三百ノ二十六話 六芒星ノ格・・・
「あいつら、別に呼んでいないんだがな」
ハーレスは観客席を眺めながら、不貞腐れるように呟く。ハーレスと肩を並べる強者達が、この戦いを観ている。それだけでどれだけのトーラス学院の価値が上がるか、ムディナには計り知れないくらいなのは理解出来る。
だから、ここは負ける訳にはいかない。負けるなんて言葉も許されない。勝つしか道は続いていなくて、先には進んでいけないのだから。
ムディナは強く剣を握り締め、構える。突き立てるようにし、脚を前に出している。刺突剣を持っているような構え方であるが、その剣先は斜め上を向いている。
本来なら龍天百花を扱う時、そのような構えをする事はしないつもりだった。それは龍を模している構え方であり、龍を模しているという事は、憧れに手を届いているという風にムディナは考えていたからだ。
だから絶対に物理世界に来た時から、一度もこの構え方をした事などない。しかし今のムディナには、トーラス国の、学院の誇りと意志を背負っている。ムディナが、ムディナで居られる大切な空間の他国からの評価が上がるので有れば、それだけは龍神達と何ら変わりなどない。気持ちの面で龍神達との憧れには手が届いていると信じているからだ。
「久しぶりにこの構え方をするな。懐かしい」
何処かムディナは思い出に耽るようだった。龍神達が必死に自分に教えてくれた龍天百花という戦技の数々を、今本気で目の前に繰り出そうとしていた。
「一つだけ、ハーレスさんに言っておきます。龍の一撃、その身にて味わうがいい」
ムディナは一気に後ろ足に力を込める。地を蹴り出した直後、ハーレスの認識は一気に歪み、目の前にはムディナが現れた。ただ直線的な動きであったはずなのに、眼が、動体視力が全く無意味になっていた。
ハーレスはそれでも即座に迎え撃つように、魔呪の剣であるキムラヌートに力を込めていく。しかしそれは一瞬の隙を生む。単純にして、認識すら出来ないまでの隙を今、ムディナは穿つ。
「龍天百花・奥義・龍咆轟」
闘龍気と魔力が一気に弾け飛ぶように爆散する。それは音の力へと変化して、衝撃波となる、龍達の咆哮を彷彿とされるその一撃は、ハーレスに襲いかかる。
「ヌート、防護展開!?」
ハーレスは焦りながら、魔呪の剣に指示を出す。それを既に察しており、防護結界を発動する。紫色のハーレスの周囲を囲む様にして展開するが、時既に遅く、速度を優先した術式だった為に、防御面が脆かった。それではムディナの攻撃を防ぐ事など出来る訳もなかった。
紫色の結界は即座に霧散し、咆哮の一撃がハーレスに通っていく。その衝撃波は一気にハーレスの全身に叩き込んでいき、模擬戦ルームへと激突していく。鼓膜は破裂して、耳から赤い液体が床へと滴り落ちていく。
しかしムディナは剣を持つ手を緩めたりはしなかった。本当の意味での、魔呪の剣の特性というものを、今まさに目の前で発動するのだから。
「肉体損傷を確認」
無機質な、声色一つない不思議な声が響き渡る。魔呪の剣が、言葉を発しているようだった。ハーレスの肉体に傷などが確認された場合の、自動的に発動する特性らしい。
「保存プロコトルを起動。肉体保存情報を抽出。物理世界への接続を開始………………成功。物理世界へ肉体情報の上書きを開始します…………………………成功。自動保存プロコトルを終了します」
ハーレスの傷はみるみる内に消えていく。紫色の光に包まれたかと思えば、そこにあったのは傷ひとつないさっきのハーレスだった。ハーレスには文字通り、死ぬ事などない。その魔呪の剣を保有している限り、ハーレスの肉体が、魂が滅びる事など決してない。ある種どんなに苦しくても、どんなに辛くても、肉体は決して世界から切り離す事など出来ない。
呪いのようなものであり、それが魔呪の剣と呼ばれる所以でもある。
