二百ノ二十二話 戦乱、今に巻き起こる・・・
ジェイは今、魔術学院訓練場の出入り口にいた。風紀委員会の仕事は、今回は無いというよりかは闘技大会をじっくりと観戦してくれという先輩達による配慮だった。
ジェイにとっては好都合であり、それでいつ何かしらの襲撃があっても即座に対応する事が出来る。今日も、今日とて闘技大会を観るために観客が大勢いた。ジェイの話を聞いたからだろうか。騎士達の異様な雰囲気に包まれている。警戒するような、息が詰まる空気がそこにはあった。
イコーリティという大陸最大犯罪組織は、その所属している組員全てがそれなりの実力を有している。それが今回の襲撃による人数の推定が、数千人もいると考えると恐怖に身を包まれてしまう事だろう。ガルタによる報告だと、それくらいなのが妥当だと報告を受けている。
だからこそ騎士達はより警戒心を高めながら、周囲を観察している。何かあった時、即座に対応出来るように。民間人を、観客を、守護出来るように。それが騎士の本懐であるからだ。
そんな風に周囲を見渡しているジェイは、レイピアに手を添えて力を込めて握る。そろそろだと、精霊達が敵意を警鐘として鳴らしている。それが事実として、念話魔法が発動する。
「こちら『ガルタ』。B警戒!?」
それを聞き、予定より早く襲撃が来たという知らせだった。その知らせとほぼ同時に、上空には一人の黒ずくめの男性がそこにいた。男は熱気を放ちながら、黒い大きな火球を生成している。
「さァァァァァ!? まずは、ここら一帯を炭に変えようぉぉぉおぉぉぉお!? いい炭が手に入りそうだなぁぁぁ!?」
ジェイはそれを事前に感知していた。悪意などそうそう隠せるものでないからだ。男は奇声をあげながら、狂った言動を口にしていた。最初からA級賞金首であり、手こずりそうな印象を受けていた。
男は勢いよく観客が並んでいる集団に向けて、黒い火球を無数に降り注ぐ。炭にして、何が楽しいのやら。そんな事をジェイは思いながら、手を前に掲げる。
菱形の綺麗な緑色の多重に大きく魔力防壁が展開される。それが黒い火球を、即座に消し去った。ジュッという音だけが鳴り、黒い煙だけが空を舞う。
「あれ? 何で炭にならないんだ? それに何で襲撃がバレているんだよ」
男は指を鳴らした。黒い火球だったものが、鋭利な貫通する針のような形状に姿を変える。そして魔力防壁に向かい指を指すと、さっきより数段早い速度で黒炎が飛んでくる。
そしてその針は魔力防壁に当たるが、それも意味が無く黒炎は姿を消した。男は何かを納得したのか、口を開く。
「精霊結界か。それも余程、高度な代物だ」
ジェイが行使した術式を、即座に看破した。精霊結界というのは、魔法属性を完全に無効化する結界である。属性という概念ある魔力を、結界により対応させて中和するのだった。だからこそ炎属性である黒炎が、まるで意味をなさずに無効化されたのだった。
「術者は君か? いい仮面だ。炭に変えたいな」
男はそう言った瞬間、結界内部で黒炎が発生する。結界内に無理矢理、魔力を通したようだ。あれはあくまでも属性を中和するだけである為に、中にある魔素まで干渉出来るものではなかった。
しかしそれはジェイも事前に分かっていた話だった。結界外が駄目なら、中からやればいいというのは定石な話だった。しかしそれを意図も簡単にやっているという事は、流石のA級賞金首と言わざるを得なかった。経験値の差が凄まじい。
どれだけの人間を殺してきたのだろうか。どれだけの業を背負っているのだろうか。そんな事がジェイの脳裏に過ぎる。ただ今は民間人を護らないといけない。
民間人は突然、そんな事があり恐怖により顔が歪んでいた。騎士達が訓練場内にセーフゾーンを作ったという事で、迅速な騎士達の誘導が始まっていた。
「そんなもの、予測してない訳ないじゃないか」
ジェイの後ろに何やら水で形成されている人の顔をした、巨大な何かがそこにいた。それはいつの間にか、黒炎を消していた。男はそれを見て、呆気にとられる。それを視界に収めている自分が信じられないと認識していた。
