二百ノ九十話 終わりを望む者・・・
いつからだろうか。途轍もない時間が過ぎ去った中、ふと疲れてしまった。霊神鬼は別に身体的な疲労や、精神的疲労を感じないような完璧な生命体として創り出されたというのに、何故か疲れを感じてしまった。存在するのが嫌になったというものである。
魂の管理をしながら、人の魂の審判をするというのが我の役目であり、存在する意味である。なのに、それなのに、存在するのに、役目を全うするのに疲れてしまった。
我には大義名分もなく、役目を全うする意思もなく、無気力で、無意味にただひたすらに冥界神様に任されたやるべき事をしていた。だからなのだろう。滅びたい、そのようにすら思うようになった。
しかし自らを、自らで滅ぼす事など、自身でする勇気など持ち合わせていないし、する事が出来なかった。それをする事は、冥界神様が許されないし、そんな事をしたら霊界が滅びてしまう。
だからこそ我を倒してくれる、そんな勇者がいてくれる事を期待してしまった。しかしそんなもの、来るはずもなかった。人は人である。無限の可能性の塊を担っている人という種族であろうと、限度がある。
だから霊神鬼の存在として完璧なものを超える奴など、居よう筈もなかった。だからこそ霊神鬼は、望んでいる存在が悠久の時の中、一度も来る事がなかった人という存在を、望みすら叶えられない落胆したように下等生物だと決めつける事にしてしまった。
しかしやっと自分の望みを叶えられる存在が、目の前に現れてくれた。そんな希望に満ち溢れている存在が確立された事で、霊神鬼は歓喜した。だからあの手、この手を使う事で、やっと霊界に来てくれた。
そして今まさに悠久の中、望みに望んだ夢のような現象になっている。霊神鬼としての力が抜けていき、怠さがだんだんと襲ってくる。力を使おうとしても、使おうとした側から抜け出てくる。
やっと自分は終われるんだ。そのように思うと、清々しい思いに駆られてくる。やっと無意味に、無駄に役目を全うする事をしなくて済むんだと。意義もなく、無気力にただやるべき事をしなくて済むのは嬉しいものなのだ。
霊神鬼はただドス黒い空を眺めていく。壊れてゆく霊神鬼が存在を確立する居城が崩れていくのをただ視界に映っていく。霊神鬼の力により保っていたその城は、バラバラとドス黒い霊力の力が霧散していく。
ゆっくりとその手を伸ばす。そのドス黒い空に手が伸びない事は、自身が理解しているというのに、何故か無意味に手を伸ばしてしまった。何故、自身はそのような行動を取ったのか理解する事が出来なかった。
ただ無意識に、無性にそのように動いてしまった。我ながら馬鹿馬鹿しいなと自笑混じりに笑ってしまった。
自身の側に眼を向けると、そこには望みを叶えてくれた勇者が座っていた。煌びやかな眼差しで、希望に満ち溢れているオーラをその身に纏っているムディナ・アステーナであった。
「我はやっと滅びる事が出来るのだな」
言葉にするのも、億劫になってくる。やっと無意味に、無気力に終われるというのに何故、喋ろうとしているのだろうか。倒れてからというのも、自分でも意味不明な行動をしてしまうのは、目の前の存在に当てられてしまったという事であろうか。
「だからって、俺の友を、その友の故郷を滅ぼした事を許したりはしない」
目の前の存在が途轍もない時間、苦しんでいたであろう事は理解出来る。苦しみ、苦しみ抜き、それでも現れてくれなかったらのであろう。ムディナですら、それは同情すら出来ないくらいには、異常なものである。
しかしそれでも、その望みを叶える為にラーフォンが苦しんでいい理由などないのだ。恐らく人が神に成るというのは、世界にとってのバランスを崩すというのは建前であろう。本来の霊神鬼の意図は、神なる存在ならば、霊神鬼を滅ぼす事が可能なのかもしれないと、資質を見出していたのだろう。
