二百ノ四十六話 黄金草原・不滅の楽園・・・
そこは見た事もない幻想的な世界がそこには広がっていた。辺り一色が黄金の草木に包まれている世界なんて、ムディナにとっては信じられない光景だった。
これは龍神達に聞いた霊界の第一層の世界と同じようなものが、ムディナ達の視界の先に存在していた。それはあり得ないと思うと同時に、ワクワクとした高揚感と期待感がゾクゾクと心の奥底から上がっていく。
そして空を眺めると、金色の幻想的な、夢のような金色空が広がりを見せていた。最早この世のものではないとは、確実に分かる事であろう。
さっきまで警戒をしてきた二人であるが、このような光景を目の当たりにした為に、見入ってしまう自分がここにはいた。剣を握る手がふと、その圧倒的な光景により緩んでしまう。
ただそのままでは、霊界という未知の世界に行ってしまう危機感が二人を包み込む。二人は即座に剣道場の入り口を見ようとする。そこには既に何もなく、ただ金色の草原であった。帰り道が無くなったという事実が二人を不安にさせる。
しかし二人はこの程度の危機には、決して不安であるが動揺して判断を鈍らす事がなかった。とりあえず帰還の手掛かりを掴む事が最重要の情報だった。
「とりあえず先に進みか」
サーデクスはそのように提案した。ムディナ自身もこのまま立ち往生しているよりは、遥かにマシだと考えていた。この黄金草原を歩く事にした。
暫く歩く事、数十分は経過した事だろうか。変わらない景色が続いていた。何て事はない自然の息吹すら感じない自然的に見えて、不自然極まりないように思えてきた。ムディナはだんだんと幻想的に見えてきたものが、恐ろしいものへと変化していた。
生物が一切いなくて、不自然のような黄金の草原の景色、ムディナの脳裏に凄い景色だったものが、恐ろしい景色へと変わっていった。
「マジで生物一つすらいないな」
ムディナは辺りを見渡しながら、そのように呟く。延々に続くようにすら思えてしまう、果てのない道とすらない野道をただ歩き続けている。
「だって霊界だもの。それにこの黄金の草って、不滅の草じゃないのか?」
サーデクスは黄金の草を観察して、子供の時に聞いた御伽噺を思い出す。それは御伽噺にしか登場しない、食すと不滅になれ、霊界にしかないとされる黄金の薬草であった。
「食べるなよ。不滅になれるというからには、何かしらの誓約を課される可能性だって、大いにあるからな」
そのような都合の良い話は、一切存在しない。不滅になれるという美味い話には、絶対にそれ以上の代価が支払われる可能性が高い。
「分かっているよ。手なんかつけないよ。そもそも得体の知れない何かなのは、確かなんだからさ」
やはり前回の大悪霊事件の時に、剣道場と霊界が繋がったのだろう。あれだけの莫大な怨みの力が、剣道場を限定的な別世界への入り口へと変化させたと見える。
そう考えると、俺が戦った大悪霊ジャックというのが如何にヤバい敵だったのか、鳥肌が立ってしまいそうになるな。それにきしても、変わらない景色にだんだんと飽きてきたな。
「ここがもし本当に霊界第一層という事なら、管理者がいる筈だ。一層を取り仕切る存在、霊神鬼と呼ばれる存在がいる筈だ。とりあえずその存在を目指して進もうか」
サーデクスはそのようにして、俺に提案してきた。確かに霊神鬼と呼ばれる存在は、霊界を取り仕切る番人としての役割を持っている。それはつまり霊界を管理しているという事は、自分達が異端の存在として現界に戻してくれるのは確定的だろうと判断出来る。
しかし霊神鬼は番人であり、管理者であり、生物、ありとあらゆる常識を度外視している存在でもあるとされている。つまり喜怒哀楽という原初の感情を無視して、ただ無機質的に判断を交わす存在でもある。
「本当にいるのならな」
これは霊界を模した何かである可能性だって、大いにある。つまり空間を創造したかも知れない。誰かが自分達を閉じ込める為に発動した結界でもあると可能性的にはあるが、流石にここまで異常な景色が続いているとそうには思えないか。ただ頭の片隅には留めておくとしよう。
「それにしても霊界って、割と簡単に行けるものなのね。私はてっきり、別世界だから、難しいものだとずっと思ってきたからさ」
死んだ魂だけの存在が辿り着くとされている霊界第一層である黄金の草原、またの名を不滅の楽園とされている霊界の道であるとされている場所が、ムディナ達が歩いているところである。
サーデクスはつまり死んだ時にしか、行けないとずっと考えていた。実際であるが、聖都である聖典にはそのような記述があるとされているし、サーデクスはそれが常識だと思っていた。
「別世界って言っても、世界同士は繋がっているぞ。簡単に言うと、食べ物のミルフィーユとかの感じだ。一層、一層毎だが世界同士は繋がっている。ただ認識する事が出来ないし、何なら世界空間という概念があるせいで、普通なら魂しか通れないし、認識する事すら出来ない筈の霊界にいるのはおかしいものなんだがな」
世界空間というのは、世界が世界そのものとされている次元の隙間である。それは世界同士が侵食されない様に世界を守護している役割を担っている。
そして世界そのものを移動したムディナ達は、つまりその世界空間という隙間を完全に通過したと考えられる。実態のある物体が、そのまま霊体で存在と認識を許されている霊界に生身でいるという話になってくる。
「これは思ったより、深刻な問題かもしれないぞ。何なら霊神鬼と呼ばれる存在に殺される可能性だって、出てきたぞ」
ムディナは冷や汗を垂らして、そのように深刻な表情を浮かべていた。その考えに至ったのは、つまり霊界では霊体でしか存在を赦されていないというところだ。それはつまり世界の概念であるルールを度外視して自分達が、土足で幽界を闊歩しているというところだ。
異端であり、異常な存在であるのが、今のムディナ達だ。それが何を意味するかというと、霊神鬼は霊界を管理する存在である。そんな存在が、異常な存在である自分達を到底赦して貰える訳がない。何なら霊界ですら拒絶されて、魂の循環の理から外れる可能性だって出てくる。
「そうだね。私達はつまり世界のルールを、犯している存在って事になるね」
サーデクスも同様の意見のようだった。しかしだからと言って霊神鬼に会わないと、恐らくであるが現界には戻れそうにない。剣道場という世界の歪みは、一方通行であった手前、それ以外思いつく事が出来なかった。
「しかし手掛かりがあるのは、霊神鬼以外にないからな。会うしかないだろ」
ムディナは吹っ切れて、そのように清々しく言った。サーデクスはそのムディナの決断に同意したのか、頷いて前に進んでいく。
「霊神鬼に殺されそうになったらムディナ、宜しくね。私より遥かに強いんだから」
霊神鬼との戦闘は、避けられそうにない事態であるだろう。ムディナは実質的に、神ですら屠った存在である。霊神鬼と呼ばれる霊界の第一層の管理者くらい、訳がないとすらサーデクスは思えていた。
しかしサーデクスには別の目論みがあった。単純に戦闘するのが、やりたくないと言った話だ。霊神鬼と呼ばれる得体の知れない未知の存在との戦闘なんて、何があってもしたくないのが事実だった。
「サーデクス………………」とムディナはサーデクスの顔を凝視しながら言う。
「ただ戦いたくないだけだろ」
ムディナはサーデクスの核心を突くようにして言うと、サーデクスはビクッと跳ねて口から言葉を出す事はなかった。
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