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八千職をマスターした凡人が異世界で生活しなくてはいけなくなりました・・・  作者: 秋紅
第一章 異世界で生きなきゃいけなくなりました・・・
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二十三話 大切な人とは、目の前に居ました・・・

俺は川原にて草むらの中、腰を下ろしていた。そしてアライが俺がいなくなったのかと心配して探してきてくれていたようだ。そして俺を見つけてアライは近寄ってきた。








「アディ――見つけた」







 アディは寝衣姿であり、薄着だった。どうやら俺がベッドから居なくなって急いで上着も着ずに来たようだ。アライの額には汗が滲んでおり、息も絶え絶えで走ったのも分かった。そんな夜空で、寒空の中、こんな格好しているのはどうかと思う。







「とりあえず、ほら」






 俺はアライのサイズよりは小さいかもしれないが、着てきた上着を一枚アライに渡した。そんな急いだのは、俺のせいもあるし、風邪を引かれても罪悪感が出てきてしまうからな。






 俺の上着をアライは受け取り、「ありがとう」と一言、小さな声で言った。






「なんで、ここに居たの?」







 アライは俺の上着を羽織りながら、疑問を投げかけてきた。川原に居た理由なんてたまたまなんだが、どう言おうか。いや、元々川を見るのは好きだったな。川が海へと繋がっているのが、とても自然的と言うべきものだった。世界って結局、何でもかんでも循環しているのだなというのが実感出来た。そんな循環の中、俺達も生きてるんだなと美しく感じた。






「川を見るのが好きでさ。昔、兄貴によく散歩で川の周辺を歩いてさ。俺も何故か、それが楽しみでさ。今もそれが習慣化してしまっているのさ」






 よく俺が家にずっといるザ・インドア人間という事もあり、そんな事を心配した兄貴がよく川周辺を歩いて、キャッチボールとかサッカーとか色々したな。懐かしいな。本当に。






「お兄さんが居たんだ」







 そういえば、アライには一切兄貴がいるとは話していなかったな。いや、話す必要なんてないって頭から排除していたな。







「そうだね。それでさ。今回の事件に兄貴がいてよ。それが信じられなくてな。俺に色々してくれた兄貴が、こんな事をしていたというのにさ。俺は悲しいも、辛いも、何も思わなくてな。いや、思えなくな。それなのに、今もクリアな頭で、考えている自分が嫌でさ。要するに、自己嫌悪していてな。そんな所だ」







 アライはそんな何処か夜空の先を見ている俺に驚いた。さっきまで頑なに、個人的な事情を話す事を拒んでいた俺が、急にあんな顔をしていた理由を、話したからだろう。







 そんな自分が嫌になるのは、本当に嫌だな。アライは言葉を必死に考えているような感じがした。






「そんな俺が嫌なら、離れてもいいよ。いつかアライの事を本当の意味で、傷つけるかもしれないしな。俺は人としての感性がどうにも欠如していてな」






 俺はアライの判断に、全部認める。何も、文句は言わない。その覚悟は、出来ているからな。言う決意をした時に。







「離れる訳ないじゃん。だって私は、アディに助けて貰ったんだから。それにあんなに辛くなっている私に、アディは何も言わずに心配してくれた。それだけで、私は救われたから。だからアディも、私から離れないでね」







 一瞬、束縛女かよと言いかけそうになるが、言わないでおこう。言ったら殺されそうだ。






 それに離れないでいてくれるのは、本当に嬉しい。何故だろうか。根拠も何も無いのに、アライのその言葉は、本当の意味で信用してしまった。






「それより、お兄さんの話、もっと聞かせてよ!」






 アライは興味津々と言った眼をして、俺に詰め寄ってきた。

 俺の事をもっと知りたい感じなんだろう。






「なんで?」






「だってアディのお兄ちゃんなんだから、どうせすごい人なんでしょ?」






 俺は別に凄い人間とかでも無いし、ただの凡人なんだがね。人間性が少し、理解できないだけだしね。







 それに俺なんかより兄貴の方がよっぽど凄い人間だからな。






「兄貴はこんなろくでなしな俺の事を、一番心配してくれてな。よく外で遊びに誘ってくれたり、悩みがあった俺に親身になって答えてくれてな。それに文武両道で、俺なんかよりよっぽど頭がいいし、運動神経も良くて俺よりモテるし、本当に凄い人なんだよ」






