二百ノ七十四話 霊老と霊神鬼・・・
「私は本来、人を審判する資格などないですから」
ラーウォンは霊老や霊神鬼に殺されたと言っても過言ではない。人を見定める使命を持ちながらも、世界の調和を成す為にラーウォンと村を犠牲にしたという事実である。まるで神と成るラーウォンによる罪であるようだった。
ラーウォンのせいで村は犠牲になった。厄病神であり、神の領域へと脚を踏み込んでしまった罰としてだろう。そのような人を生み出した人の集まりなど許せなかったんだろうか。
だからって、人という個人を蔑ろにしている。ラーウォンは死ぬ時、どれ程の絶望をその身にて体感したのかムディナには想像を絶する話だった。恋する異性だって、霊老の手により幸せな日常を破壊されたも同然であった。そんな話をラーウォンが知ったら、恐らく本気で殺しに来るだろう。
霊老はただ静かに、淡々としたような口振りだった。ラーウォンを、人を殺した罪悪感がそこには激しくある。霊老が管理しているこの村は、誰もが幸せな日々を満喫している。絶望したり、後悔しているだろう魂達が、あんなにも楽しく生きている。生き生きしているのが、救いになっている。
不遇な死を遂げた人達の救いの村であり、霊老にとってはこの村に住んでいる人達が救われていて欲しいという願望がある。だから悪い存在ではないし、何なら人を審判する立場で人を理解する為にどれだけの努力をしただろうか。
だからそれを知っているムディナには霊老に激しい怒りはあるものの、それでも人を大切にしている霊老がそんな簡単にしているものとは思えない。
つまり霊老より、遥かに格が高い存在による命令であるのは明白だった。だからって人を殺したり、日常を破壊していい理由にはなり得ないのだが。
「誰に命令されたんですか?」
霊神鬼という存在によるものであろうか。それともそれより遥かに格が高い冥界神によるものなのか。この二つの存在であるだろう。どちらであろうと、ムディナは許しはしない。
ラーウォンを絶望の淵に追いやった奴等なんて、滅ぼさないと気が済まない。ムディナの右手が強く握られ過ぎてて、血が流れ出てくる。ポタポタと赤い雫が、客室の床へと落ちていく。それがムディナの良心がだんだんとすり減っていくかのようにも見えてしまった。
「霊神鬼様によるものです。世界の均衡を乱しかねない魂など、現世にいていい筈などないと」
確かにそれはそうかもしれない。世界にとって、人から神になり得る存在など害悪でしかない。それはムディナでも理解している。世界から許容されている存在なら、自由に力を行使していいだろう。しかしラーウォンの力は、世界には許容などされてはいないのだ。
それは世界から自浄作用として、ラーウォンを、いや大陸さえ滅びかねない何かが発生するだろう。要するにラーウォンとは、世界にとって異常でしかないのだ。それを消す本能めいたものは世界にもあり、だからこそラーウォンが現世に居ていい存在なのだ。
「だからってラーウォンを殺して良かったのか?」
沸々とマグマのように湧き上がる怒りが呼応して、それが無限の力を発揮する。ステージIIIであり、今のムディナが無限の力を最大限に行使できる限界だった。ステージIIIだと、あらゆる事象、概念、存在を全て操作する事が可能である。
それに加えて闘龍気が全開開放しており、ムディナの眼が水晶のような透明な色をしていた。静かな怒りが、ただラーウォンを害した存在に対して燃えていた。
「いい訳がないでしょ!? 人を我達が殺していい理由など、ありはしない!」
霊老の眼には涙があった。その葛藤が、ラーウォンを、人々の日常を破壊したという事実が受け入れていい筈がなかった。むしろ受け入れたくないし、受け入れていい理由などありはしない。
ムディナはそれを聞いて、安堵する。やはりこの霊老は、人の事をきちんと考えられる存在なのだという事実だった。ムディナはそれを聞いて、少しだけ口角が上がる。
「だからって、我がしたという事実は変わりはしない。それは理解もしている。だからこの罪科を背負わなければいけない。二度と、人を審判する霊鬼の種族に泥を塗るような事はしないと誓う」
