二百ノ六十六話 今は亡き、風の民・・・
朝食も食べ終わり、すっかり気分爽快といった感じのムディナである。背伸びして、明るい星の空を眺めている。微風が吹き、ムディナの髪を揺らしていく。それが心地いいものであろうか。
霊界でありながら、そこは現界と何ら遜色はなかった。不思議なのが生物がいない事と、全ての物質が黄金色に染まっているという事実であるくらいだ。
ちなみに何故にこんなにも黄金色に染まっているのかと、霊老に尋ねたが、答えは至ってシンプルなものだった。黄金色とは人にとっては、それ即ち、欲の権化そのものであるかららしい。
確かに不老不死も、生物が、人が長年求めている事である。人は欲のためなら、何でもやる。それは同族であろうと、他種族であろうと、何であろうと、犠牲にする。極限まで腹の減っている人間は、どのような行動を取るだろうか。
食欲という代物自体、生物にとって大切であるが、それ自体が狂気の塊であると霊老は冷たい言い放った。欲は簡単に人を悪魔へと変質する。むしろ生物は全て、悪魔より悪魔らしいと霊鬼という上位種族は達観していた。
この第一層黄金草原は、あらゆる全ての欲を集約させたと言っても過言ではないのだろう。人の欲とは、悪であると冥界神は考えているそうだ。欲を捨てる事で、人は人ではなくなり、魂の輪廻の輪を潜る資格を得れるというらしい。
視点も、価値観も、人とはかけ離れているのは分かる事であるが、ただ霊老アマデウスは人の可能性を、人を信じているから、好感の持てるものだ。
ムディナは明るい黄金色の空を眺めて、朝食の時の話を思い出していた。人にとっての欲とは、とても悪どくて、非情的で、邪道であり、それでも尊いものであるのだから。それを霊老は長年の中で、見出した人の欲の本質であると言えるらしい。
そう一歩、一歩踏み締めながら、目的地まで歩いていた。外の空気が気持ちよくて、周りの村の人達が皆、優しくて、温かさがある。この村は霊老に支えられて、人に支えられてるからこそ、こんなにも暖かいんだろうか。まるで自分が龍界で右も左も分からない中、親心のような暖かさに近いものがある。そんな過去の温もりを思い出してしまった。
ちなみに何処に向かっているかというと、噴水のある中央広場だった。今は現界には亡き、風の民の村の出身者であり、風属性の魔法と、風神龍の加護を受けている種族である、ラーウォと話す為である。
グーディアに頼まれている村を受け入れる為の依頼を遂行しないといけなかった。霊老からラーウォの過去を話を聞いていたが、生きている時代に途轍もない絶望と失意の中、命を落としている事を考えると、なかなか難しい問題であろうか。
村は滅び、好意のある幼馴染は、国に奴隷として堕とされ、皆が絶望の中に息絶えるとても悲惨な光景であっただろう。むしろそのままの方がいいのではないかとすら、ムディナは考えて仕方ない。
その怒りが収まるとは思えもしない。時間が絶望と失意、怒りを収めてくれるとも思えない。それほど彼の眼を最初に見た時の感想である。あれ程に諦めてはならないと、復讐心に彩られている燃える炎を見た事ない。
異常的であるだろう。ラーウォのあの復讐の炎を消すなど、何も知らない他者が出来る訳もない。人はあれ程に、復讐の精神に心を侵蝕出来るものなのだなと、むしろ圧倒されてしまった。
「さてと………………どうしたもんだなぁ………………」
ムディナは困ったように悩んでいる表情を浮かべて、髪を無性に整え始める。自分が何を言ったところで、部外者がとか言われる落ちであるのは目に見えて明らかだ。何なら逆の立場だったら、ムディナだって同様の事を言うであろう。
詰んでいるな。グーディアに言って、その依頼を今更ながらに諦めて、却下して貰おうかな。ただでさえ口下手である事が多いのは自分も理解していた。ため息を吐きながら、心底怠そうにしているムディナだった。
