二百ノ六十八話 風の申し子・・・
ようやくラーウォは理解しただろう。目の前の存在が、『人』という領域を超えているという事を。何て事はない、ただの人の魔力量だと感知していた。しかしそれはあくまでもムディナが人という領域が、それくらいであるという事で調整していたに過ぎない。
闘龍気を扱えるようになった事で、右手にあった龍紋を必要とはしなくなった。というのも自由に魔力と気力を調整出来るようになったからだ。だからこそ緻密な魔力操作と気力操作を可能としたのだ。
それでもこの龍紋を消す事も容易に出来る。ふと、ムディナは右手の手の甲を見る。単に気になったからだ。この右手にある紋章は、龍神達がムディナの為に行った封印能力である。だから龍神達の想いがギュッと凝縮されているようなものなのだ。
だから消したくない。この紋章を消すという事は、育ててくれた龍神達を無碍にするのと同義だからだ。この右手に司っている想いを乗せて、いつも戦っているから余計に肌身離してはいけなかった。
ムディナは決意を固めるように、右手を強く握った。目の前にいるヘタレている野郎に、制裁するには丁度いいからな。眼前にいる風の民であるラーウォをしばく準備は、万全である。
「あんた………………何者なんだよ」
ラーウォは目の前に存在に対して、恐ろしくなり、冷や汗を掻きながらにムディナに問う。相変わらず、力を解放したら、誰だって同様の質問をするなと、若干呆れている表情をムディナは浮かべていた。
何者って言われても、答えは至ってシンプルなものだ。むしろムディナ自身は、そんな事をいちいち見て分かるというのに、聞いてくるのが不思議でしかなかった。
「そんなの当たり前の事を聞いてくるなよ。見て分かるだろ? 人だよ。人族だよ」
そうムディナはどんなに力があろうが関係ない。ムディナは誰かいうのは、変わりはしない。そうなのだった。ムディナがどんなに力があろうが、どんな生い立ちだろうが、『人』である事は変わりなどしないのである。人であるからこそ、ムディナは無限の可能性を持っているのだから。
「あんたのような、人族がいてたまるかよ」
ラーウォはそう吐き捨てるようにしながら、絶叫した。ラーウォから見ると、そこにいる存在は人ではなかった。強大な気が形を創り出して、後方には龍がそこに見える。そんな世界すら簡単に滅ぼしかねない悪夢のような存在が、人族でいていい筈がないのだった。
「俺は人だよ。どんなに、誰よりも強い力があろうが、人である事を捨てたりなどしないさ。あんたは人である以前に、生物の根幹として、間違っているがね」
ムディナは諦めたような声色で、ラーウォに呟いた。そんな諦めたような声色で言われた事で、ラーウォは怒りを募らせていく。煽っているようで、勝手に人の事を決めつけている目の前の野郎が許せる訳がなかった。
「ウルセェ!? あんたに!? 俺の何が分かるってんだ!?」
ラーウォの額に紋章が浮かび上がる。それに呼応するように、霊界という魔素が一切無い空間に魔素が発生していく。いや風という現象がある事から、自然から魔素を変換しているのだろう。
「来い!? 風のしらべよ!? 風芽刃」
ラーウォが両手を交差させると、両手に薄緑色の綺麗な短剣が、握られていた。その短剣は魔素を感じるが、消費している様子がないのに風が纏わりついていた。
本来なら、あり得ない事であった。この世界において、力を消費する事なく、現象を発生させる事など出来よう筈もないのだ。ただ目の前にいるラーウォは確実に力を消費させる事なく、風という自然現象を操作している。それがどれだけ異常的な事なのか、驚愕して空いた口が塞がらないムディナであった。眼前に物理的法則を超えかねない事を、ラーウォは行っているのだ。世界から定められている概念的なものを超越しているせいで、世界から排除されかねない筈だ。
いや、まさかな………………。
