二百ノ七十三話 ラーウォが死した理由とは・・・
客室の机の椅子に腰掛けながら、ゆっくりと本を読んでいた。霊老からこの家にあるものは好きにしても構わないと言われたので、書斎に備え付けられていた本を拝借した。
霊界の仕組みという本であり、情報収集するには丁度いい分厚さを誇っていた。全部読むには数時間では足りないだろうというのは、分かりきっていた。二日丸々消費して、やっと読破する事が出来る事であろう。
「なかなか読むのに苦労しそうな本だな。それに小難しい事ばっかりだし」
ムディナは机にもたれ掛かり、項垂れるようにして心底面倒くさい様子だった。机に本を開いたまま置き、ムディナは立ち上がる。
欠伸をしながら、天高くまで手を届かせるように背伸びする。
気分転換を兼ねて、少し外の空気でも吸おうかな。
そのように思い、ムディナは窓を開けて涼しい風を部屋に取り入れる。それが心地よくて、気分も幾分かスッキリとする。
「それにしてもラーフォが、現人神なんだな。普通なら余裕で、大陸そのもの、果てには本気で成長すれば世界だって壊すのは容易い」
しかしムディナは疑問にも思う。それはそんな強大な力を保有しているのに、帝国によって村が滅びたという事実だ。それがムディナにとって、不信感を募らせていた。
霊老はこの村に来るであろう魂の実状を全て把握している筈だ。つまりラーフォが神であるという事も、勿論知っている。なのにムディナに対して、その事を一切話もしなかった。何らかの目的があり、話をしなかったのか、それとも話す必要性が単になかったのか定かではない。
そんな事を思いながら、またムディナは椅子に腰掛けようとする時、ドアがノックされる音が聞こえた。
「ムディナさん、今、お時間いいでしょうか」
その丁寧な物言いは、霊老であった。勿論、忙しくないし、そもそもこの家は霊老の物であるというので断れる訳もなかった。
「どうぞ」とそうドアの向こう側に聴こえるように、それなりに大きい声でそう応答した。
何でわざわざ客室まで来て、自分に対して個人的な用事でもあるのだろうかと疑問に思ってしまった。
ドアノブがガチャリと回す音が聞こえ、ドアが開かれる。
そこにいた霊老は何処か後悔の滲んだような、悲痛の表情を浮かべていた。手足が震えており、虚な眼がこちらを見ている。
「どうしたんですか!?」
そうムディナは慌てながら、勢いよく椅子から立ち上がる。
今まで見た事すらないようなその顔に、驚かざるを得なかった。何で今にも泣きそうな顔をして、ムディナのいる部屋に来たのか察する事すら出来ない。
「私は人を審判する資格などないのかもしれないと思ってな」
霊老は寂しそうに、ただ悲しく、か細くそう言った。霊老は人の可能性を、人という存在自体を信用している。どのような罪を償おうが、どのような非道を行おうが、人は人なんだと幻滅したりなどしない。
どんなに悪辣でも、それが人として受け入れられるのはムディナには無理そうだった。他者に迷惑をかける存在は、罪科として処して悪い事ではない。それがムディナにとっての「悪」の定義だからだ。
「ラーウォンの件ですか?」
ムディナは一番身近で、直近であった出来事を霊老に伝えた。その言葉を聞いて、霊老はより深刻そうな顔をする様になる。やはりか、とそのようにムディナは何処かストンと納得してしまった。
「君も察しているだろう? 彼の力について」
風の現人神、人を超え、仙人を超え、精霊を超え、そして人ながら神に至る。そのような逸話を聞いた事はある。ただそれは仮定と理論での話でしかないと、知識に詳しい水神龍が話していたのを思い出す。
人が存在を確立してから、そのような事例は一切、確認されていない。それが意味する事は簡単だ。人は神にはなり得ない。その事実だけが、証明されるかのようだった。
「現人神ですか?」と、そのように疑問視しながら答える生徒のように言った。
実際、目の当たりにして、初めて人ながら神に至った異常な力をその身にて体感した。正直、闘龍気に覚醒してなかったら厳しかっただろう。それか無限の力を、本格的に行使せざるを得なかっただろうとも、ふと考えてしまうくらいだった。
片手には龍刀、もう片方には精霊大剣、両手に別々の武器があるのにそれを容易に動けるのは、とても人間離れしている所業にしか思えない。
「そうです。ラーウォンは人ながら、神へと至った存在です。彼自身は認識していないし、単なる技のように思っておりますが、人が唯一の方法で神へと至る方法とは、事象との極限までの同調です」
ラーウォは極限までに、風との同調を果たしていた。それが生み出すのは、人ではなく風を統べる、文字通りの風の神としての顕現を表していた。
ムディナはラーウォンのあの圧に恐怖してしまった。あれは人などの領域を超えていたからだ。人でいるというより、自然そのものに成るというのは異常としか言いようがない。
「それでラーウォンと、霊老様が深刻そうな顔と何の関係があるんですか?」
それとの関連性が、ムディナには分からなかった。いや頭の隅には心当たりというよりかは、単なる妄想染みた予測は常に脳裏にあった。
霊老は言い淀む。言いたくないというよりかは、言ってしまって目の前に存在に対して霊老として幻滅されそうだという不安があるのだろうか。
「貴方が、ラーウォンを死に追いやったのですか?」
本当に疑問に感じていた。あのような強大な力を持つラーウォンが何故、死んでしまったのか。絶望してしまった直接的な故郷の滅亡の要因が、霊老であるという仮説だった。
しかしムディナはそれを言いたくはなかったし、確証がなかった。単なる妄想染みた根拠のない論理であり、推理でもない。だから言いたくはなかった。
「何故、そのように思ったのですか?」
「人が神になるというのは、魂の均衡を完全に崩す行為ですからね。それに絶対法則である対価のエネルギー概念が破綻してしまうからですかね」
対価のエネルギー概念とは、あらゆるエネルギーは絶対的な量としてそこに存在しているというものだ。つまりあらゆるエネルギーは量が決まっているというものだ。それは絶対的に崩れる事はなく、循環しているから変わりないというものだ。
例えばであるが、コップ一杯の水が絶対的な量だとすれば、それが減ったり、増えたりしないというものだ。
ただラーウォンはそれを完全に無視している。魔力も、気力も消費する事なく、自らの意志で、何の対価も支払う事なく風の力を行使していた。それは力そのものを発生させていると言っても過言ではない。それは世界のエネルギー概念を壊すには充分な話だった。
「霊老様は世界の危機を危惧したのか、調律を乱した悪神として、ラーウォンを定めて死する運命を決定させたというところでしょうか。力を封じるのも、容易いですからね」
霊老は人の魂に関する知識は、ずば抜けて専門的だ。人であった魂のラーウォンの神としての側面への転換を一時的に阻止する事態は容易いだろう。帝国に攻められるという、運命を決定させて悲劇を起こした。
非情的で、下劣的で、不愉快だ。不愉快過ぎて、笑ってしまいそうになる………………。
「だからラーウォンに関して、一歩引いているようにしていたんですね。自分には、彼を救う資格すらないですからね」
沸々と湧き上がる怒りを、何とか抑えようとする。そうでもしないと、冷静に話が出来なさそうだからだ、霊老の真意を聞かないと、この怒りを本気でぶつける意味などないからだ。
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