ムディナの怒りが、人の怒りなのだろうと霊老は察する。当たり前であるだろう。我が物顔で村を、人を管理しているのに、人々を、日常を破壊して、不幸な死を遂げさせた存在がいるという事実は、拭えなどする訳がない。そんな存在が、人を公平に審判していい理由にもならない。
だからこそ二度とこんな過ちを起こさぬようにしないといけなかった。それが人を審判する資格を再度得る為の試練のようなものであろうか。
「それを聞けただけでも、俺は大満足です。つまり霊老様は霊神鬼様………………いや霊神鬼というド畜生の格の高さにより、強制的に従わざるを得なかったと」
ムディナの激しい怒りは、霊神鬼という別方向へと向かわれた。それによりムディナの力の奔流は収まりを見せて、冷静な自分を取り戻す。
やはりこの霊老は、本当に人が大好きなのだろうと。責任感がとても強くて、人の為なら何だってやりそうな、そんな心構えすらある。だからこそムディナは霊老に好感が持てるし、村の人達が羨ましいくらいだ。死後あのような霊老と共にいれば、それだけで救われるであろう。
「いえ、この罪は私のものでもあります。だからムディナ様の怒りも理解しています。だからこの事実を知り、許せないのであれば、私を罰してほしい。それが私の罪へのは 罰として受け入れましょう」
そこには抵抗する事なく、ただ罪をきちんと受け止めて、罰する事を受け入れた霊老だった。ムディナには霊老を討ち滅ぼせるだけの強力な力がある。
だからこそ霊老はムディナにだけ、この事を話した意味だった。ムディナの高潔な精神が、きちんと自分を判断してくれて処罰してくれると。そう願っていたからだ。罪は罪であり、それを無視してのうのうとこの村で人を見定める事など、彼女の心が許せなかった。
「なら我が二代目の龍王であり、無限の力を持つムディナ・アステーナが、霊老アマデウスに沙汰を下す。汝の権限を利用し、名をラーウォン・ムトクリスの個として生き返りを許可したまえ」
「は?」と何を言われたのか、理解する事が出来ずにキョトンとして眼が点になる。このムディナは一体何を口走っているんだという葛藤が、霊老の脳を駆け巡っていく。
人の死した魂を審判したり、魂の循環を円滑に進めていくのが、彼等霊鬼という種族の役目である。だからこそ魂の存在になってしまい、魂の川を渡った後の魂など生き返らせていい訳がなかった。
その困惑を察したムディナは、深くため息を吐きながら、落胆した冷たい眼で霊老を見る。
「汝は人の魂を管理する身にて、その魂を自らの手により絶望へと陥れた。それがどれだけの悲痛と絶望であろうか。その罪を蔑ろにするのであれば、我は何も言う事などない」
勿論だが別に今すぐに、霊老自身で決めろとは言ってはいない。何なら霊老より上位存在である霊神鬼による許可があれば、誰も口を挟める余地など皆無だろう。
あくまでも、魂の物理的肉体の蘇生の許可が欲しいだけだ。後はムディナ自身が、人としての業として行う所業であるから、何ら問題はないだろう。
「霊神鬼様との許可を得てからでも構わないか!?」
霊老は慌てた様子で冷や汗を掻きながら、ムディナに頭を下げる。霊老自身の罪を罰して欲しかったが、流石に魂の物理的肉体の完全蘇生など、許可など出来る訳がなかった。それは確実に概念に反している行いであるからだ。
許可するという事自体が、そもそも霊鬼という種族全体の沽券に関わる重要な事件としてなってしまうだろう。
「それでも構いはしない」
そもそもムディナ自身は、霊老の権限では生き返りの許可など出来ないと分かりきっていた。これはわざと焦らせる事で、早めに霊神鬼と謁見という名の戦いをしないといけないという目論見があっただけだった。
そのムディナの言葉を聞き、霊老は焦燥感に煽られながら安堵して深く息を吐いた。
二百ノ七十四話、最後まで読んでくれてありがとうございます
少しでも面白いと感じたら、いいねやブックマーク登録お願いします。また次の話もよければよろしくお願いします。
誤字、脱字などありましたら、報告お待ちしております。それと何か設定や諸々の違和感があれば、感想にてお待ちしております。




