二百ノ九十八話 情報を求む・・・
辺りはすっかりと暗くなっており、微かに光出す街灯だけが視界を確保するように淡く照らしていた。
もうこんな時間かと、ムディナは思いつつ、とある場所へと目的地を定めて歩いていた。
風紀委員会の仕事や指令書について、ギルドに問い合わせたりと今日は忙しかったな。
暗く、夜空の星達を眺めながら、黄昏れるように今日の出来事を思い返していた。
「早く帰って、ミーニャに会いたいなぁ〜」
今頃、寮内にて先輩達が面倒を見ているだろう。先輩達が蕩けたような笑みを浮かべているのが、想像出来るムディナであった。
そして暫く歩いていると、街灯の光以外の光源が辺りを照らすようになった。建物の中はとても騒がしく、賑やかな雰囲気を感じていた。
どうやら建物の中の光が、窓を通じて道を照らしているのだろう。
そこは商店街であり、昼と夜とではまるっきり景色が異なっていた。昼では外での人集りによる賑やかさがあったが、夜は建物内でドンチャン騒ぎをするかのように中から音が響いていた。
それがトーラス国の商店街という場所であった。トーラス国に来てから、数ヶ月、この光景にも最早見慣れてしまっているムディナだった。
「ここだな。何か久しぶりに夜に来たような気がするな」
そこは酒屋・テンガイ。元冒険者のテンガイ・アードルが営んでいる酒場だった。色々な珍しい料理をしている商店街の中でもトップクラスに入るような技量を持つ店主がいる店でもあった。
「昼にはよく休日の時に来るけど、夜は機会がなかったからな」
恐らくミーニャと一緒に来た時以来だろうか。そう考えると、二ヶ月前くらいになるだろうか。そんな事を考えながら、ムディナはもうすっかりとこの生活に慣れきってしまっていた。
夜の時間による外出届けというのは、余程の事がない限り、受理はされない。外食に行きますなんて理由を書いたら、最後ヒキに殺される未来しか見えないだろう。
ムディナは酒屋・テンガイのドアノブを握り、入り口を開いていく。
ドアを開いた瞬間、途轍もない賑わいの声が響き渡っていく。外でもけたゝましく聞こえていたが、中に入ると持って声が、ムディナの耳に入っていく。
やはり酒場というのは、こんな場所だよな。ムディナは何故か、清々しい想いに駆られていた。
「いらっしゃいませ。カウンターでしょうか? テーブル席でしょうか?」
一人で来たという事で、カウンター席の方が店側としてもいいだろう。
流石のムディナでさえ、他者を思いやり、ある程度の常識くらいは弁えていた。
「カウンター席でお願いします。後、一つお願いがあるのですが、大丈夫ですか?」
「はい! 何でしょうか?」と、店員がそのように応対してくれる。店を見渡してみても、結構な客足があり、忙しいのは見て取れる。そのような現状でも、きちんと客の応対をしてくれるというのは、いい店の証だろう。
「店主のテンガイさんと話したいのですが、いいですか?」
そもそもこの酒場に来たのは、テンガイに用事があるのだった。ギルドからの指令書が届いた時から、テンガイにお願いしようと思っていた事がムディナにはあった。
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
見ず知らずの人であった場合というよりかは、知り合いの可能性が高い為に、名前を聞いた方が取り次ぎしやすいからだろう。
「ムディナ・アステーナと言います。仮面の者と言えば、より伝わると思います」
S級冒険者としての異名を言った方が、より何かしらの用事があるという暗喩にもなるであろう。
テンガイならそのように考察して、気がつく事をムディナは確信していた。
「かしこまりました。カウンター席にご案内します」
そのように店員について行き、カウンター席へと辿り着く。
普通の木材のカウンターテーブルであり、椅子も普通の何の変哲もないような物だった。本当によくある酒場、そんな感想がムディナは思い浮かぶ事だろう。
「それではこちらで、少々お待ちください。店主を呼んで参ります」
店員はそのように言い、キッチンの奥へと戻っていった。
店主のテンガイとしてのこの店の役割としてはどちらかというとホールでの対応ではなく、キッチンで料理をする事だろう。
人集りが多い為に、忙しくしており、なかなかホールに来て、ムディナと会話するというのも遅くなるかもしれない。その時は仕方ないなと思いつつ、ゆっくりと待っている事にしよう。
そんな風に考えていると、先ほど案内した店員が即座にムディナの前へと現れた。ムディナの近くに来たら、カウンター席に水が入ったコップをゆっくりと置いた。
「どうしたんですか?」
ムディナは対応の速さに驚くと同時に、怪訝な顔を浮かべていた。
店員が伝えなかったのか、伝えたけど即座に突っぱねられたのかのどちらだろう事は推測しやすいかった。
「店主のテンガイさんにお伝えしたところ、『五千リラ分の料理を頼め』という事でした。話はそれから聞くと」
ムディナは深く「はぁ〜」とため息を吐いてしまう。商魂逞しいというか、ただただ悪どいという、条件付きの交渉に、ムディナはただただ呆れてしまった。
「分かりました」とムディナは頷き、メニュー表を眺めて、即座に五千リラ分の料理を注文した。
そんなに食えなさそうだなと思いつつ、仕方なくその量を注文せざるを得なかった。
「店主が申し訳ありません」
店員はそのように頭を下げていた。いやただ店主のテンガイの悪知恵が、悪いだけの事である。店員が悔やんだり、謝ったりする必要性など何処にもない。
「いいえ、店主さんが悪いだけですから」
ムディナはそのように、掠れたような笑みを浮かべていた。
その店員もムディナのその表情を察してか、頭を下げ、キッチンへと向かっていった。
本当に店員にまで迷惑掛けたり、代わりに謝られるような店主というのはどういう事だろうか。
ムディナは白い眼をしながら、コップの水を一口飲んだ。五千リラというのは、結構な量であり、大食いならまだしもムディナはそこまで大食いではない、標準的な男性の同い年の人より、少し小食ではあるくらいだ。
適当にメニューを頼んだせいで、選ぶ余裕はなかった。だから気になり、再度メニュー表を開き、眺めていく。
やはり他の店ではあまり見ないような料理がちらほらと見受けられる。元冒険者として、ベテランとして、その料理の腕と技量はやはりムディナとしては惚れるようなものだった。性格や悪どい面を抜きにすると、その腕を教わりたいという人物は数多くいるだろう。
実際にその店の店員は、接待のホールでの気遣いの技術は勿論のこと、料理としての腕も最高峰の一角である。
普通にトーラス国の商店街でやって良い技量ではなく、国家料理人として仕えた方が為になりそうなものだ。勿体無いなとムディナは若干であるが、勝手ながらそのように思ってしまった自分がそこにはいた。
しかし店主テンガイは商店街のこの場所にて、酒屋をやっている事に誇りと意志を持っている。それを軽々しくさせるのも、ムディナにとっては筋違いの話である事も自身では理解している。
それにこの賑わいを見るとよく分かる。店主テンガイが作りたかった、見ていたい光景というのはこのような場所なのだろう。夜の中、寂しくいるより誰かと共に馬鹿騒ぎ出来るような、そんな『居場所』を提供しているこの酒屋は、きっと誰から見ても素晴らしいものであるだろう。
そんな事を思い、ムディナはコップ中に透き通っている水を眺め、料理が来るのを待っていた。
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