二百ノ十五話 黄金の狼からフェンリルへ
俺はグレイから一通りの話を聞いた為、ハクテイ寮で朝食を食べようと立ち上がろうとする。グレイも死戦を潜り抜けて強くなったようだ。
彼女自身は才能の塊であるし、強かった。だからこそ周りではグレイに死戦を強いるような、そんな存在は少なかったのだろう。だからこそグレイは爆速的に成長が出来たのだろう。だからってそこまで成長するのは、俺としてはお願いした身としては予想外な話なのだけどな。
俺はそのまま「それじゃあな」と言おうとした時、違和感を感じる。俺はすぐさま頭を後方に倒すと、そこに黄金の雷の力を持った拳が一瞬にして降りかかる。
「何をするんだ? グレイ」
俺はその不意打ちに対して、怒りを強めながら殺気を放つ。正直、当たりどころが悪かったら死んでいたぞ。それに普通の拳ならいざ知らず、黄金の力の拳とか正気の沙汰じゃないな。
「私、まだこの力を扱い切れてなくて、ムディナと模擬戦がしたくてな。いいな?」
そういう事か。確かに力には、ムラがあるしな。俺と戦って、洗練されるなら丁度いいだろう。別に時間にもそれなりに余裕あるしな。
本当ならミーニャと仲良く、朝食を食べたかったのだが。まぁ〜、その楽しみは後に取っておいた方がいいだろうな。闘技大会が終わったら、ミーニャと二人で出掛けるのも悪い事ではないな。
「いいぞ。ただ、不意打ちはやめてくれ。心臓に悪いから」
心臓に悪いどころか、心臓が停止しそうな勢いでの攻撃だったしな。グレイと一緒にいる時は、警戒をしないといけないな。何処かで寝首をかかれかねないからな。
グレイはキョトンとした顔をして、首を傾げる。こいつ、俺の言っている事が理解してないのだろうか。
「主なら、あれくらいの攻撃、普通に避けていたじゃないか」
そういえば、こいつは狼人族でしたね。狼人族はいついかなる時も、油断をしてはいけない。気配を感知して、敵意、殺意には敏感な種族だからな。魔物狩りとか時に謙虚であり、不意打ちを得意とする魔物も数多くいる。だからこそ戦場では、決して油断してはいけないように叩き込まれるという。俺にはあまり理解出来ない考え方だな。
「主は、私の愛する人であると同時にライバルなのだからな!? あんな程度の攻撃で死ぬようなヘマをするお主ではないだろう」
信頼してくれてありがとうございます。とてもそのように言えるような訳ないんだがな。本当にこの単細胞生物は、何を考えているのだろうか。狼人族って皆、あんな風に理性とを引換券にして戦闘力を手に入れているのだろうか。
俺の知る限りでの冒険者の中でも、狼人族なのがそれなりにいるがあんな感じなのは少なかったぞ。割と理性ある人達が多くて、何なら狼人族特有の気配感知の仕方とかもそれなりに教えてくれた事もあるしな。と愚痴っていても、何も始まらないか。
グレイはすぐさま黄金の力と迸らせる。電光石火の速度で、俺に近づく。いやそれはもはや、電光石火を超えていた。次元すら跳躍して、辿り着いたという事象を創り出したと言っても過言ではなかった。
黄金の力を込めた、あらゆる力を突破する一撃が俺に放たれる。下手な攻撃だと、すぐさま負けてしまうな。俺は焔を周囲に発生させる。グレイは血迷ったかと、錯覚するようなその愚策に一瞬の隙が生じる。
「熱気爆散」
その焔の熱気を一点に集中させて、グレイに解き放たれる。それは中級魔法であり、本来なら威力はそこまで高い訳ではない。しかしそこにあったのは、特大の炎の一撃だった。
草があった地面を焼き尽くして、グレイに間近でそれが襲い掛かる。あらゆる力を突破するのが黄金の雷の真髄とは言うが、全ての物理法則を無視出来る訳ではない。そうすると、そもそもこの世界には居られないからな。
だからその力は取捨選択を無意識レベルで可能にしている。とは言ってもその気になれば、それを意識的に行う事も可能だろう。
そしてそれは温度感覚も同様である。狼人族は気配感知に敏感であるが、それは感覚が鋭いからである。味覚以外の五感が、普通の人族より発達しているのだ。だからそれを捨ててまで、物理法則を無視する事は不可能である。
