二百ノ九十二話 巡回とシスコン・・・
ムディナとサーデクスは、ふと巡回ルートである剣道場を視界に映り込んでしまう。霊界であった出来事がまるで嘘であるかのように、そんな夢のようにも思えて仕方なかった。
実際に二人が幻覚でも見ていたんじゃないかとも錯覚してしまう。人が死んだ時、霊界へと道が続き、輪廻の輪を潜っていく。そんな聖典にあるような世界が、目の前には広がっていたのだから。
「それにしても、時間が過ぎてない事に驚きだったね」
霊老改め、霊神鬼へと魂の昇格が成されたアマデウスの力により、霊界から現界への道は開かれ、元へと戻ってきたのだった。その時、霊界へと迷い込んだ時間帯と変わらずに、夜の九時頃である。
「霊界と現界との間には、時間の流れが違うのだろうな」
基本的に別世界である霊界と現界とでは、時間の流れが違うのだ。現界での体感時間の一分と、霊界による体感時間の一分は大幅に異なる。だからそれほど、時間が過ぎ去っていなかった理由である。
ムディナはそれほど影響に及んではいなかったが、サーデクスは違う。体感時間が狂っていた影響で、寝不足と時差ボケが発生してしまったのだ。
「ムディナはよく普通に、生活してられるね」
とは言っても、ムディナも体感時間の狂いはそれなりに経験している。龍界でいる時も長かった事もあり、現界での生活リズムを整えるのは苦労した事がある。だからそれほど、霊界での時間感覚の狂いは修正がしやすかった。
「慣れだよ。慣れ」
そんな会話をしていると、目の前から走っている人影を見える。それにはムディナは見覚えがありそうで、ないような既視感を覚えていた。
爆速で走ってくる姿は、目標地点がここであろう事は容易に察する事が出来る。ムディナの思い当たる限り、知り合いという記憶がないところを考えると、サーデクスの交友関係なんだろうか。
「我が妹よ!?」
その男は突如、サーデクスに抱きついてくる。それも学院の敷地内の、人目の目立つところである。側から見ると、痴漢などに間違われかねないようなものだった。
サーデクスは鬱陶しそうな表情を浮かべて、離れるようにその男の顔を手で押し退けようとする。どうやらあのように慣れている感じからすると、サーデクスの兄貴なのだろう。
「離れてくれよ!? 兄者!?」
それでも一向に、サーデクスの兄貴は離してくれはしない。昏睡状態になってから、それなりの月日が経過している影響だろうか。妹の温もりが欲しいとか、その辺りなのだろう。
「嫌だね!? 俺が満足するまで、抱きついてやる」
それなりに強情なところは、兄妹そっくりなところである。サーデクスもなんだかんだ言って、気が強いところがある。
それにしてもと、サーデクスの兄貴を肉体を見ると違和感を感じる。肉体ががっつりと筋肉質であり、とても弱そうには思えなかった。
しかしサーデクスの話だと、才能の無さに苦悩していたという事をムディナは聞いた事がある。ただそれは才能を、努力により確実に埋めている人なんだと、ムディナは今兄貴を見て理解する。
「離れてください」
冷たい怒気が、声と共に響き渡っていく。それにより兄貴は身震いをして、抱きつくのをやめて距離を取る。サーデクスの表情は何とも言えないようだ苦い顔をしていた。
「ムディナ・アステーナと申します。サーデクスさんとは、風紀委員会の同僚です」
いいタイミングだと思い、ムディナはその兄貴に自己紹介をした。サーデクスの兄貴という事は、このトーラス国の貴族のご子息という部分もある。交流しておいて、損はあまりないだろう。
「そうか。君が…………サーデクス君か。俺は、ラーテクス・アテナ・ラーウェクスという。以後お見知りおきを」
礼儀正しく頭を下げていく。貴族だからというと、傲慢な存在はこの学院でも多い。ムディナもそれのせいで苦労が絶えない。大体は力でねじ伏せるようにしてきたが。最近は。
ムディナは明後日の方向を見ながら、そんな事を思った。
「君の話は、妹から聞いたよ。とても強いんだってね」
