二十一話 哀愁漂う自分がいるようです・・・
俺は宿屋のベッドでボーと一点を見つめていた。そこには何の感情もなく、ただ何で兄貴があんな事をしているのかというのを、ずっと考えていた。そんな自分が凄く嫌になってくる。あんな事があったというのに、冷静に考えられる自分が自分自身で怖くなる。
なんで悲しいとか辛いとか寂しいとか、そんな人間らしい感情が一切ないんだ。苦しいというのが分からなくはないが、それとは別に考えられる自分が嫌いだ。
兄貴が居なくなった時も、特に何も感じなかった。何も感情が湧いて出てこなかった。ただ何で居なくなったんだという理屈づけが始まった。
それほど俺の精神性というのは、異常の一言なのだろう。ただ人の為に動くのは出来るが、人の感情など理解出来てるかと言われると、相手の挙動や言葉で察する事が出来るだけだ。根本的な人の人間性など俺には理解は出来ない。だって人間はどれだけ取り繕うと、悪なのだから。俺はそんな風にしか人を見れなかった。
涙なんて物心付いた時から一度も流した事などない。だからこそより自分が恐ろしく、人とはかけ離れてしまっていると感じてしまう。
色々と考えてしまっているが、結局な話、『俺』という存在は、碌でもなく、どうしようもなく、人間的な代物を何も持ち合わせていないという事実を言いたかった。
「はぁ〜」とため息を少し吐いた。孤独感を言うものが今、俺の気持ちを支配している。
そんな時、宿屋の一室のドアが開き、アライが部屋に来た。
「宿屋の人たちの記憶改竄は消えたようだよ。それと、私達の事はうる覚えのようだったよ」
どうやらメリさんとホライさんは、俺達が初対面の時の記憶が、曖昧だったみたいだ。モヤがかかっているような、そんな顔を思い出そうとすると難しいくらいな感じのようだ。
「そうか」
ただそう、一言、俺はアライに口にした。それはただ承諾する意味なだけの言葉だった。
俺はそう思っていた。
「アディ。なんかしたの?」
アライは俺の微弱な変化に気付いたのだろう。しかし俺としては取るに足らない事だし、アライにまで話すような内容じゃないなと思った。
「何もしてないよ」
俺はアライに向けていた眼差しを、不意に逸らしてしまう。それを感じ取ったアライは、また突っ込んだ。
「絶対なんかあったでしょ?」
アライには、兄貴がいたという事実は話していない。あくまで悪い組織が、この村の人全員を操作して、記憶も改竄されていたという風に話していた。
兄貴が居たというどうでもいいような情報は話す必要なんてないのではと俺は考えていた。
アライは首を傾げながら、俺の事を心配してくれているのは分かっている。事情を話した方が、お互いスッキリとするのかもしれない。
しかし一方で、話した所で何の意味もないという結論に至っている自分がここにはいる。それが嫌で嫌で嫌で、本当に自分という存在が、愚かなんだなと思ってしまう。
「本当になんでもないよ」
俺はそう作り笑顔をアライにした。その顔を見たアライは疑念のある顔をしていた。
「そうなのね。話したくないって言うなら仕方ない。でもさ私は、アディの相棒だからさ。そんな、そんな顔をしているアディをほっとけないよ」
アライはそんな悲しい顔を俺にしていた。余程いつもの俺とは完全に離れているようだ。そんな事を言われても、話した所でな。話したいという訳でもないし、無駄になってしまうからな。
それから数分は、宿屋の一室は静寂で、沈黙が支配される。それに痺れを切らしたアライは、怒りのある形相を浮かべた。
「やっぱり話したくないんだ。そんなに信用ないの!? 私はそんなに駄目なの!? アディの苦しみを理解してあげられないと思っているの!? そんな顔をしているアディを見たくない!?」
アライは泣きながら、アディとしての、ユウスケとしての俺と本気で向き合っていた。俺はあまり人を信用するのは好きじゃない。だっていつ裏切られるかという可能性があるからだ。実際、兄貴だった、あの優しい兄貴が、あんな事をしていたんだから。
しかし目の前の相棒は、そんな理屈を、そんなもの全部無視して、俺という個人を全体的に信用していた。それが俺を理解出来なかった。俺はつい口にしてしまった。
「何でそんなに俺を信用出来る?」
俺としての本来の顔が出ていたのだろう。それは側から見たら、冷たく、何の感情もない眼であり、それであり無表情であり、冷徹で、それであり声にすら淡々とした声色をしていた。そこには『いつもの』の俺はいなかった。だってこれが俺の『本質』なんだから。
それを聞いたアライは、ただ驚愕していた。それと同時に恐怖をしていた。それは、その眼は、理解が出来ない、もっと異質な『何か』だったから。それは底の無い暗闇か、それは出口のない迷路か、それは深い海の底か、そんな感覚をアライは味わった。そこにはいつもの俺という存在がいなかったからなのだろう。アライは恐怖で、自らを覆っているような感覚を味わっている感じだった。だって物凄く震えているからだ。
何か口にしようとしても声が出ない。なんで声が出ないんだとアライは違和感を感じた。出さなきゃいけないという使命感があるのに、何も声には出来なかった。言葉というものが、何も思いつかなかった。そんな感じだった。
俺はそうアライを見て思って、しまったなと思う。やっぱり声にはすべきではなかったな。だってそんな感じになってしまうよな。
アライはトボトボと足取りが疎かな中、俺に近づいた。俺は怒られるのだろうか。いや幻滅されるのだろうか。それとも殴られるのだろうか。それのいずれかだろう。そんな風に俺は思っていた。
しかしそれとは何もかも違っていた。俺の予想とは、完全に離れていた。
アライは涙を垂らしながら、俺の事を、俺という幼い体を抱きしめた。
「なんで…………そんなにボロボロなの…………」
ボロボロ? 俺が? そんな事は無いはずだ。それが本来の自分というだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。生来から俺という存在は、そんなものなんだから。こいつは何を勘違いしている。何を考えている。意味が分からない。
「ボロボロじゃなきゃそんな事言わないもん。私は、アディが、ユウスケの事、本当に信用している。だって私を救ってくれたのは紛れもない事実なんだから。私を信用してくれとは言わない。ただ私が勝手に信用するから。ただそれだけ」
俺がアライを救ったのは、成り行きというか、不可抗力というものなだけで、本来俺の意図のしない現象なだけだしな。ただそうだな。俺がアライを救ったという事実は確かにあるな。
ただそうだな。そこまで俺という存在を、信頼して、信用してくれるのは悪い事ではないな。ただ俺の別の思考では、やはり信用など意味が無い、何も必要ない、というのが存在していた。五月蝿い、黙れ、俺はアライを信用したいんだ。なんでこんな思考ばかりが浮かび上がってくる。本当に自分というのは最低だなと思ってしまうな。
「そうか」
俺は一言、何処か遠くを見るかのように、果てを見るように、そんな事を口にした。それしか俺には口に出来なかった。口にする事しかなかった。アライがここまで言ってくれたのに、俺の心というものがあるのか分からないが、響かないのはもうどうしようもないな。
「なんでそんなにやっぱり苦しそうにしているの…………。本当に話してよ…………。分からないよ。分からなくなったよ。ユウスケの事が」
分からないに決まっている。いや分かる訳がない。皆、分かった風になるだけだ。だからアライの言っている事は無意味な問いだ。人の苦しみなんて、個人が受け持つ事で、他者に受け渡す事なんて出来ないんだから。
「苦しくないよ。本当に、大丈夫だから」
俺はそう笑顔になりながら、彼女を突き放した。
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