二十話 兄貴が現れました・・・
男は目を覚ました。手と足が両方、拘束されているというのを、認識するまで少し時間がかかってしまったようだ。
そして拘束されていると知ると、手と足を無理やり引き剥がそうと、力を入れるが全くビクともしなかった。男の次の手段は、スキルの行使である。スキルさえ行使出来れば、こんなよく分からない手と足を拘束している石なんて、破壊出来ると考えた。しかしその目論見は甘くて、スキルそのものが発動されないという事実だけが残ってしまった。
「なんなんだよ!? これは!?」
男には何も理解が出来なかった。怒りを募ってしまっていた。
一回、深呼吸をして落ち着こうとする。スーハーと大きく息を吸って、吐くと、幾分か怒りがマシに思えてきた。
ひとまず男は、冷静になり周りを見渡してみた。自分は椅子に座っており、壁とかはアスファルトのようなもので囲われていた。そして真正面には、上に上がる階段が見えるだけだった。
それらから男は、地下室にいるのではないかという考えに至った。
そんなことを男が、考えていると階段から足音が聞こえた。その男は、特に何もする事はなく、まるで天命かのように待っている事にした。
「起きたか」
そんな達観したかのような言葉を出しながら、俺は男を見た。
「とりあえず聞く事は聞きたいんだが、いいか?」
男は物静かで、それでいて異様に落ち着いていた。その眼は、早く終わらせてくれという眼差しをしているような気が俺はした。
ダンマリを決め込んでおり、何も話す気など無いようだった。
「あんた――PCだろ?」
俺は鎌を掛けてみる事にした。男は何も反応を示す事などなかった。
どうやらPCというものでは無いようだ。
「それじゃ、転移者か?」
それには少し反応を示した。つまり転移者という単語は知っており、PCというのには何も分からないといった反応をしたという事は、転移者であるが、アースガルドのPCという訳では無いという可能性が出てきた。
「俺はどうなる? 終わらせるという事なら、終わらせてくれ」
男の眼が、こちらを向いたかと思えば、そんな事を口にした。
実際、彼を野放しにしてたらまた俺に、他人に、害を及ぼすといった可能性が高くなる。
しかし最初に男が言った言葉に、俺は少し疑問を感じていた。
「私が肉体的に死ぬというのは、どう言う意味だ?」
俺が最初に尋問して、記憶を読もうとした時、彼はスキルを行使してそれを防いだ後、そんなことを口にした。
肉体的というのは、つまり魂的な何かがこの世界では認知されているといった話になる。
男はそれに関しては、本当に黙秘している。どうやら当たりだったようだ。
それなら魂そのものを破壊するような武器があれば、この男を殺せるという事だ。確かそういう武器があったような気がするな。霊体特攻で、それでいて防御貫通、体力吸収の付与がされている剣だったな。
「神級武器作成・霊神剣レイゴロシ」
俺がスキルを発動すると、右手に異様な形状をした剣が生成された。その剣身は、とても短くて剣で斬るといったいった用途ではないような代物だった。
しかし男はその剣を見ると、流石に怯えを見せた。どうやら長年の経験による直感で、このの剣がどういう物なのかというのが感じ取った。
「やめてくれ!? 俺は死にたくない!? 俺の魂を消さないでくれ!?」
よほどその男は恐怖を感じていた。涙を流して、鼻水も流して、みっともないような懇願した声を出しながら必死に死にたくない意志を示した。
痛みは恐怖を感じないのに、魂を消される事に関しては恐怖を感じているようだ。憑依をしている事を考えると何百年、何千年は生きているという事になるのだろうか。それなら恐怖を感じるのも納得のいく話である。
懇願をしているが、俺の答えは決まっていた。
「駄目だ……。お前はやり過ぎた。だからこれは罰だ」
こいつらの目的を考えると、どれだけの転移者を手に掛けてきたのだろうか。これが何百年も続けていたとしたら、想像ができないほど犠牲者は数知れない気がする。