俺は放った一撃は、あくまでも熱気を一点に集中させた一撃である。だからこそ炎という現象がそこに発生するだけで、そこにあるのは純粋な熱気の塊だ。
グレイはそれを無意識にヤバいと警告を鳴らす。グレイは一瞬にして避けて、俺の後方に現れる。そして特大の蹴りを繰り出してくる。だから行動に移すのが早いって。
これを避けたところで、またすぐさま追い込みを掛けてくるしな。本当に厄介な力だ。むしろ俺が欲しいくらいだ。無理な話なんだけどな。いや、純粋に出来るのではないだろうか。
いやそういうのは辞めておこう。つまらない事をするのは、俺もスッキリしないしな。そういうのは後で試した方が、いいしな。
俺は指を鳴らす。そうすると地面が隆起して、グレイの足元を崩す。そしてそのまま蹴りは空を切る。危ない、危ない。本当に心臓が悪いよ。自らの身体能力の向上に加えて、黄金の力というズルい力を行使しているんだ。本当に何とかするのが手一杯だよ。むしろ何とかギリギリなっているだけだ。
グレイは跳び上がり、そのまま上から踵落としをしようとする。完全に脳天から直でいっていて、確実に当たると即死案件なヤバい一撃であった。
俺は龍剣を引き抜き、その一撃を受け止める。黄金の雷が、周囲を焦がして焦土と化す。
「はぁ!? 何で受け止められるの!?」
本来の普通の剣なら、まず間違いなく黄金の力で硬度とか諸々関係なく突破されて折れているだろう。そういう事象に辿り着いてしまう事だろう。
グレイは驚愕しながら絶叫して、裏庭の周囲を響かせる。余程、衝撃だったようだ。むしろ逆の立場だったら俺も衝撃を受けてしまうな。
「言っただろう? この剣はいつ如何なる時も、壊れないって」
この龍剣は壊れないという概念が集約されている剣であるが故に、黄金の力であろうと壊す事は困難を極める。過去、現在、未来においてもこれは決して壊れるという事象が発生する事はなく、きちんとそこに現存している。
あらゆる力を突破するとはいえ、それにも限度が存在している。だからこそこの龍剣は、壊れる事などなかったのだった。
「やっぱり、ムディナは強いな!?」
グレイは興奮して、血を活性化させる。黄金に輝く力を身に纏っているグレイに、血のような赤い蒸気が発生する。それはグレイから赤い渦を巻くようにして霧散する。
やはりグレイは、狼人族特有のその能力を使えるのかよ。黄金の力に加えて、血渦覚醒状態とか普通に無理なんだが。どんな速度を叩き出すんだよ。俺は人族である事を忘れているのかよ。この狼は。
「こっからが本番だ!? 私を楽しませてくれよ!!!!!」
グレイの姿が消えた。と思ったら即座に正面に、それは現れる。巨大な狼の黄金の雷で形作られた手がそこにあった。グレイはそのまま手を振り下ろすと、その黄金の狼の手は俺に向かってくる。
俺は静かに眼を閉じる。そして龍剣を納めて、ただ一点に集中する。グレイはそれを見て、何か仕掛けてくるんだろうと警戒する。さっきそれで寝首を掻かれそうになったので警戒をしていた。
「龍天百花剣・蓮華龍朧」
龍剣が引き抜かれた。それだけがグレイには見えた。しかしその先の龍剣の先を、グレイの動体視力でも認識する事は出来なかった。ただいつの間にか自身の放っていた攻撃が、掻き消されるように無くなっていた。
朧げな剣の先が、ようやくグレイは認識する。別に俺は特別な攻撃をしている訳ではなかった。ただ俺は瞬間的な加速により、グレイの一撃を斬っただけだった。
ただグレイからすると、動体視力があまりにも良すぎる影響だろうか。速度が異常過ぎて、剣が形として視認するのでなく、そこには朧げな何かがあったかのように認識してしまった。
グレイはそのまま距離を取り、雷を迸らせると後方に巨大な狼の巨像がそこに生成される。それはかの伝説の獣であるフェンリルのような巨狼がそこにあった。
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