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八千職をマスターした凡人が異世界で生活しなくてはいけなくなりました・・・  作者: 秋紅
第八章 学院国家に研修に行くようです・・・
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三百ノ一話 猫人族の姉妹・・・

酒屋・テンガイの路地裏にムディナ達はいた。薄暗くて、明かりというものは灯されておらず、唯一ムディナ達の視界を確保するのは、月の光のみであった。夜の涼しげな風が、ムディナ達の体を通り抜けていく。ひんやりとした空気が肌に触れ、少し肌寒さを覚えていく。






 現在の時刻は、午後九時を過ぎている。寮内の夜間外出の門限は、十時である。つまりタイムリミットは後一時間くらいだ。





「それでどんな情報をご所望だニャ? 調査依頼なら、もっと金が掛かるニャが」





 白い癖っ毛の髪をした二十代くらいの猫人族の女性はそのように呟く。





 しかし名前すらも聞いていないのに、いきなり依頼の話とはどう言った理由なのか気にはなった。





「それより名前を聞かせてもらえますか?」





 どのような事情があれ、お互いの名前を名乗るのは常識的な範疇であろう。それを怠っているのは、少しばかりムディナは気掛かりだった。





「あまり名前を名乗らない主義でね。情報屋である私と依頼者である君との守秘義務は徹底しているからね。名前を知って、君の事をホロッと言ってしまう可能性だって大いになるから。この世に、絶対という概念は殆ど無いに等しいんだから」





 それは律儀な事であった。確かにムディナは守秘義務を徹底している人材を求めていた。しかしそのようなリスクすら考慮して、わざわざ名前すらお互いに名乗らないのは流石、テンガイの紹介した凄腕の情報屋である事を再確認した。





 そのようなポリシーがあり、ある種、信用することが出来てしまう自分がここにはいた。





「でも呼び名がないと不便だからニャ。そうだな。私の事は『R』、そう呼んでくれたらいいにゃ」





 それは仮の名であり、とても呼びやすいものだった。そうしたらそれに倣うようにムディナも呼び名を考えた方がいいだろう。




「俺の事は、『仮面』とでも呼んでくれ」





 ムディナは今だに仮面を常時着用している。やはり仮面を着けていないと、落ち着かなかったからだ。ただ顔の不透明さは、先日の霊界へ件で無くなり、きちんと鏡にて顔が確認出来た。





 最早、ムディナにとって仮面とは、自らを証明するようなものであり、体の一部ですらあった。これを一日中外すというのは、意識が覚醒してからずっとだった影響で抵抗感が生まれていた。





「仮面かにゃ。なかなか分かりやすい名前だにゃ。その仮面には、君にとって何らかの意味がありそうだね」




 確かにこの仮面は、龍神達に作ってもらった大切な代物だ。だからこそ手放したり、手元に無いと、龍神達が側にいないかのような感じになって不安になってしまった。





「そんな事はないよ。ただの思い出の品なだけだ」





 そうムディナはキッパリと、その事を口にした。この思い出に縋っているに過ぎないのは、事実だからだ。それで良いなどとは、思いもしなかった。





「そうなのかニャ。でもきちんと思い出の何かがあるっていうのは、良い事だと私は思うよ」





 Rは何処か何かを懐かしみながら、思いに耽っていた。その眼は寂しさを滲み出しており、悲しい顔を一瞬だけであるが、浮かべていた。





 どのような過去が彼女にあったのか、ムディナは問いかける事をする気になれなかった。知りたいという気にはなったが、問いかけても話す事はないであろう。秘密主義なところが、Rにはあるだろうからだ。





「それよりどんな情報をご所望かニャ。事と次第によっては、金額を釣り上げさせてもらうかニャ」





 ムディナは徐に、小さな箱を開ける。そこには途轍もないエネルギーが循環しているエーテルの球体がそこにはあった。触れる事すら許されないくらいに、そこにはエネルギーが篭っていた。





「これの入手経路を知りたい。ギルドから手渡された物なんだが」





 猫人族の情報屋であるRは、絶句していた。やはり知識としては、あるのだろうか。知っているような反応を浮かべている事から、情報屋としてはやはり凄腕なのだろうと再認識した。