「あっ…………やっぱり見えるんだ?」
ジェイは男のあり得ないといった表情を察した。それは古代の四大元素として存在していた、火水風土の中の精霊の一対の大精霊『ウンディーネ』そのものだった。それが精霊の適性がない筈の男にまで可視化されているという現象が、信じられない事であった。
「あんた………………何者なんだよ………………」
男は今にも逃げたい気持ちを抑えながら、そうジェイに質問した。ジェイ自身、今は冒険者ヴィヴィアンとして活動しているのでそちらの名前であろうかと考える。
「冒険者ヴィヴィアン。君達を狩るためだけの組織の長だよ」
犯罪者界隈で、その冒険者と組織の名前はある意味に有名だった。それは犯罪者を片っ端から狩るだけの狂気の集団だと。いつ如何なる時も、その組織に狙いを定められると世界の果てまで狙われるという。
彼等は犯罪者を捕らえるという表現を使わない。殺すという表現を使わない。彼等の組織が犯罪者を狙う時、『狩る』とそう表現するのだ。
それは犯罪者を人としてではなく、獣と同等か何かだと考えている証だった。よっぽど犯罪者よりタチが悪く、よっぽど異常で異質であった。だから犯罪者は絶対的に、その組織から狙いを定められないように行動するのが原則だった。
「こちら、ヴィヴィアン。今から『狩り』を行う。私たち、ギルティに狙いを定められたのが運の尽きだな」
ジェイはレイピアを引き抜きながら、その男に近寄る。その眼は人を人として見ている眼ではなかった。それは猛獣を狩るかのような、そんな狙いを定めた眼をしていた。
男はようやくそれを理解した。自分は狩る側ではなかった。狩られる側なのだと、ようやくそれを理解した時には遅かった。ただ恐怖に顔が歪む。死にたくないという感情が、久しく忘れていた怖いという負の部分が沸々と湧き上がるかのように体を包む。
「く……………………くるなぁあぁぁあぁぁぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁああ!?」
男は魔力を全開にして、周囲を黒炎で包み込もうとする。それは軽く数万人は焼き尽くせそうな威力と規模を誇っていた。ジェイはそんな魔力を魅せられても、平然としていた。
「ウンディーネ――――――宜しくね」
後方にいた大精霊ウンディーネは、水色の吐息を吐く。それは即座に炎を全て掻き消した。男はそんな一瞬の事で、困惑してしまう。
男は何が起こったか分からず、反射的に懐にある黒いナイフを取り出してジェイに襲い掛かる。ジェイはそのままレイピアを持ちながら、ただ一歩一歩と男に近寄る。
「死ねぇぇえぇぇぇえぇ!?」
そのナイフは高温であり、黒炎が付与されていた。そのナイフがジェイの腹に刺さる。
「あはははは!? 調子乗っていたからだ!? 俺を甘く見るなよ!?」
男は安堵しながら、勝ち誇った笑いがそこにあった。ナイフを抜こうとするが、引き抜くなかった。どれだけ強く力を込めても、それは抜けなかった。
ナイフは流体へと姿を変えて、水のようになってウンディーネに吸収された。そしてそれは男の手まで水が巻きつくかのように全身を包み込んでいく。
男は何とかその包み込まれる水から抜け出そうとするが、足も手もジタバタともがくだけで何も出来なかった。頭だけは水に包み込まれないようにしていた。
「嫌だ!? 死にたいない!?」
男の眼には涙があった。自分の都合でどれだけの人を、殺したと思っているんだよとジェイは呆れてしまう。その顔は命を懇願している顔だった。しかしジェイの答えは決まっていた。
「だから?」
その言葉と共に、ジェイのレイピアが男の胸を貫く。しかし男に痛みはなかった。ただ水に存在ごと溶けていくような、そんな恐怖の感覚が男を襲う。
男は何かを言っているだろうが、ジェイには既に聴こえていなかった。そして男だったものは全て水に溶け込んでいって、ウンディーネに吸収されていった。
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