剣に吸収されていた。文献にあるキムラヌートは、あらゆる情報の保存と抽出である。エネルギーそのものを吸収する事など出来るものではなかった。
明らかに別の能力が付与されているし、魔呪の剣の性能が格段に向上している。さっきとは力の圧そのものが違っている。それが意味するのは、単純にして、明快だ。性能が上がっているのだ。能力そのものが、ハーレスを糧に向上している。
「性能の引き上げ。能力の付与ですか」
付与魔法を扱う魔法使は、数多く存在する。しかしそれはあくまでも剣や盾などの物体の延長線上の力によるものが大きい。剣に直接炎の力を付与したりなどは出来ない。厳密に言うと、炎の力を込める事が出来るだけだ。
つまり剣そのものの能力に、『炎』という力を与える事は出来ないのだ。魔剣も同様であり、魔剣にも能力が付与されているように見えるが、あれは本来は剣そのものの能力が引き出されているだけだ。
斬る以外の延長線上に、特異な力が存在しているという事である。だからこその魔剣、聖剣は特異な存在であり、とても貴重だとされているのだ。
それを今、ハーレスは魔呪の剣にエネルギーそのものの吸収という能力を追加したのだ。能力そのものの延長線上にあるであろう力のその先を、ハーレスは発揮したのだ。
「流石、ムディナ君だね。この力を扱うのは、君が初めてだよ。基本的にこの力は闘いには用いないようにしていたからね」
ハーレスの特異魔力属性は、『性能』である。あらゆる物質、物体、存在全ての性能を極限まで引き上げたり、性能の直接的な強化をしたり出来る。
例えばその力は人に用いた場合、極限までの限界のその先を引き出す事が可能である。ただデメリットとしてあるのが、長時間性能の引き上げを行なった場合、あらゆる面に於いて壊れてしまう可能性が高くなる。人体の損傷など、ただの軽微な話であり、数分足らずで心臓に莫大な負荷が掛かり、死に至る。武器に用いた場合、ほんの一振りだけで、簡単に塵へと回帰していく。
だからこそあまり使い勝手の良い魔法ではない。そんな力を使う方がデメリットであり、魔呪の剣を普通に扱った方が遥かに強かった。
しかし魔呪の剣が通用しないどころ、まるで相手にすらなっていない現状だった。それならいっそこの力を行使して、全て出し切る覚悟で、ムディナ・アステーナと向かい合わないといけないと覚悟を決めていた。
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