だからこそここで一人は潰さないといけない。これ以上、犠牲者を出さない為に。非情だとは俺は思ってない。これは俺の覚悟なんだから。
そして俺は男に、短剣を振り下ろそうとした。しかし俺は吹き飛ばれた。
「は!?」
何が起こったのか認識出来なかった。探知に一切の反応すらなかった。それなのに、まるで蹴られたかのような痛みが走る。あの男のスキルは封じている筈なのに。
俺は咳き込みながら、腹を押さえて男を見る。そこには別の男性が立っていた。
「認識されないとは悲しいものだ。それにしてもヘマしたな」
男は見えない何かを持ち、それで仲間の拘束スキルを無効化した。拘束していた石が、まるで霧散して消え去った。
「あいつが強過ぎたんだよ。今までに無い転移者だ」
拘束していた男性は、苦虫を噛むように助けた男に言った。
「特異点なんだろう。それにしてもうちの仲間が世話になったな」
その男は、俺に向き直る。そしてお辞儀した。
「世話になったなら、そのお仲間さんを置いて行ってくれませんか?」
あれは別の何かだ。俺はそんな恐怖を男に感じていた。何か異様で、歪で、不可解な、そんな得体の知れなさがその男にあった。俺は冷や汗を垂らしながら、男が何か行動を起こすか警戒していた。
男はフードを深く被っており、顔は仮面によって隠していた。しかしその仮面には、見覚えがあった。いや、それはない。だってそうなったら、目の前の人は。
俺は思考を切り替えようと首を振った。
「ん? お前?」
男はいつの間にか至近距離にいた。警戒していた筈なのにだ。まるで希薄のような、薄いような、不安定な気がした。男は俺をじっと見て、何やら考えていた。俺は一切動けなかった。いや動かせなかった。動いたら最後、俺という存在が終わりそうな気がしたからだ。
男は何か思いついたのか、カマ掛けなのか、仮面を取った。男の顔立ちは整っており、黒髪だった。俺はこの男を知っている。いや知っていた。だからこそあり得ない。だって…………
「………………あ…………兄ぃ?」
そこにいたのは、俺が子供の頃、居なくなった兄貴の姿だった。
「いやあり得ない!? あってたまるか!?」
俺は全力で否定した。だってあんなに優しかった兄貴が、転移者狩りなんてする訳ない。してたまるか。
「やっぱりユウか。久しぶりだな。お前もこのロクデナシな世界に転移してしまったか」
俺の事をそんな風に呼ぶ人間は限られてくる。でも誰かから聞いたという可能性は捨てきれない。信じれる訳ない。
「そんな怖い顔するなよ。やっぱりユウだな。こんな状況でも、冷静に考えてやがる。そうだな……。俺だけが知っている話だと……。あれかな? 『お前は誰かを救え。そうすれば誰だってお前を認めてくれる筈だ』俺が唯一、お前に言った言葉だな」
本当に…………。本当にあの兄貴なのか。それは俺を、ユウスケという存在そのものに深く刻み込まれている言葉だ。なら、なんで……。
「なんで!? なんでこんなことするんだよ!? ユウシ兄ぃ!?」
俺は激怒した。だって、だってあんなに優しかった兄貴が人殺しをしまくるなんて考えたくない。少しなら、この異世界なら仕方ない。ただ理由があっても、罪のない転移者を消し去る意味なんてない筈だろう。
「お前がそれを知る必要などない。ひとまず、拠点に戻るか」
ユウシ兄は、男の手を取り、スキルを発動させようとした。
「させる訳ない!? 反特性領域」
俺は手を広げて、スキル無効化のスキルを発動しようとした。しかしユウシ兄貴は、手を前に出して、
「ふん!?」
スキルを無効化した筈なのに、打ち消された。不明な力を兄貴は行使したのだけは分かった。
「待ってくれよ!? 兄貴!?」
「久しぶりに会えて、元気そうでよかった。それだけで俺は満足だ。あとは、お前に言う言葉は、このロクデナシな異世界に呪いあれ」
兄貴はそう言い残して、消え去った。そこには最早何もなかった。
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