「インフィニティエーテルの結晶体かニャ。それも高密度に圧縮された代物だね。成程、どのような入手経路なのか、気になると」





 ムディナ自身、あのギルドマスターの事は疑いたくないというのが本心だ。しかしムディナの嫌な予感が、警告を鳴らしている。だから少なくても、信用出来る情報をムディナは得たかった。





「普通ならインフィニティエーテルの結晶体というのは、入手する事が出来ない。Sランク冒険者だろうと、突破する事が出来ないダンジョンの奥深くにあるからな」





 Sランク冒険者というのは、本来は自国の最高戦力とも位置付けられる存在であり、英雄の資格を手にしたと言っても過言ではない。





 そんな存在すらインフィニティエーテルの結晶体を入手する事は、絶対に不可能だった。





「七つの楔の塔かニャ。大陸に一つずつ存在する巨大な塔。果ての無いような階層がある、正体不明の塔。そこの最奥地にしかないとされているのが、無限のエネルギーを生み出すインフィニティエーテルという代物の結晶体だとか」





 神話のような話には、エーテルの中でも、特に強く、濃密な力を持っている原初のエーテルというのが存在する。あらゆる時空間を生み出し、闇そのものを生み出し、光を齎した。生命、世界、あらゆる全ては、その原初のエーテルから産み落とされたという。





「Sランク冒険者ですら、到達する事が出来ないはずのダンジョンの塔なのに、これはどういう事だろうかと俺は疑問視している。俺の知る限り、塔の最高到達記録は、八十九階層だった筈だ」





 もし最終階層まで到達していたのならば、その冒険者は話題になってないとおかしいのだ。それは人類における大偉業であり、大陸中に、世界にすら届きかねないような事柄になってしまう。





「確かに不自然だニャ。分かった。これくらいの額で、調査を引き受けるニャ。流石の私も、これに関しては情報すら皆無だからニャ」




 そうしてメモ帳のようなものに、何かを書き記し、ムディナに手渡した。その額は五千万リラという膨大な額の話だった。むしろこれですら、安過ぎるくらいと言ったところだろうか。





 緊急機密依頼というのは、このエーテル体の結晶体を見ると分かりきっているだろう。重要な話であり、もしかすると自身の身すら危うくなる可能性だって大いに存在する。だからこそのそれくらいの額であるという事である。





「成功報酬として受け取るニャ。私もきな臭いからニャ」





 そして情報屋Rに依頼し、路地裏を去ろうとした時、突然飛び出した人物がいた。微かに見えたのは、猫のような尻尾が四本もあるという事だけだった。





 その人物は情報屋Rに抱きつき、頬擦りしていた。情報屋の顔には何処かしら違和感というよりかは、既視感を感じてはいた。その理由がようやく理解出来た。





「リルナ姉様!? 酒場の仕事をほっぽって何処に行っていたのかニャ。それにムディナ君も、何で姉様とこんな暗い、人気の無いところで会話しているのかにゃ」






 そこには風紀委員会のメンバーであり、最上級生であるシューレナ・ローゲルだった。幻獣猫族のオーラは健在であり、それだけで圧倒されてしまいそうになる。





「姉様!! 私の後輩君に何を吹き込んでいるのかニャ」





 そんな訝しむような目付きで、リルナを睨む。リルナは罰が悪そうな顔をして、シューレナとの目線をずらしていく。どうやら二人は姉妹のようであり、仲が良さそうな雰囲気だった。





「いいや、吹き込んでいないさ。ただの情報屋として、彼は依頼していたに過ぎないよ」





 それを聞き、シューレナは納得する。どうやら誤解は解けたようであり、ムディナは安堵する。このまま行くと、恐らくあらぬ誤解を掛けられそうだったので、一安心した。





「リルナ姉様に依頼かニャ。それはよっぽどの事だニャ」





「それじゃ、私達は戻るからね。情報が入手出来たら、報告しよう」





 そんな事をリルナは言い、手を振りながら猫人族の姉妹は酒場へと戻っていった。

三百ノ一話、最後まで読んでくれてありがとうございます



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