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八千職をマスターした凡人が異世界で生活しなくてはいけなくなりました・・・  作者: 秋紅
第六章 闘技大会の選手になってしまいました・・・
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二百ノ二十一話 変わりたい自分と変わらなきゃいけない世界

 世界は残酷だ。とても人という人物にとっては、良くない癌のようなものだ。普通では決して耐えられない精神を蝕むが、世界である。だから俺は世界を嫌悪する。憎悪する。






 とある広々としている無機質な地下室を、男は歩く。黒い髪をしており、その顔は整いきっている。そして黒いマントを巾めかせながら、男は異様な雰囲気を見せていた。






 その男の顔は、何処か諦めているようなそんな顔を浮かべていた。何が男を変えてしまったのだろうか。何が男を、こんな事にしてしまったのだろうか。それは誰にも分からない。分かる必要性すらない。だって他者とは、そんなものであるからだ。






「ドクターとカラスが居なくなりました」





 男の側にいる黒い風貌の人がそんな事を、男に言う。どうやら男の秘書のような人物であり、茶髪の男性だった。その茶髪の男が、男に報告すると苦虫を噛むかのような顔を浮かべた。よほどその報告の内容が、答えたのだろうか。






「ドクターはまだしも、カラスが居なくなるとは。相手はよほどの強者のようだな」





 二人とも男にとっては、それなりの側近に位置している人物であった。だからこそ自分が選出したであろう、認めたであろう二人の実力を疑う事はない。それはつまり、相手の方が完全に強さは上手だったという事になるのだ。







「しかし我等の目的は、変わらない」






 男はそのまま歩くと、とても大きな扉に辿り着いた。その扉は開いており、数十人はいるであろう騎士であったものの肉塊が、そこに転がっていた。






 男は平然と何食わぬ顔で、ただその肉塊を無造作に踏み締めて前に進む。男の眼は冷めきっていた。その肉塊に対しても、憎悪としか言えないような感情を抱いていた。






 この男にとって人などどうでもいい。世界などどうでもいい。自身の目的以外、何の価値もそこには存在していない。その惨状など、ただの副産物にしか感じない。その惨状が罪だと言うなら、世界すらその罪状で、裁かれてほしい。そんな事を男は思っている。






「そろそろ……………………本番だな」






 男の眼には決意が宿っていた。ようやく自身の悲願が叶うと思うと、嬉々としてしまう。やっと暗く、じめっとしたようなところから出られると思うと、嬉しく思わない訳がない。光に手がようやく届いたのだ。







 そのまま突き進む以外に、何ら躊躇いはない。どれだけの犠牲があろうが、どれだけの屍があろうが、どれだけの非道があろうが、どれだけの苦難があろうが、そんなものは全てゴミとして投げ込もう。







 男の周りには数千は超えるであろう、軍勢が男に対して膝を下ろしていた。男は一種の王のようである。皆、黒い身に染めており、それが世界に対する反撃であるかのような、そんな印象を受ける。







「荘厳だな。我が道も、ここまで来たかと思うと、考え深く思うよ」






 男は白く光り輝いている杯を手にする。それが男が、このトーラス国に来た目的である。それは『天人神の戦杯』であり、血が溢れ出す時、その者の願いが叶う曰く付きの願望器であった。







 天が、神が、世界を巻き込み、戦争をして、その血が溢れ出した時、世界に対する平和を願ったそうだ。争いをしなければ、願いすら叶わないというのは、なんとも言えない皮肉のように感じる。その時、どれだけの犠牲があっただろうか。どれだけの悲痛があっただろうか。







 男が唯一知っている物語の神話であった。神など信じない自分であるが、その物語だけは何故か心に来るものがあった事は思い出す。







 男は数千のいる軍勢に眼を向ける。男はその戦杯を掲げながら、ただ宣言を口にする。これから起こるであろう惨劇を、その口から説明が入る。






「我等が目的は、ただ一つ。世界の矯正だ。もう君達が絶望する必要などない。もう憎悪する事などない」







 そう男は高らかに叫んだ。男のその目的の為に、これだけの軍勢が集まったのだ。男のカリスマ性が、男をここまで連れてきたのだ。男の頭脳が、ここまでの道を繋げてくれた。男の実力が、ここまで生きさせてくれたのだ。