「それは本当にすまなかった。我の邪悪な望みに、付き合わせしまったな。其方の生き返りは許可しよう」
今更な事である。悲劇は生み出していったのには、変わりはない。ラーフォンの風の一族の民は、未だ奴隷として苦しんでいるのだ。霊神鬼一つだけで、運命を完全に狂わされた存在など山ほどいる事だろう。
「霊老よ。其方には次代の霊神鬼としての存在と力を与える。我が手を握りたまえ」
霊老は霊神鬼の穏やかな声を聞き、恐る恐る倒れている霊神鬼に近づき、手を伸ばす。
その手を霊神鬼が握ると、途轍もない力の渦が霊老を包み込んでいく。霊老はその力の渦に圧倒され、苦しみながら膝をついていく。
「其方ならば、霊神鬼としての新たな意義と意向を見出して、先へと進み出していく事が可能であろう。耐えれると信じている」
その言葉を聞くと、霊老はその霊神鬼としての力の渦を内に押し込んでいく。そうすると霊老は白き肌に身を包み、白き角が渦を巻くように生えてくる。それでも腕は二本であり、それは人としての存在を受け入れているようであった。
「やはり其方は、腕がニ本なのだな。人として手と手を取り合うようで、我とは明らかに異なるものだな。嬉しいものだ」
力を渡した影響であろうか。霊神鬼の手が、淡く白き輝きとなり、天へと昇っていく。握っていた筈だろう霊老は、その手に何の感触もなかった。
「今まで役目を全うされ、お疲れ様でした」
霊老はただ冷静に口にする。しかし内では悲痛の叫びをあげていた。霊界の管理を悠久の時から担っている存在が、今まさに役目を終えようとしている。その事実に悲しまない理由などないであろう。
「幼子よ。其方の兄の魂は、我が手の内にある。霊界には本来いてはいけない存在なのでな。霊界に魂が染まる前に保護していた」
サーデクスも薄々であるが、勘づいていた。そもそもサーデクス達が迷い込んだ原因は、兄が大悪霊と同化したからである。それにより莫大な霊力が、霊界との道を次元を狭間を突き破り、現れたからだ。
そして原因不明の昏睡状態。魂が抜け出ていると考えると、辻褄が合う。霊界に兄の魂が紛れ込んでいるのではないかと、危惧するのは当然の事である。
「そして我が悠久の望みを叶えてくれた勇者であり、英雄である、ムディナ・アステーナよ。これが最後の言葉として、言わせて頂こう」
その次の言葉を紡ごうと、ゆっくりと間を置いていく。やっと待ち望んだ事を実現させてくれた叶え人よ。きちんとお礼の言葉を言わないと、霊神鬼としての面子にも関わってくるからだ。
『ありがとう』、その言葉が、ただ淡々と冷静に口にしたのに、異様に崩れゆく城の中、響き渡るようだった。
その言葉を最後に、霊神鬼の体は白い神々しい光の粒へと変わりだし、この霊神鬼のいるであろうドス黒い世界を侵食していく。ドス黒かった空間が、純白の輝きを放つ美しい世界へと空間を変えていく。
霊神鬼の美しい純粋な光が、ドス黒い世界を変えたのだ。神々しいまでのその空間は、まるで霊神鬼は今まで望んでいたであろう光景のようであった。霊神鬼は最後の自らの魂を代償にして、黒くて、残酷だったその空間に白き神々しい輝きを齎してくれた。
「美しいな」
ムディナはそのように呟いていく。許されない所業をしたのに、霊神鬼の掌の上のような気がして、何処かもどかしいものを感じてしまう。
しかし霊神鬼がいたであろう、ドス黒い空間が白く輝きを放つのは、煌びやかな光景なのは、霊神鬼はただ悠久の中、待ち望んでいた光景だったからだ。
だから役目を全うした霊神鬼にひたすらに祈る。安らかな眠りを、ただそれだけを。
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