二百ノ三十八話 寮友による嘆願・・・
闘技大会からそれなりの月日が経ち、そろそろ春が終わり、夏という暑さの季節に差し掛かろうとしている五月中旬の中で休日をハクテイ寮の休憩ソファスペースで寛いでいるムディナがそこにはいた。
本来ならミーニャがいる為に、その休憩スペースは先輩達による独占場へと変わり出す為に寛げない場所となっている。しかし今はミーニャは、ジェイ達と共に買い物中である。
ムディナが入院している間に、だいぶ仲が良くなったようであり、頻繁に女性友達という事で色々なところを連れ添っているようだ。同性の姉のような存在が出来て良かったと安堵していた。
そんな理由があり、久しぶりに一人で休日にのんびりと消化しようとしている本を読みながら、コーヒーを嗜んでいる次第であった。
コーヒーをゆっくりと飲みながら、本を読む。なんて最高な一日なんでしょうか。こんなにゆっくりと、のんびりとしている休日があっていいものなのかと甚だ疑問にすら感じる。
いや、そんな事を思うと、何かしら嫌な予感がしてしまうから。考えないようにする事にしよう。
ムディナはそうやって思考を放棄して、本を読む事を再開する。本のタイトルは、『アンリエッタと女王様』というものである。アンリエッタシリーズと呼ばれる小説であり、それなりにこの物語は好きである。アンリエッタと呼ばれる侯爵令嬢が、色々な波乱の中を生きるという内容である。
何処か平穏に過ごしたいという願いは持ちながらも、それを許しはしない周りの連中に振り回される姿は何処か既視感すら覚えてくる。
そんな親近感が湧く主人公に対して、頑張れと応援したくなるような話であるので、結構今のムディナのトレンドとしてなっている。
そして今読んでいるのは新刊であり、結構気になっていた展開があるらしいので、やっと纏まって読める機会に恵まれたのであった。だからこそ今日は誰にも邪魔をされる事なく、読み切りたい。そんな願いを、ムディナは抱きながら文字を追っていた。
しかしそんな気持ちとは裏腹にであろうか。「ムディナ」と呼ぶ男性の声が聞こえた。ラーウィとデーラィ、ガールデと言った寮内における同級生であった。この三人と会って、そろそろ一ヶ月の月日は経とうとしていたので、それなりに仲が良くはなっていた。
「どうした? 三人揃って」
確かに交流があるにはあるが、三人揃ってムディナを呼んだという事実が、ムディナに嫌な予感を走らせる。雑談するか、訓練するか、ゲームしようか、そんなところであろうか。そのどれもが、ムディナの小説を読むという願望を打ち砕く結果となるであろう。
「来月、試験でしょう? だから勉強会をする事になりまして、是非ムディナも参加しないかと誘おうと思いましてね」
ヤーウィはそれなりに筆記に関する知識は、結構豊富である。勉強熱心であり、努力家。そしてそれなりに頭が良い。だからこそヤーウィがいるだけで、試験勉強は捗るだろうと思われる。だからこそムディナ自身がいる必要性が、考えられなかった。
俺はそう言おうと、口が開いた瞬間、ヤーウィは何かを悟ったのだろうか。
「ていうか………………お願いします!? この二人の勉強の面倒は、一人ではきついのです!?」
そうヤーウィは涙ぐみながら、俺に嘆願してきた。それは一人でそれなりに頑張っただろうが、難しかったという意志が見てとれた。ヤーウィがそんなにお願いしてくるという事は、余程の何かであろうか。
「おいおい、キャラ崩壊しているぞ。いつもの冷静沈着なヤーウィは、何処行ったんだよ」
いつもヤーウィは、冷静な判断力というのがある。いつ如何なる状況においても、冷静に物事を判断出来るというのは、資質によるものだろう。
「そんなもの!? 二人に勉強を教えていた時に、何処かに吹き飛んでいったよ!?」
そうヤーウィは絶叫するようにして言った。こんなにヤーウィが投げ出すのは、正直信じられない話だった。いや逆だ。二人がそんなに勉強が出来ないとは、思いもしなかった。
そんなヤーウィはお手上げとされる二人というのは、結構なレベルで筆記はヤバいのだろうか。そんなものを俺に押し付けられても、困るんだよな。しかしヤーウィの涙による嘆願が、俺の判断を鈍らせてしまう。こんなに苦しんでいるのに、友達として聞き届けないと、それはそれで非情的な人間だしな。
「分かったよ。ヤーウィがそこまで言っているんだ。試験勉強会に、参加するよ」
その了承を聞いて、ヤーウィは嬉しさのあまりにガッツポーズをする。そんなに嬉しかったのか。いや、ようやく地獄から解放されるからか。
とは言っても、俺はヤーウィ程に勉強出来る方とは言えない。ヤーウィに関しては、勉強を全て満点取りそうなレベルで頭が良いが、俺はそんなにではない。かろうじて人に教えられる程度にしか、勉強は出来ない方だ。
「俺はそんなに勉強出来る方じゃないぞ。ただでさえ、この学院の勉強はハードなんだからよ」
やはりこの学院がハイレベルだという事を実感するように、授業に関するレベルがハードである。まるで上に行くのが当たり前であるかのように、常々最難関問題を提示してくるようになっている。
よく先輩達が言っている事だが、最初の方は着いていけないかもしれないが、必死になって噛みついていると自ずと追いつく事が出来るようになる。そんな話を、よくアドバイスとして聞いていたが、一ヶ月が経ち、それをようやく身を持って体感してくるようになってきた。
「いや、ムディナも私並みに勉強出来る方でしょうに。よく私のクラスメイトから、そのような話を聞いてますよ」
その噂は、結構な尾鰭が付いているような気がする。勉強は出来る、出来ないと、必ずに二択を迫られたら、確実に出来るとは言えるだけの事だ。本来なら上位の頭良さ勢に比べたら、中間くらいの差が明らかにあるだろう。
「それは過剰な噂だぞ。俺はそんなに出来る方じゃないぞ」
ヤーウィは確実に同学年に関しては、トップクラスの学力を有するだろうと分かる。それは見るだけで、よく分かる話だ。冷静な判断力は、そうやらないと確実に積み重ならないからだ。冷静で、真面目なヤーウィだからこそ、勉強が出来るのだろうに。
俺はというと、毎日であるが四苦八苦しながら、何とか勉強本と向き合っているような状態である。最近だと、ミーニャにそれを見抜かれて、コーヒーをよく淹れてくれるようになっているくらいだ。
「私はムディナを信じている。そうしないと、マジで私の頭が壊れそうになる」
そんな事をマジトーンで、真面目にムディナに言い放った。それがどれだけ、ヤーウィにとっては重大な話なのか、心の内側で深くムディナは理解する事になった。
「分かったよ。場所はここで良いか?」
休憩スペースで勉強出来るなら、それに越した事はないだろう。他の所に移動するにも、ムディナ自身は休日で休みたいという意志がある為に、この休憩スペースから一歩も歩きたくないのが現状だった。
「全然、構わないよ」
そう言いながら、ヤーウィはソファへと腰掛けて、勉強本を広げた。
ちなみにヤーウィの後方にいる二人だが、さっきから一言も発する事がなくてただ俯いていた。どうやらヤーウィにこってりと搾り取られたような形相であり、それでただ俯くしかないのだろう。
それ程までに二人の学力が致命的だというのが、二人を見てさえも理解せざるを得ないようになっている。そんな地獄にも似たような、勉強会が開催されるのだった。
ムディナ自身は嫌な気持ちを内に秘めたまま、一度部屋に戻り勉強本を取りに行くのであった。
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