その眼には闘いたいという意志がそこに見えた。しかし初対面から、いきなり戦闘を吹っ掛けるのも失礼だと思ったのだろうか。
何とか闘いたいといううずうずした期待感を抑えて、しっかりとした口調で話した。
「ラーテクス先輩は昏睡状態だと、サーデクスさんから心配しながら言っていたのですが、大丈夫なんですか?」
恐らくラーテクスの意識が回復したのは、昨日の夜での出来事である。つまり一日も休まずに、学院に登校してきているのである。本来ならもう少し療養していないと、おかしい筈なのにだ。
サーデクスは諦めたようなため息を吐き、事情を話してくる。
「兄者はじっとしているのを、何よりも嫌うのですよ。医師の方からも、もう少し休んでくださいと言われているのに、強情なものだから、仕方なく退院しました」
病院側からすると迷惑な話である。しかし特に具合悪いような様子だったりは、ムディナは確認出来ない為に恐らく平気ではあるのだろう。一ヶ月昏睡状態だったというのに、普通に動きが鈍いような感じでもないのは流石としか言えない。
「一ヶ月くらい寝ていたのだろう。学院での勉学や訓練などが、大幅に遅れているからな。それに日々の訓練も怠ってしまっていたからな。再会しないといけない」
ストイックな性格とでも言えようか。やる事、する事を全て全力全開で遂行するような人なのだろう。確かにそれは大切だが、もう少し自分の体を労ってもいいのではないかと、ムディナは心配してしまう。
「だからって、病院の先生方に迷惑掛けて良いわけじゃないでしょ。恥ずかしいし、何回、私が謝った事か」
二人は言い争う。このようなサーデクスを見るのは、ムディナは初めてである。新鮮感があり、それでいて仲が良いようにも思える。それは何処か、懐かしいような既視感を覚えていく。モヤモヤとした感覚を内に秘めたまま、ムディナは口を開いていく。
「仲がいいんだな」
「仲が良いわけないでしょ。こんな強情で、シスコンの兄貴なんて」
確かにサーデクスを見つけた瞬間、突撃して抱きつくのは公衆の面前でやり過ぎだろう。しかしそれも愛があれば、容易に可能とするのだろうか。
それを聞き、ラーテクスは落ち込んでしまう。顔を下にして、地面を凝視しながら喋る気力すら皆無になっていた。妹にあれほどに罵倒されれば、当然と言わざるを得ない。
「それより巡回の邪魔だから、早く部活に戻って」
ラーテクスは頷きながら、トボトボと歩きながら背中が寂しそうだった。サーデクスは後で、アフターケアをしてくれるだろうか。なんだかんだ言って、サーデクスは優しいからだった。
「それで実際は?」
ムディナはニコニコと笑みを浮かべながら、悪戯っぽく揶揄う。こういうところはジェイから移ってしまったなと、若干だが内心で自笑してしまう。
「私の大切で、自慢の兄貴だよ」
サーデクスは頬を赤く染めて、恥ずかしそうにしながらもしっかりとした口調で話した。それは本当に胸を張って、誇らしいものなのだろう。
「それじゃ兄貴の話を詳しく、聞かせてくれよ」
ムディナは興味が出てきた。サーデクスから、そんなにも称賛されるラーテクスという兄貴の話を聞いてみたくなった。サーデクスも別に勉学も、戦闘能力も群を抜いて高い。なのにそれほどまでに尊敬する兄貴とはどのようなものなのか。
「いいよ。きっちりと聴かせてあげるよ」
そこには純粋に兄貴の事を慕っているサーデクスの姿があった。
日常へと戻ってきたんだなと、ムディナはホッとする。やっぱりこの日常を生きていくのが、一番心が安らぐ事を再認識させられた。
二百ノ九十二話、最後まで読んでくれてありがとうございます。
これにて第七章「幽霊騒ぎに巻き込まれてしまいました・・・」は終わりです。ここまでお付き合い、読んでいただきありがとうございます。
それと、投稿頻度が曖昧で本当に申し訳ありませんでした。
第八章のタイトルは、『学院国家に研修に行くようです・・・』 ムディナの異常性が、より如実に現れてくる章となります。お楽しみに!?
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