二百ノ八十八話 歩み進める先へ・・・
そこには無限の力の真髄を引き出した存在がそこにはいた。魂の奥底にある領域へと踏み出して、自らの運命と決意の真意を見据えたものだけが到達出来る可能性というものの覚醒である。
『進む』それこそが、ムディナ・アステーナが持っていた魂の根源だった。無限の力が渦を巻くように、内から湧いて出てくる。霊神鬼という絶対的な存在を、打倒する事を今まさにムディナは決めたのだ。
「こっから先が、本気だ」
龍剣を強く握ると、龍神達の事が昨日の事のように思い出されていく。やっと少しばかりだけ、龍神達に近づいたような気がする。その自らの対する評価を、自覚する事が出来た。
さっきとは明らかに違うというのは、霊神鬼の経験上ではあるが察しが付いた。霊神鬼は警戒心を高めながら、ムディナを凝視する。そして霊神鬼が今まで味わった事すらない、身震いするような悪寒が走っていった。
「かかってこい。全て打ち砕いてやる」
霊神鬼は対等に闘えるという事に嬉々とするが、それでも脳裏では冷静にムディナを見据えていた。どのように変化したのか、どのように動くのか、一度動けば、また臨戦状態へと発展していく事であろう。
しかしそれは、すぐさま動き出していった。 ムディナの輪郭がぼやけていき、一瞬にして霊新規の間合いにまで詰め寄った。霊神鬼が認識したのは、何か動きを見せるという直感だけでだった。そう認識と予感がした時には、既にムディナは目の前には現れていた。
その動きには見覚えがあった。それは霊神鬼が先程動きを見せた霊脈移動という特異な移動方法である。それを今、ムディナは完全に模倣したのだ。それも霊神鬼が認識すら出来ないレベルでの練度である。
「お主、やばいな………………」
そう霊神鬼は唖然としてしまった。動揺するというものを超えて、もはや何も口にする事が出来なかった。さっきまで霊力を扱う事すら出来ない筈だった存在が、魂の根幹の力を解放しただけで霊力を完璧に扱う事が出来るようになったのだ。
あり得ない事であり、完璧な存在へと昇華されているようなものだ。生物や存在は、完璧になどなりはしない。それは当たり前のことであり、何処かしら欠点のようなものが出てくる。
それは理であり、世界で存在を確立する上で、完璧な存在などいてはいけないのだ。それは防衛本能のようであり、脅威になるものを自ら生み出すというのは、あり得ない話であるからだ。
しかしそこには例外的な存在が、今まさに目の前に確実にいた。完璧であり、世界にとって脅威にしかなり得ない異質的な、異常的存在そのものがいてしまった。
「すまないな。真似しているようで、申し訳ない」
そうムディナが呟いた時には、龍剣で上半身を斬り裂かれていた。認識すら出来ない速度で、それは単純に振られていた。受け止める事が容易な筈なのに、動く事を魂が拒絶した。
しかし何とか、体を奮い立たせていく。残っている左手に、霊力を集中していく。それは形を成していき、刀としての物理体を形成していく。純白な輝きを放つ異彩な装飾がされている刀を左手に握った。
「怨刀・白鬼・魂霊斬・白閠」
白い輝きを放つ刀を、横一文字に振るった。轟音が辺りに響き渡り、ドス黒い居城が破壊されていく。それは単純に霊力を込めた一撃に過ぎない。しかし長年により培われた魂の力は、進化を果たしていき、白く異色な輝きを放っていた。
まず間違いなく、魂ごと消滅するのが眼に見えている一撃だった。霊老は知っていた。霊神鬼があの刀を手にした時、明らかにムディナは終わってしまうと。
完全に封印していて、人に相対して扱うものではない。一度でも手に持てば、それは霊神鬼としての使命を放棄すると同義だったからだ。だから頑なに自らの魂の武具を扱うなど、あり得なかった。
しかしその自らの魂の形をした武具を扱っている。魂塊武具を手に持っている。それはつまりムディナをそれだけの脅威者として、霊神鬼としての使命を全うして、放棄する事に決めたのだ。
白い輝きが晴れていく。可能性の塊であったムディナが消滅してしまった。そのようなことを、悲痛に思ってしまう霊老だった。
霊老は立ち上がり、勇者としてなったムディナの生き様に敬意を証する。だから霊老も、霊神鬼に立ち向かう意志を固めた。だからこそ歩みを進めていく。格そのものが違う存在だろうと、関係などない。その生き様を今、受け継がないといけない。それはここにムディナ達を連れてきた霊老による責でもあるからだった。
ただ霊神鬼は未だ警戒をしていた。圧倒的な格の違いが発する異質な威圧感が、まだそこに発していたのだ。まるでまだ生き残っているかのようであるのを確信しているようだ。
白き輝きを放った先には、無傷で吹き飛ばれていただけのムディナがそこにはいた。あれだけの霊力の一撃を普通に受けていたというのが、霊老には驚愕することしか出来なかった。
「やはりお主、適応しているな」
それを見て、霊神鬼は確信した。ムディナの力の異常性とあり得ないまでの強さの一つの答えを。たった一つだけであるが、それだけで霊神鬼を打倒するには充分過ぎるものでもあった。
「やっぱり悠久の時の中、存在を確立している霊神鬼様だ。すぐさま言い当てたな」
ムディナの本質は、『進める』ことである。無限の力や可能性というものは、その魂の根幹から定義されていただけの錆びのようなものでしかなかった。
ムディナが無傷だったのは、シンプルな答えだった。それは霊力に適応したのだ。つまり生物としては、当たり前の進化であった。
無限の可能性がある人という存在は、その進化も無限大に存在している。進み続ける事は、生物として、存在として変わりようのない理である。
だからムディナは当たり前のように、生物としての格を自らで上げたのだ。その過程で霊力に適応したのだ。どのような霊力の攻撃であろうと、ムディナにはもはや通用しないだろう。人としてのレベルを一段階進めたのだ。
「霊老様、立ち上がったのは嬉しかったです。格が違うというのに、歩みを進めた。それがどれだけの困難だったか」
霊老は安堵する。ムディナが消えていないという事実が、喜ばしい事だった。ムディナという個人が、消滅していないというのが安心してしまった。個人が望まなく、居なくなるというのは、味わいたくないからであった。
「でも、大丈夫です。消えたりなんてしないですから」
そのようにムディナは霊老に微笑んだ。霊老というものが、本当に人を大事にして、愛していて、それでいて個人として尊重しているという事である。
しかし目の前にいる存在は、世界を保つ為に、ありとあらゆる事を犠牲にしているものだ。そんなもの到底、許されない所業である。
だからムディナは戦わないといけない。ラーフォンという友達がもう二度と苦しまないように。また誰かが霊神鬼の毒牙に掛からないようにしないといけない。
「リンク・オールクリア………………無限剣と龍剣の理の融合を開始・・・・・条件設定、クリア・・・・・・人と龍の力を今、合わせ、解き放つ」
両手に握られていた二振りの剣が、ムディナの力により融合されていく。合わさるだけでなく、進化するように改良されていく。
バチバチという光が放ち始めると、二振りの剣が拡散して、合わさって形を成していく。無限の力と龍としての力、本来なら相反するような二つの理が手を繋ぐように、何の抵抗もなく融合する。
それは形を成した。相反する二振りの剣が、一つとして昇華された。そしてその名は、『無限龍剣 ウロボロス・アヴァンツァーレ』、龍と人が再度、手を取り合い、前進していく証だった。
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