「キムラヌートの特性は、保存でしたね。やはり肉体、魂、自らの内にある全ての情報を魔呪の剣に保存してましたか」
あらゆる物質を保存出来るというのが、その魔呪の真の力であった。物質を情報として保存して、それを抽出出来る。そこに制限などなく、魔力や気力などのリソースは一切必要としていない。つまり魔呪の剣は、理そのものを扱う力ということである。
「本当にずるいですよ。ハーレスさん、戦いにすらならないじゃないですか」
気絶する事もなく、傷を付ける事も出来ない。それはもはや戦闘不能状態へと持っていけない事を意味しており、勝敗の有無は無いという事になる。それはハーレスも理解しており、何やらまた考え事をしていた。
「そうだな。俺が三回ダウンしたら、負けにするとしよう。今さっき一回ダウンしたから、残り二回だな」
それはそれで残り二回ほど、同様以上のダメージをハーレスに与えないといけないという事になってくる。ただでさえハーレスの実力は、途轍もなく強いというのに。
ムディナはそう面倒な事この上ないと感じながらも、龍剣を強く握る。ハーレスも少し油断していた部分があり、その眼には本気が宿っていた。
「君には申し訳ないが、大人気ないとは言わないでくれよ」
ハーレスは、剣先を地面に当てる。その瞬間、模擬戦ルームの床が歪み、鋭い棘のような形状になり、ムディナに全体に襲いかかってくる。アダマンタイトを含んでいる建材で作られている代物なので、容易に壊す事は難しい。
ムディナは息を吸い込み、魔力を極限まで練り込む。龍剣を突き立てるようにして、眼を閉じる。ムディナの周囲には、黄金の闘龍気の粒子と虹色の魔力の粒子が渦を巻くように舞っていた。そのエネルギーは、本来なら人間が持つべき許容量を完全に超越しており、圧迫感を強めていた。
ムディナがゆっくりと眼を開けると、その瞳孔は龍を彷彿とする眼球をしていた。龍の力を最大限に引き出している状態である為、肉体もそれに比例するように龍へと変化を遂げているのだろう。強いて言うなら、『龍王化』、そのように言うべきだろうか。
「龍は自然の体現者。その息は全てを滅ぼし、あらゆる生命を焼かん。星の調停を成し、星の頂点者として君臨すれども統治せず。道を超え、空を超え、全てを今、この息にて超えんとす」
ムディナが詠唱を始めると、龍剣の剣先からさっきまで練り上げられた力が一点に集中する。莫大なエネルギーが、球体へとなり、空気中にある力すら吸い尽くそうとしていた。まるでこの空間そのものを支配しているかのように。
龍が生物的、生態的頂点者で君臨している理由であり、所以である一撃を今、ムディナは技として発動しようとしていた。誰もが知っている龍の攻撃であり、龍だけが真の意味で扱う事が許された一撃なのだから。
「龍王技・息吹」
ムディナがそう言った時、剣先からエネルギーが発射された。時空間が歪み、認識すら模擬戦ルームにいる存在は誰にも出来なかった。ムディナ以外は。
虹色のドラゴンの息吹は一点にハーレスに襲い掛かっていて、円形の穴が模擬戦ルームに空いていて、外が見渡せる。そのドラゴンの息吹が消えると、その時空間が歪んだのが元に戻っていく。
ハーレスは認識する事すらなく、完全に跡形もなくその姿を無くしていた。そこには魔呪の剣だけが、床に残されている。魔呪の剣が紫色に光り輝くと、ハーレスの肉体がまた情報体から復元された。
「何が……………………起こったんだよ……………………」
ハーレスは絶句しながら、そのように呟いた。何が起きたという認識すら出来なかったという恐怖が、そこにはあった。いつの間にか、自分が死んでいるという事実がより身を震わせる要因となっている。
やべっ………………やり過ぎたな。
ムディナはそう後悔し、少し自重して、龍王技を使う事を封印する事は心の内で強く決めた。
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