二百ノ五十話 ムディナ・アステーナの由来・・・
「何でその事を知っているんですか?」
ムディナは疑問に感じた。目の前の霊老と名乗る女性は、本当に何者なんだという考えが一層不信感として募っていく。しかし悪い人ではないというのは、理解出来るので、龍神達と交友関係があると見ていいだろう。
それよりムディナが不審に感じたのが、自身の名前の由来である。それは普通に自身が考えた事すらなかった疑問点である。龍神様達に付けて貰った名前に、疑問に感じるというのが何か失礼に感じていたので、そのような考えを無意識に排除していた。
ただ霊老はムディナの名前を聞いた瞬間、確実に龍神との交友関係を看板した。それが何を意味するかいうと、自身の名前に何らかの由来がそこにあるという事になる。それを機に、霊老に聞いてみる事にしようとムディナは意気込む。
「龍神達とは交友がありましてね。それにしても驚きました。あの人を自然の塵として定義している龍神達が、人を育てるなんてね」
そのような過去が、龍神達にあったとは知らなかった。ムディナのよく知る龍神様達は、厳しくも、それでいて優しさがあり、自身を一心に考えてくれている。そのような思い出しかなかった。だからこそ霊老の言っている過去があるとは、信じたくなかった。
「それにしても俺の名前って、何か由来があるんですか?」
それがムディナが一番聞きかった内容である。ムディナ・アステーナ。龍神様達に名付けられた、自身の誇り高く、龍神達という憧れを背負っている名前だ。だからこそこの名前を大切に、絶対に恥じないように生きる事をムディナは決めている。
「龍神達から聞いていないんですね。確かに話したくないかもしれないですね。それを話してしまったら、貴方は人を見る事を辞めてしまいかねませんから」
どういう事だ。そんなに俺の名前というのは、重要な意味があるのか。ムディナは深く、ただただ深く自身の名前について、悩んでしまう。聞いてみたい。しかし聞いてしまった時、自分は大丈夫なのかという不安が脳裏を過ぎる。
それを見た霊老である女性は、同情するかのように選択を迫る。それは真実を知った時に、罪科になるという懸念からくるものであった。それほど悲劇的で、悲壮的な名前なのだから。
「それ以上、聞きたいのなら止めはしません。貴方様の判断にお任せします。しかしその名前の由来を知った時、貴方様が絶望しないように宜しくお願いします。私はそのような人の形は、望んではいないのですから」
冷ややかな視線が、霊老はムディナを見る。それ程に名前の由来には、重要性があるのであった。だから霊老は同情と同時に、ムディナの人としての選択を尊重すると共に人としてと過ちを起きないように注意していた。
ムディナは悩む。ベッドに腰掛けながら、ただ静かにずっとその時間は過ぎていく。自分はそれを聞いても変わらないだろうか。その恐怖心があった。霊老が言うという事は、余程の何かなのだろうという予感がある。
だから自分は本当に変わらずにいれるだろうか。怖い………………。怖くなってくる…………。それ以上を聞く価値が自分にあるのか。それ以上を聞いても、俺は絶望しないだろうか。
ムディナはふと自身の右手を見る。それは龍神達に施されたムディナの強大な力を封印する龍紋を眺める。それを施された時に言われた事を思い出す。
(これからは一人前だ。龍として独立している証だ。だからこれからはムディナは自身で選択を迫られるだろう。しかしどのような選択をしようとも、我々はムディナの味方だ)
それは龍神達が、ムディナを誤った選択をしないという確信があっての発言であった。ムディナを信頼しているからこそ、この龍紋が施されたという事になった。
ムディナは強く右手を握りながら、顔を上げる。霊老は強い意志で顔を上げたムディナを見て、ほのかに笑顔を浮かべていく。
「聴かせてください。俺の名前の由来を。俺のこの名前は、龍神様達に憧れて、それでいて誇りに持っている名前ですから。その責任も、咎も、全て受け入れて前に進みますから」
ムディナの強い意志が、木霊するように霊老に響いていく。ムディナは知っている。龍神達が、親心のように育ててくれたこと。あの温かさがあるから、ムディナはずっと生きていられるんだから。
「龍神達はいい子を持ったものです。だからこそ名前を受け継いだのでしょうね。話しましょう。この名前の元の存在と、その悲劇を」
ムディナは息を飲みながら、霊老の話を真剣に耳を傾けていく。霊老は強く息を吸いながら、覚悟を決めていく。ムディナという個人がここまで意志を強く固めたのなら、自分も覚悟を決めないといけなかった。
「ムディナ・アステーナ。それは龍神王と呼ばれる存在の固有名です。またの名を龍王。龍老と兄弟のような関係ですね」
ムディナはそれを初めて聞いた。いや龍王という過去に龍神達を統べる存在がいたという事は知っていた。しかしそれが自分と同じ名前だとは、聞いた事すらなかった。
「厳密には、龍には固有の名前というのは存在しなくてですね。超自然的存在である彼らは、そもそも固有の名前を必要としないですからね」
確かに他の龍神達や龍や竜は名前は存在しないという風に言われていた。司る自然が、そもそも名前として機能するからというものらしい。炎神龍然り水神龍然りである。だから固有名という概念は、そもそも龍という文化には必要ないらしい。
という事はムディナ・アステーナという龍神王は、外的要因により、名前を付けられたという事になる。そのような文化がない龍界なのに、名前があるという事は人間が名前を付けたという考えに、ムディナは至る。
「つまり人間に名前を付けられたという事ですね」
「流石、察しが宜しいですね」
龍界というのは、殆ど現界との関係がありもしない筈である。それに龍神達の長ともなれば、それは余計に謙虚になる。そんな龍神王と関係のある人間というのは、余程の存在なのだろうという事になる。
「龍神王は、現界を壊しかねない歪みを確認した為に、その存在を対処しようとしました」
世界を壊しかねない人間がいるという事実に、ムディナは驚愕する。と言ってもムディナもそれくらいの力を、容易に有している。ただ現界で、そのようなイレギュラーな存在が発生するというのも、また事実なのだろう。
「ここからは龍王と呼ばれる龍という超自然的存在を全て統べる存在と、右も左も分からない異世界の勇者の悲劇的な過去話になります。心を強く持って聞く事をお勧めします。準備は宜しいでしょうか?」
異世界人という事は、召喚された類いであろうか。トーラス国と因果関係が、深そうな話であった。その昔は、異世界で人を召喚したという古き逸話が存在する。今は失われたその古代召喚使役魔法と呼ばれる技術が、関わっていそうであった。
ムディナは意志を強く持っていた。右手を強く握ったまま、龍神達を信用して、それでいて信頼して、その話を強く「はい」と返事をして、強く頷く。
強く持たないと、恐怖心が優って自分の信念が瓦解してしまいそうになる恐ろしさがあった。絶対に、絶望しないようにしないといけない気がするからだ。ムディナもよく知らないが、心の奥底が騒めきながら、その危機感がムディナは『強く』させていた。
「聴かせてください。この誇り高き名前の過去の龍神王の話を」
ムディナは真っ直ぐに霊老の眼をきちんと真面目に見た。ここからはムディナの強き意志が、きちんと持つかの勝負になるのであった。
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