 もう充分だろう。もういいだろう。ここからは、もう何も惜しくない。






「世界が君達を拒絶したのだ。どれだけ苦しかっただろうか。どれだけ辛かっただろうか。しかしこれから作るであろう世界は、君たちを二度と苦しめる事などない。辛くさせない。さぁ!? 世界を新たに望もう。不公平を、公平に!?」







 それは男がこの組織にいる意味であり、目的である。その組織の理念を口にした。不公平を、公平にするのが、この組織の理念だった。だからこその『イコーリティ』である。







 不条理を、不平等を、不公平を、男は正そうとする。世界がそうさせるのだ。人が、存在が全てそうさせるのだ。だから俺達は抗おう。抵抗しよう。全ては公平な世界の為に。






「それでは劇場を始めよう。手始めに、観客を、死に導こう!? 我等が為の目的の為に、紳士的な死を贈呈しよう」





 男のその言葉と共に、数千いたであろう軍勢が一斉に姿を消した。これからは、この国が戦場となるのだろう。数万、数十万人が犠牲になったところで、仕方ないのだから。






 自分は変わりたかった。自分の世界は変わりたかった。正義はあるのだと。正解はあるのだと。そう幼少期は思いながら、ずっと生きていた。しかしそんなものは何処にもなかったのだ。正義も正解も、そんなものは強くて、上にいる人間には関係などないのだった。






 だから男は手始めに世界から修正する事にする。世界が治らないと、直さないと、自分すら変わりようがないのだから。






「なぁ…………シミター」






 男はその茶髪の男性に顔を向けて、シミターと口にする。どうやらその茶髪の男性の名前であろうか。シミターと呼ばれた事で、跪きながら顔だけは男に向ける。







「何でしょうか? ミズリ様」






 シミターは、ミズリと呼ばれている男に対して絶対的な服従を約束している。自身を救ってくれた大恩人であるからだ。自分に明日という光を、最初に魅せてくれた人だからだ。






 だからシミターは、ミズリに付き従う。ミズリが死ぬ時、シミターも死ぬという風に約束すらしている。それが彼が生きている理由だからである。それ以外の価値など、シミターには一切存在しないのだ。






「これから世界を創り直そう。シミター、君が居たからこそ、俺はここまで来たのだ」






 誰もいないトーラス国の宝物庫の中の空間で、ミズリは手をシミターに向ける。シミターはその手を握り、立ち上がる。ミズリにとって、シミターは秘書というよりかは最早、相棒に近いものである。






 誰よりも身近で、誰よりも信頼出来てるのだ。シミターもそれは理解しており、ミズリに顔を向ける。






「そうですね。世界を創り直しますか。明日には光が待っていると信じて」





 ミズリはフードを脱いで、スッキリとする。肩を解しながら、宝物庫を後にする。数千人も人がいると、肩に力が入ってしまうミズリがそこにはいた。






 『イレス・レバート』と呼ばれていたその男性の偽名(コードネーム)は『ミズリ』。それも全てありもしない名前であり、男には名という個体を示すものは存在しない。






 男は全てが無くて、全てを失くして、妹だけが指標だった。妹だけが、男の生きていい理由だった。しかし男の周りには、既に妹と呼ばれているであろう存在がいない。





 世界が妹を殺したのだ。世界が妹を拒絶したのだ。だから俺は世界が憎い。世界すら憎悪、嫌悪する。この悲しみを、全て世界にぶつける。他者にぶつける。笑ってニコニコとしている罪悪に向けて、悲痛を伝えよう。






「ははは……………………アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!?」






 男の高らかな笑いが、無機質な廊下に木霊した。

二百ノ二十一話、最後まで読んでくれてありがとうございます



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