 俺は饒舌になって、兄貴の事をアライには話した。俺はこんなに生き生きとして、嬉々として笑顔になっていた。アライはそんな俺の表情をしている事に驚いた。







「余程アディは、お兄さんの事が大好きなんだね」







 アライは俺に微笑を俺に浮かべた。それは俺が子供のように無邪気に兄貴の事を話したからだろう。それが珍しくて、少しクスッと笑う行動だった感じか。






「そうだね。大好きだったよ。でも俺が七歳の時、いなくなったしまってさ。神隠しってやつ」






「神隠しって?」





 しまったな。アライに神隠しって言っても通じる訳無いのに、つい言ってしまった。






「神隠しって言うのは、簡単に言うと原因不明で、行方が知れなくなった人の事を言うんだ。それもその神隠しもタチが悪くて、誰からも兄貴の事を忘れてしまったし、兄貴がいたという痕跡さえもまるで最初からいなかったかのように綺麗さっぱり無くなっていた」






 それは多分その時、この世界に転移した弊害なんだろう。要するに転移した時の元いた世界による辻褄合わせのようなものだろう。






 俺もおそらく元いた世界の痕跡は、全部消滅している感じだろう。





「それだったらおかしいじゃん。なんでアディはお兄さんの事、記憶に残っているの?」






 そこは俺自身も本当に不明な点だった。家族ですら兄貴という存在そのものを忘れているのに、俺だけがまるで特別かのように変わらず覚えていた。






「そこは俺も分からんけど、兄貴の事を覚えているよ」






 兄貴がいなくなって、すぐ俺は調査したが、兄貴のクラス全員が行方不明になっていることに気づいた。





 つまり俺と交戦した男性も、そのクラスメイトの一人だったという可能性は極めて高いだろう。







「それで、アディはこれからどうするの?」






 どうすると言われても、調べたい事柄は多くある。この世界のことだし、龍達の件、それでいて兄貴の所在と兄貴の所業の阻止を考えないといけない。






 いや俺はゆっくりのんびり生活を、きままな日常を過ごしたいんだが、そうも言ってられない事だしな。そんな怠惰な事してたら、兄貴達がまたやらかす可能性だって大いに存在している。






 それに龍達だって俺がそんな何もない日常を過ごしている事がバレたら、即龍玉集めにまた村や国を焼き尽くそうとする事だろう。






 うん。俺の平穏はいつ訪れるのだろうか。俺はいつゆっくり腰を落ち着かせる事が出来るのだろうか。






 俺はいつの間にか白い眼をしながら、そんな事を考えていた。






「まず、とりあえず近くの別の村か、首都に行きたい。そこでまたある程度情報を集めたい事だしね」






 実際、何もかも『情報』というのが不足している。そんな無知の中、兄貴達に敵うとも思えないし、龍達にすら同様な気がする。






 だからこそ情報は、大事だからな。






「それだったら、ここから国の街道の中間地点に村があるからそこに行く?」






 どうやら首都の中間地点に村があるらしい。ずっと野宿で、歩き詰めなんてインドア人な俺は厳しいものがあるからな。







「なるほど。それなら寝た後、行くか。一応聞くが、何日くらいかかるの?」







 一日歩き詰めは勘弁してください。お願いします。しんどいんです。それ。






 アライは少し悩みながら、答えた。





「多分、歩いて一日はかかるかな」






 多分と言っているが、大まかに一日は掛かるのだろう。





 うん。一日また歩き歩き大会ですか。もう嫌なんですが。






 俺はそう落胆した表情をしながらアライに了承した。






「分かったよ。ありがとう。そろそろ宿屋に戻るか」






 俺はそう立ち上がりながら、寒空に身を震わせてゆっくり宿屋に戻って行った。

二十三話最後まで読んでくれてありがとうございます



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