嫌な予感が、ムディナの脳裏に過っていく。風の民であろうと、概念的な法則を無視した事など、ムディナは聞いた事すらない。後で霊老に聞いた方が早いだろうと、証拠のない妄想は止める事にした。
今は目の前にいるラーウォというヘタレ野郎を、ぶん殴らないと気が済まない。ムディナは龍剣を手に取り、構えていく。変わらずに手にしっくりと来た。まるで体に馴染んでいるようなものだった。
「………………魂塊武具か。珍しいものを扱うな」
魂塊武具とは、自身の魂の性質などを物理世界に、物体として形にするものである。大体は武器としての形になる事が多い。それが人という存在が、戦いを避ける事が出来ない愚かな種族である現れであるかのようだ。
それに魂塊武具を扱う事は、基本的に少ない。その理由は簡単であった。そもそも実用的になるまでの習得が、才能があっても困難極まりないからだからだ。
そしてもう一つは、最悪なデメリットが存在するからだ。そのデメリットというのは、魂塊武器が壊れた場合は、魂が消滅するからだ。つまり滅びる事と同義であった。
魂を物理世界にて形にしたのだから、当然の事であろうか。要するに魂塊武器が壊れた時、それは死を意味しているのだから。
ただ魂塊武器は、壊れるような事は基本的にない。魂を武器の形にしている為に、強度が異常的だからだ。余程の魔力との差だったり、武器そのものが聖剣や魔剣などの伝説的な武具の場合であるくらいだ。だからあまり使用デメリットそのものの内容は大きいが、それはそれでだったりする訳だ。だから主に使われない内容としては、習得難易度が高すぎるからであろうか。
「我が名はラーウォン・ムトクリス。ムトクリス族の族長の息子であり、真の風神達の恩恵に預かり者である」
風の民である事は知っていたが、ムトクリス族だとは知りもしなかった。ムトクリス族というのは、風神龍以外にも風の大精霊との血筋契約をしている特殊な人族である。
だからこんなにも風属性の力を行使する事が出来るのかと、ムディナは納得する。風の力の申し子達、ムトクリス族を形容する者も大勢いる。
実際に実在するとは思いもしなかった。隠れて過ごしているという話を聞いていたし、何なら都市伝説の類いなのかなと、若干ムディナは疑問視していたくらいだ。だから本当にいるとは、驚愕してしまっていた。
「ムトクリス族か。いやヘタレつているお前には、分不相応だな。マジで」
それを聞き、ラーウォは激昂する。風の勢いが強くなり、ラーウォを起点に台風が発生する。風と水属性の力は、親和性が著しく高い。だからこそ嵐を発生させるのも、容易に行える現象と言えるだろうか。
強き風が舞い、足をしっかり地面に付けてないと、吹き飛ばされてしまいそうな勢いである。本当に風の魔法というよりかは、雷、風、水の三属性を含んだ嵐属性の魔法に近しいものに思えてしまった。
「俺の何処が、ヘタレているって言うんだ!? ふざけるのも大概にしろ!?」
そう言うと、ラーウォは姿を消していく。文字通りに、その場からラーウォという存在は掻き消えたのだ。
次の瞬間、後方から鋭い怒気と敵意を感じた。それに反応するようにして、ムディナは右手を伸ばした。
「な!?」とラーウォは、あり得ない物を目にしたような感じで体が固まった。
ムディナはただ人差し指一つで、ラーウォの短剣を二つとも同時に受け止めたのだ。神業のような、余裕の受け止め方をしたムディナを見て、本当に敵わない相手だと悟りそうであった。
「姿が見えなくなったからと言って、攻撃が単調になっていい訳じゃないな。随分、余裕だね。一発、貰っとき」
闘龍気を加減して、右手に収束させて、ラーウォの左頬を思っ切りぶん殴った。それにより、ラーウォはそれなりに遠くに飛んでいった。
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