ムディナがラーウォに何を言えば、何が答えなのか、交流関係が薄い関係で、下手な言葉で地雷を踏みかねない。つまり触れない方が、お互いに幸せなのかもしれない
ただこの村にお世話になっているのも事実だった。霊老には龍王の過去の話などで大変に世話になったし、グーディアには村の人達全員に紹介してくれたり、案内してくれた。ムディナがこの村の輪に馴染み易いのは、グーディアのお陰と言っても過言ではない。
その恩義に報いる為にも、自分に出来る事は全力で遂行しないと、示しがつかないだろう。このままではただ世話になっているだけの恩知らずなとても最底辺のクズとして、村に認知されてしまう。そのような危機感を覚えているのが、今のムディナであり、それが使命として無理やりにもムディナの体を動かしているに過ぎない。
だからこそラーウォにはどうにかしても、村と死を受け入れて貰いたいものだった。最難関依頼のダブルSクラスであると、ムディナにとっては難しかった。
そんなこんな歩いていると、噴水の塀に座っているラーウォがいた。本を読みながら、絶望した眼差しを本に通している。その表情は暗黒そのものであり、もう全てがどうでもいいと言った自暴自棄がそこに含まれている。
復讐の色に染められながら、それが絶対に叶えられない事を理解しているからこそであろうか。全てがどうでもいい、生きていようが、死んでいようが、何をしてようが、歩いていようが、もう何でも全て嫌いだから。
自己嫌悪をしてしまうラーウォがそこにいる。全て捨てたくて、全て嫌いで、全て復讐したい。
そんなにも負の感情に支配されているのは、ムディナは遠目からでも察する事が出来た。あれは確実に駄目なんだなとすら、思えて仕方ないくらいだ。虚的な眼が、それを物語っているのが伝わってくる。
それでもムディナは息を飲みながら、ラーウォに近づく。ムディナが近づいてきたのに気づいたのだろうか。本を読む手を止めて、嫌そうな顔を向けてきた。
「またお前か? 何のようだ?」
負の感情を煮詰めたような、心底嫌そうな声を上げる。確かに昨日と今日で、付き纏うかのように話しかけてきたら、そうも嫌な顔をするかと、ムディナは何故か納得する。
粘着質で、しつこくてすみませんね。そんな風にムディナは心の中で、煽るように謝った。
「いやな、あんたと話したくてな」
そう不器用にしながら、言葉が詰まらないように心から言った。確かにムディナはラーウォと話したくて、仕方ないのは本心だった。何処なのかは自分には理解出来ないが、ムディナにとってラーウォは放っておけなかった。
孤独でいる事が、ラーウォにとっては理想的だった。そうしたら、煩わしい事もないからだ。面倒も起きず、何も気にしなくていいからだ。それが一番に、平穏をラーウォが望んでいる事だった。
その平穏な自分の世界を壊す、ムディナを嫌悪した眼を向けられても仕方ないと言った様子だった。孤独の世界を壊す彼を、許容したくないラーウォがそこにはいるのだから。
「俺は話したくない。だから消え失せろ」
そうウザそうにして、ムディナを突き放した。その行為がラーウォにとっての護りそのものであり、自分がもう傷つきたくない裏返しだった。
怖いのだ。もうあんな絶望を味わいたくないからだ。誰かといる事が、とても酷いまでの絶望へと変わるのが、ラーウォにとっては恐怖なのだ。生きてきた時に、あんな絶望的な別れを、二度と経験したくないのだ。
また誰かと仲良くしたら、絶望してしまうのだから。それをよく知っているから、もう一人でいた方が確実に楽なのだ。
そうラーウォが村を、人を拒絶したのは、至ってシンプルなものだった。もう二度と辛い別れの経験をしたくないだけだった。
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