二百ノ三十九話 試験勉強、開始・・・
ムディナは教科書を持ってくると、そこには寮内の同級生がソファに座っていた。紅茶やコーヒーなど、各々教科書と向き合いながら、傍らに飲み物を置いていた。
待たせまいと思い、急いで走って取りに行ったのでそんなには時間が経っていなかった。しかしそれでも待たせたという事があるので、とりあえず言う事にした。
「すまない。待たせた」
ヤーウィは眼鏡をクイっとして、位置を直した。ガリ勉みたいな雰囲気を漂わせているなと、ムディナは微かに思ってしまった。
確かに勉強もヤーウィは出来る方であるが、実技の魔法訓練でもそれなりの成績を修めているので、割と文武両道と言ったところだ。
「そんなに待っていないので、大丈夫ですよ」
そう淡々として、ヤーウィは言った。どんな時も冷静にいるというのは、ムディナにとっては良いものだなと憧れを持っていた。
そして他の二人であるデーラィとガールデはというと、教科書と真剣に向き合いながら頭を抱えていた。そろそろ頭部の温度が高くなり、天辺から湯気が出そうでさえいる。
「ムディナ君〜………………助けてくれ〜」
デーラィは、情け無い泣き言を発した。そんなに、難しいものではないんだけどな。とは言ってもデーラィもガールデも、入学試験の筆記は合格しているので、それなりに勉強はしていたのではないか。
それなのに分からない、若しくは勉強方法の仕方自体がわからないという事なのであろうか。そこら辺はムディナは不思議でならなかった。
「二人って、入学の時の筆記試験は本当に合格したんだよな?」
ムディナはソファに腰掛けて、教科書を開く。試験範囲は事前にアリテリスが知らせてくれているので、付箋がきちんと貼られていた。
そこを重点的に勉強するだけで、筆記試験は問題ない筈なのにな。勉強の仕方が分かれば、今回の試験はむしろ百パーのレベルで合格出来るものであるくらいだ。
「ほら………………あれだよ………………。家庭教師という奴が付いててな。デーラィ様と俺は、それで何とか入学試験は受かったんだよ」
何という羨ましい奴らなのだろうか。いやかたや王族で、かたや王族の付き人だもんな。俺とは明らかに住んでいるであろう世界が、全部違い過ぎるくらいだ。
それはそれで、家庭教師による質の高過ぎるくらいの勉強を見てもらっただろう。ただそれはそれで、勉強の仕方は分かる筈なもんだが。そこら辺は違うのだろうか。
「ただ俺らはあまり集中力が持たなくてな。文字を見るだけで、暫くすると頭が痛くなるくらいだ」
あぁ………………根っからのアウトドアで体育会系か。肉体がそっちに慣れすぎてしまって、文字を見ると拒絶反応起こすくらいの重傷具合になっている訳か。それはそれで、家庭教師は苦労しただろうな。
「それじゃ、家庭教師雇えば良いじゃん。専属の顔見知りの人がいるんだろ?」
結局な話であると、この二人がそういう性質を理解している、その家庭教師をここに呼べばいい気がするんだが。何かしら出来ないと理由でもあるのか。
「ムディナ、君は学院概要をきちんと読んでいないのですか?」
ヤーウィは冷静に、俺の言っていた言葉に対して口にした。学院概要はそれなりに斜め読みしたくらいだから、関係ないところは読んでいないんだよな。
俺が知らない雰囲気なのを理解したのか、ヤーウィが教えてくれた。
「家庭教師や塾の類いは、禁止されているのだよ」
それはそれでまた変な校則だな。何をもって、そんな勉強出来ない奴を制限するようなルールは。そういう事していたら、勉強出来ない人間は確実に落ちていくだろうに。
「なにそれ? 意味分かんないな」
その校則も、この学院の中退者だったり、留年生が多い理由として存在しているのだろうか。だとしたら、何かしらの意味が含まれているだろうが、頭を回しても答えが出てこなかった。
「恐らくでありますけど、自分で勉強くらいどうにかしないといけないという事でしょうね。個人で考えを巡らして、答えを出していく。それに加えて、危機感を覚えて誰かに頼むというコミュニケーション能力もそれには含まれていくでしょうしね」
実際問題であるが、試験があるのは来月であるが、事前に一ヶ月前から二人は危機感を覚えて、ヤーウィや俺に対して勉強を教えてほしいと教授している。
それはインターバルなどを考慮してだろう。試験日一週間前から教えてくれと頼んでも、この学院の学力ではまず間に合わない。それなら事前に一ヶ月前からなら、余裕は充分ある。そのような見極めも、この学院では課題として存在しているという事になるのか。
「それはそれで、よく考えているな。学院も」
やはりトーラス魔術騎士学院と言ったところである。大陸、世界から一目置かれるレベルでのハードな環境と言ったところだ。そのような環境にいる俺は、それなりにレベルアップ出来そうだな。
「とは言っても、それでも二人の学力は地の底にあるのは変わらないのですけどね」
ヤーウィは冷たい眼差しを二人に向けて、冷めた口調で言った。二人はそれに驚愕して、体を震わせて教科書と向き合い直す。この二人を恐怖によって、支配しているヤーウィとは俺も怖く感じてきた。どんな仕打ちをされてしまったのだろうかと、それはそれで興味が唆られる部分でもあるが。
「あっそこは、分散するでしょうが」
ヤーウィはガールデが模擬問題の答えを記入しているのを、横目に見ながら教えていた。ガールデがやっているのは、魔法力学術というものである。この魔法の術式は、どのような作用を及ぼすか。そして術式を構築する際の方法などが主な内容である。要するに魔法の術式を学ぶ授業だ。
ちなみにガールデが間違った部分は、雷の魔法の一つである、サンダー・ミストという中級魔法の術式だ。分散すると、拡散を間違えたようだ。
確かに間違えやすい問題ではあるな。分散するというのは、ばらばらに広がる事を言うからな。拡散の方はどちらかというと放射状に規則的に広がりを見せるから。サンダー・ミストというのは規則性がなく、範囲を拡大するからな。だからミストと形容されている。
「なかなか難しいよな。魔法力学術は。俺も覚えるので、精一杯だから大丈夫だぞ」
実際、俺も魔法力学術は難しいとは思っている。初級魔法、中級魔法、上級魔法が主な部分であり、術式を追加したり、術式を暗記したりなどなど暗記による部分も多々存在する。それに加えて応用がきちんとなければいけないというのも、だいぶこの授業が難解な事を加速させている。
「ムディナ、この二人を慰めないでください。それはそれで、調子に乗ってしまいますから」
ヤーウィの鬼畜先生並みの、スパルタ授業というのは如何なものである気がする。そういう部分でも慰めて、それなりにモチベーションを出させるというのも必要な気がするんだがな。
いやヤーウィは基本的に優しい性格である。だからこそ自分にも厳しくして、大切な二人だからこそ心を鬼にして厳しくしているのだろう。確かにこの試験に落ちると、退学のチケットを獲得するようなものになるからな。
この寮でも四人での日常を、ヤーウィは保ちたいのだろうか。ヤーウィのペンを持っていない左手を強く握っている事からも、それなりに心に何かしらあるのだろうな。
「分かったよ。俺はデーラィを見るで良いんだよな」
一対一で対応した方が効率的であろうしな。ヤーウィもガールデを見ているという事は、元からそのつもりでいるのだろうか。
「そうですね。ムディナ、宜しく頼みます」
「了解」とそう言いながら、俺も勉強を開始した。
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