三百ノ二十四話 食堂の波乱・・・
食堂は結構な広さを誇っており、数多くの他校の生徒が入り乱れるような惨状へと変わっていた。それでも全然テーブル席は余っており、この食堂の配置と広さには圧巻の一言に尽きる。
ただムディナ自身はあまり人混みのような場所は好きではなく、何ならここじゃなくて宿泊所の部屋で食事したいという風に考えてしまっていた。
顔色がだんだんと血色が悪くなり、胃液が込み上げて来そうだった。ただでさえ、冒険者時代の時でも、なるべくギルドには長居はしないように徹底していたくらいなのだ。それより遥かに人口密度が高い場所など、体調が悪くなっても仕方ないのである。ストレスが身体に影響を及ぼし、吐き気を催してくる。
「ムディナ君、君は人が多いところが苦手のようだ」
ハーレスはそのようにムディナに振り返り、一瞥しただけでそう言ってきた。確かにムディナには、この空間はあまり得意ではないのだが、それを即座に言い当てるというのは、ハーレスの洞察眼が成しえる結果なのだろう。
技術者であり、科学者であるハーレス・グロウ。その名はこの大陸全土に響いており、彼が創り出した魔道具の数々は、あらゆる分野に於いて、文明は数段階進歩させたと言っても過言ではない。
その最高峰に位置いる技術者が、洞察力が無い訳がなかった。
「いえ、大丈夫です。人酔いしただけです」
そのようにムディナは、口を手で覆いながら、掠れたような小さな声で言った。
レストもそれに気づき、急いで心配した表情で近寄ってきた。
「大丈夫か!? テーブル席に座っていたまえ。水を持ってこよう」
「わたしが案内しておこう」
ハーレスはムディナを誘導して、トーラス国の指定席に座った。腰掛けた事で、少しだけ気持ち悪さは軽減され、ゆっくり深呼吸する。
吐き気が無くなり、落ち着きを取り戻した事で、レストが急ぎ足で水を持ってきた。紙コップであるが、どうにも強度が違う気がした。何というか紙であるが、付与されているような、そんな気がした。
「気になるか? その紙は、普通の紙を改良し、加工しやすい様に強度を変更出来るエンチャントを付与されている。まだ量産化、実用化には程遠いがな」
魔法紙という物自体が、貴重な材料を浪費する。普通の紙では魔力伝導率が低い為、魔法紙程の付与は出来ない。
その普通の紙を魔法紙レベルの魔力伝導率にするというのは、革命的であり、貴重な魔法紙を使う必要性がほぼほぼ皆無になってくる。
「凄いですね。魔法紙を使用していたのかと思ってしまいました」
ムディナはそのように驚愕していた。魔法紙レベルの魔力伝導率になれば、魔力にて文字を書いたり、魔法紙を変質させ、頑丈な書類に加工したり、風化など絶対無いようになる。
よりどりみどりの技術になるだろうが、やはりそこはハーレスでもいまだに厳しい部分があるのだろう。
「それにしても何か視線が、俺に集まっている気がするんですけど」
他校全体の視線が何故か、ムディナに釘付けになっている。まるで有名人や権力者が前に立った時のような、そんな感じだった。ムディナ自身には見覚えが無く、有名人な訳でもない。
冒険者なのは基本的に、トーラス国以外の知り合い以外には知られていない事であるし、どういう事なのであろうか。不思議な事もあるものだと、若干食堂に居づらくなっているムディナがここにはいた。
「そりゃ、あの全体集会の時に、あんな絶対的強者の圧を放っていたからな。それが君に興味を抱いた理由でもあるんだがな」
「ああ」とムディナは天井の点を眺めながら、そんな事もあったなと達観する。今更後悔しても遅いし、やってしまった事は戻せない。しかしあの圧を放ったウィズダムの男性がいたせいであるのも事実だ。
龍は強者であるが、生存力もある。あれだけの圧を放った事で、ムディナも本能的に反射的に圧を放ってしまうのだ。不可抗力であるので、自身のせいではないなと納得する事にした。
「あれは確実に最上位の龍の圧に匹敵するものだが、ムディナ君、君は何者なんだ?」
俺が何者かと問われても、何て答えればいいかと返答に困る。龍神の子だったり、Sランク冒険者、トーラス学院風紀委員会所属、無限の力を持つ人、そう考えてみれば、キリがない。
この選択肢の中で一番今が適切なのはというと、やはりそうだろうか。
「トーラス学院風紀委員会所属なだけですよ」
実際、このウィズダムに来たのも風紀委員会としてである。シンプルであるし、トーラス学院の風紀委員会の先輩達と共にここにいるんだ。
それを聞き、ハーレスは「ふむ」と何やら考えている様子だった。ムディナが発した答えに不満があるような訳ではなく、純粋にただハーレスの脳内で思考が回っているだけであった。
「そうだな。この後、時間を俺が作るから、模擬戦でもしようか」
ムディナは手に持っているコップを落とす。水がテーブルに溢れているというのに、反応する事がない。ムディナの思考は虚空を示しており、ただキョトンとハーレスを凝視していた。
科学者であり、技術者であるハーレスだが六芒星に所属しているという事もあり、彼も戦闘者である。実力も勿論だがウィズダムで最上位に位置していて、圧倒的な強さを誇っているという。
「いえ遠慮しておきます。しがない俺なんてハーレスさんに敵いもしませんよ。あくまでここに来たのは、トーラス学院の風紀委員会としてですし」
ムディナ自身は普通に断った。思考するまでもなくである。そもそもただでさえ目立っているという立場であるのに、六芒星と模擬戦したなんてなったら、それこそムディナがウィズダムに居づらくなってくるというものである。
というかムディナ自身が単純に面倒臭いのだ。以前のトーラス学院の時の最初に会った生徒会長の事を思い出すような出来事である。あの時も模擬戦をするだけで、噂とか色々と大変だった事を明後日の方向を見ながら、死んだ眼で思い出してきた。
「君に断る権利はないよ。風紀委員会としての研修は、君だけは免除という形にして、俺と闘うのだよ。それは決定事項だ」
ハーレスの眼はさっきの固い雰囲気ではなく、何か何処を見ているのか分からないようにムディナを凝視していた。その眼の圧に少しだけムディナはやられて、眼を逸らしてしまう。
ムディナを見ている筈なのに、何処かおかしい。眼を見開きしていて、綺麗な蒼色の瞳がそこに映っている。ムディナがこう考えている間にも、ハーレスの思考は極限まで回っているのだろうか。
「権力の横暴ですよ。それは………………」
何か本当に以前の生徒会長と同じだな。こんな展開は望んでいないというのに、どうして俺はこんな苦難に遭ってしまうのだろうか。何も悪い事をしているという訳でもないのに、俺は何でまたこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
ムディナは憤慨する思いに駆られるが、断るという選択肢がない以上、どうする事も出来ない。ため息を吐きながら、息を飲んで覚悟を決める。
「分かりました。その模擬戦を引き受けます」
どうして自分は、いつもこうなるのだろうか。ムディナは自分を悲観して、運命というものを呪った。それに今回は、あらゆる学院を統括するウィズダムの最上位の戦闘者である。
容易に勝てる相手でないのは確かであり、それが余計に面倒だった。心底怠そうにしたいところだが、ムディナは他校の眼もあるので、しっかりとハーレスを見据える。
「ふむ、時に諦めは肝心だからな。朝食を食べ終わったら、模擬戦ルームに案内しよう」
『はぁ〜、怠いな』と死んだ眼をムディナはしていた。
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