二百ノ四十一話 噂話・・・
そんな他愛のない話をしていると、メイド服を着用している十二歳くらいの女性が円形のトレイを持ちながら飲み物を持ってきた。どうやら気を効かせて、新しい飲み物をムディナ達に提供しようとしていた。
「どうぞ。こちらを」
その女性はエレナ・アーリデン。と言ってもこの国での、女性の偽名である。本来の名前はエレナ・レパードである。そうである。あのイコーリティ大幹部であるイレス・レパードの妹だ。
あの闘技大会以降話であるが、一度騎士団の方で保護されていた。そして本来の名前でいると、まず間違いなく国で生きるのが厳しくなるという事になるからだ。だからこそ偽名であり、トーラス国で本名として生きる事に決めたようだ。
「あれ? ムディナ様、ミーニャちゃんは、何方かに行かれたのですか?」
そうエレナはウロウロと辺りを見渡していた。身体的にも、精神的にも、それなりに歳が近いという事もあり、このハクテイ寮で仲良くなっていた。
今ではこの二人は癒しだなという話が、ハクテイ寮の清涼剤にすらなり得ている。それにヒキさんが苦言を呈するのが、最早様式美でお決まりになりつつある。
「ミーニャは、ジェイ達と買い物に行っているよ。女子達でって話だな」
それを聞き、エレナはショボンと肩の力を落として落胆する。確かにエレナも、ジェイ達と仲が悪いわけでもなく、むしろ仲が良い方だろう。
だからこそ自分だけが仲間はずれな事に対して、気持ちがいい者ではないに決まっていた。
「あれだぞ。今日はエレナは仕事だから、難しいという話をされたぞ。また休日に誘われるんじゃないか?」
エレナはムディナの話を聞いた途端、嬉々としていた。本当に単純な子だなと、ムディナは白い眼をしていた。
ちなみに何故に、ハクテイ寮のメイドをしているかというと、ムディナがいるからである。というより騎士団もいつまでも、エレナを保護している訳にもいかないし、日常に戻してやりたいというのが騎士団長アライによる意向であった。ただエレナに罪が無いとはいえ、大犯罪者であるイレスの妹という部分は拭えない。それは気持ち以前に、そのような危険性を考慮しない訳にはいかなかった。
そこで一番実力があり、信用が出来る人物であるムディナの近くにいるのが信用出来ると言った話だ。それにヒキさんの身近での監視下というのがより安全性を高めている。
だからって、俺の所に来る必要性はないだろうに。他の所に行っても、エレナは大丈夫だろうに。白い眼をしながら、アライさんに言い放った記憶がある。
「それじゃ、ミーニャもいないのなら、ムディナ様を好きにしても良いんですね」
いつの間にかムディナの隣にエレナは座っていた。完全に意識の外でいる一瞬の隙で、懐に戻り込んだ。そのような間合いを詰める技術には見覚えがあった。イレスがよく行っていた歩法技術だった。やはりこのような行動をすると、イレスの妹という事が実感出来てしまうムディナだった。
好きにするって何をするつもりなのだろうな。この子は。何か十二歳とは思えない色気だよな。イレスさんの妹だから、顔が整い過ぎている。頬を赤らめながら、体を密着していた。
「あのな………………エレナ、離れてくれないか」
俺は顔を逸らしながら、そのように恥ずかしくなりながら口にする。本当に籠絡するような勢いでいる、エレナがマジで怖い。というかそのような光景を観ている三人が、すげぇ眼差しで俺を見ていた。
いやこれは俺が悪くねぇだろうに。何で殺意に似た眼を向けられないといけないのだろうか。俺が何をしたって言うんだよ。止めてください。マジで。その眼はキツイのです。
「いえ、ムディナ様の側にいる方がエレナは安心出来ますので」
ちなみに俺に助けられた時の記憶はきちんとあるようだ。だからこそそれなりに恩義と共に、好意を抱いているのは俺でさえこのような行動をされるので理解出来ていた。
だからって十二歳が行うような行動ではないのだけどな。何処でそんな事を覚えたのか、気にはなる。いやイレスさんも戦闘中とはいえ、対戦相手に対して籠絡していたな。そのような技術も身につけているという話なのだろうか。
そう考えるとエレナは、戦闘技術は豊富な可能性が極めて高いな。そのうち模擬戦でもして、実力を確かめる事にするとしようかな。
「お願いします……離れてくださいませ。色々ときつい…………」
俺はマジな顔をして、エレナに嘆願した。そうでもしないと恐らく離れないからだ。
三人の殺意がヒシヒシと俺の肌に、違和感として伝わってくる。それが功を奏したのか、エレナは少し離れた位置に座り直した。よし、そのままの距離感でいて欲しいものだ。そうしてくれないと、俺の何かと三人の同級生による殺意の眼差しが開眼してしまうからな。
「それはそうとムディナ様、一つお話ししておきたい事がありまして」
何かを思い出したかのように、エレナは話題を切り出す。珍しいものもあったもんだと思い、耳を傾けた。
「何かしたのか?」
「あのですね。学院で幽霊が出るという噂がありましてね。ヒキさんからも、その話題をムディナに話してくれとの事らしくて」
ヒキさんからの直々の話という事は、それなりに信憑性のある話であった。それはつまりのところ、噂が本当という確証めいた事に他ならない。
ただ幽霊というのは基本的には、あり得ない事象として定義されている。
それは何故かというと、魂はそもそも現界、つまり現世にて形を保つのが怪しいからだ。本来なら幽界と呼ばれる通り道を通り、各魂の世界へと転送されるらしい。
ただ一概にであるが、例外というのも勿論であるが、存在する。とてつも無い憎悪により、魂が集合体として存在している場合は、形を保つ事が可能である。それの代表例が、大悪霊であるジャックだ。
あれは端的に言えば、子供達の国に対する怨念が集合体化した姿だ。
「幽霊ね〜。本来ならあり得ない話だが、気にはなるな。ヤーウィ達は聞いた事があるのか?」
学院で噂になっているという事は、それなりに見た事があるからこそ、話題になっているという事だ。
俺自身は聞いた事が一切ない事だが、他の三人はどうなのだろうか。
「確かに最近、耳にはしましたね。確かなんだけど、剣道場で出るって話でしたね」
つまり剣道場にしがらみがあるという事なのか。それか剣そのものに対する何かしらの怨みとかだろうか。それにしても奇妙な話になってくるな。
「あとそれから、制服を着ていたというがあるな。この学院の生徒とかって話で、盛り上がっていたな」
そんな事をガールデは言った。それはそれで、奇妙だな。魂というのは、情報の集積体である。だんだんとそれが蓄積されて、魂はだんだんと大きくなっていくものだ。
ただ生徒という話なら、せいぜい十年弱程度だ。そのような小さな情報で、魂が残留するとは到底考えられないのだ。
それに最近耳にしたという事は、ここ直近の発生なのは確かだ。幽界との通り道に何かしらの不具合でも発生したのだろうか。じゃなきゃ、とても考えられない話だ。
「ふむ、噂という事だしな………………。調査した方がいい気がするな。少し、風紀委員長辺りに話してみるよ」
学院がそれで不安になってしまっては、元も子もないしな。単独で調査する許可は、取れるだろう。
ただ問題点というか、気になるのがヒキさんは何故その話題を俺に話したかという点だ。幽霊騒ぎというあくまで噂の事を、真実であるかのようにエレナに通達を頼んだのか。
後でヒキさんにも確認を取ってみるのがいいだろう。何かしらの情報を持っているのは、確定的なのだから。
二百ノ四十一話、最後まで読んでくれてありがとうございます
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